14、西社の正体
「そこまでだ!!!」
ことはの死はと当然、草木の影から飛び出してきた人物によって防がれる。
その人影の正体は橘亮。
「打突!!!」
彼の槍から放たれた渾身の一突きが宗司を押し潰す土の塊を粉砕。
同時に茂みから飛び出してきた八方に鉄の棘が付いた円状の法具――八鉾輪宝が水球を何度も切り裂き、破壊。間一髪の所で京香は救出された。
「た、助かったのか、俺達は・・・。」
「そこまでにしてくれないかい?夢為人。」
玲香が八鉾宝輪を手元に呼び戻しながら西社に訴えかける。
「この子達は今後の対魔師界を担う大切な人材。こんな所で死なせる訳にはいかないんだよ。」
「彼らが今後のね~~~、何とも暗い未来だな。」
ヘッドロックを緩め、宗司の傍まで蹴っ飛ばされることは。
空気を取り込もうとせき込む姿が痛々しい。
その傍で同じく水を吐き出しながら咳き込む京香が西社を睨みつけて言い放つ。
「これで終わりです。橘さんとお婆様がこの場に来たからにはあなたに勝利はありません。さっさと――――。」
「喧しいだよ、この馬鹿孫が!!!」
強烈な拳骨が京香の頭に落ちる。
「痛~~い!何をするのですか、お婆様!」
「何をするのですか、じゃないんだよこの大馬鹿者が!自分勝手な行動をするな、といつも言っておるだろうに!夢為人じゃあなかったらアンタ達はとっくに死んでいたんだよ!!手加減してくれたことに感謝しな!」
玲香の大激怒に身を竦める京香。
「アンタ達もだよ、神崎宗司に乾ことは!」
「二人とも、私は教室で待機するようにと命令していたはずだ。なのにどうしてここにいるのかね?」
「すいませんでした。」
橘亮の厳しい言及に対して正座して深々と謝る宗司。
その一方、反省の色を見せるも反論したのはことは。
「だって、綾ちゃんが生贄されるって聞いて。助けに行かなくっちゃって。」
「その結果、自分達がミイラ取りになったという事実を理解できているのかな?」
「でもでも、私達がここで彼を足止めしなかったらお姉さまが―――。」
「言い訳するんじゃないよ!!そもそも綾音が生贄になるなんてワタシ達は一切言っておらん。お前達が勝手に早とちりしただけじゃろうに!その結果がこの有様じゃ!!」
玲香の激怒に女子二人は口を噤む。
今宵90歳を過ぎた老婆とは思えない迫力と眼力である。
「全く・・・。すまないね夢為人。馬鹿孫と教え子が余計な真似をして。」
「随分腑抜けた教え子達だね。ぬるま湯な指導の結果だね。」
「いやはや、手厳しいな。」
ガシガシと髪の毛を掻き毟り、そして手を差し出す橘亮。
「久しぶりだね夢為人。元気そうで何よりだ。少し背が伸びたんじゃないのかい。」
「亮さんこそ、腕は落ちてないようだね。」
フレンドリーに握手を交わす。
「アンタには色々と言いたい事があるんだけど、とりあえずそれは一旦置いておくよ。夢為人、綾音はどこにいるんだい?」
「焔村綾音はこの洞窟の中さ。今、夜叉丸と対話させている。」
「何だって!!」
「ソイツはまた・・・悪い賭けに出たもんだね。」
途端、渋い表情を見せる二人。
「いい加減、現実を見せるべきだ。あのままではいずれどこかで死ぬ。」
「それはわかっているが・・・。しかし・・・。」
「あの、橘先生。何の話をしているのですか?そもそもこいつは何者なのですか?」
三人の会話の内容も、西社の正体も一切分からず置いてけぼりの生徒達。
「ああ、宗司達は知らなくて当然だな。彼は―――。」
西社の事を紹介しようとした、その時だった。
「うわああああああ~~~。」
全速力で洞窟から飛び出してきた綾音。
怒りと憎しみ、困惑をかき混ぜた表情を見せ、禍々しい炎の拳を西社へ向けて。
ちッ!と舌打ち一つ、懐からクナイを取り出そうとした時、
「喝!!!!!!」
玲香の威圧が綾音の炎をかき消したのだ。
「流石、婆さん!まだまだ腕の衰えが見えないね。」
西社の称賛の隣で、
「え?あ、あれ?これは・・・。」
我に返る綾音。
そして、この場に橘亮と玲香がいることに気付く。
「アンタは一体何をしているんだい!!焔村綾音!!!!」
「きゃいん!!ごめんなさい!!!!」
「全く、色々迷惑をかけよって。陽生め、インターンは3年しか認めておらんのに勝手な事をしよって。」
玲香による公開説教はかれこれ20分程続いているが彼女の怒りは留まることはなく、この場にいない神太麻にまで及んだ。
それを綾音達は正座で黙って受け入れるのみ。
誰も口出しできない雰囲気に割って入ったのは事もあろう西社だった。
「もういいだろう婆さん。焔村綾音は婆さんに怒られる以上に大きな罰を受けているしね。」
「どういう事だい、夢為人。」
玲香の質問に西社は綾音の方へ向き、そして尋ねた。
「焔村綾音、何故俺を殴ろうとした?何故夜叉丸を使わなかった?」
この質問に綾音の心は大きく揺れる。
本能が夜叉丸に触れる事を拒んだのだ。
「夜叉丸を抜いてみろ。」
西社の指示に綾音は手を震わせながら夜叉丸を手にする。
場一帯に緊張感が走る中、両手に力を込めて夜叉丸を鞘から抜こうとした。
だが、抜けなかった。
固く閉ざされ、1ミリも動かない。
それは完全な拒絶を意味していた。
「こいつは・・・。」
「参ったねぇ~。」
橘亮と玲香が頭を横に振り、落胆。
京香にことは、宗司は驚くだけ。
そんな空気の中、西社は冷たく現実を突き付ける。
「完全に見限られたな焔村綾音。これが現実だ。お前は夜叉丸に認められていない。ただ護られていただけだ。」
普段であれば「何よ!!」と即座に言い返したであろう。だが今の彼女にはそこまでの自信と気力がなかった。
「焔村綾音、お前は弱い。対魔師の中で一番な。」
「おい夢為人、どこへ行く気だい?」
全員から背を向け、立ち去ろうとする西社を玲香が呼び止める。
「俺にはまだやる事がある。」
「それはわかるが、自信消失した子をほったらかすなんてちょっと薄情すぎないかい。」
「それを何とかするのが、教師である婆さん達の仕事では?」
「だが綾音をここまで落ち込ませたのはアンタだ。責任は取るべきじゃないかい。」
「それに育成という意味では君にも義務があるよ。クラスSとしてね。」
「「「クラスS!」」」
橘亮の発言に驚く学生一同。
「ああ、そういえば紹介がまだだったね。」
そこでようやく橘亮が彼を紹介する。
「彼は西社夢為人。元対魔課0小隊―――つまり私達の元同僚だ。」




