12、夜叉丸
「着いたぞ。」
そこは物静かな洞穴。
動物は愚か妖魔達の気配もない。
全てを寄せ付けない雰囲気がこの洞穴から感じられる。
「ちょっとこんな所に連れてきて何をする気?」
貞操の危険を感じ、手で体を隠す。
「ここにお前を閉じ込める。そして夜叉丸と対話してもらう。」
「夜叉丸と対話?」
「そうだ。三日月の鎌を破壊するにはお前の力――浄化の炎が必要。だが、今のお前の実力ではそれは難しい。夜叉丸の協力が必要だ。」
腕を掴まれ洞穴の奥へ連れて行かれる。
「焔村綾音、お前はここで夜叉丸と腹を割って向き合い、認めてもらう事。それができないようではこの先、対魔師としてこの業界では生きていく事は不可能だ。」
「私はこの夜叉丸の正統所有者よ。何を今更――。」
「一度も夜叉丸の声を聞いた事がないのに。」
西社に反論にぐうの音も出ない。
「いいか。驕りも虚勢も全て捨てろ。真摯に向き合え。」
「・・・わかったわよ。」
最深部の中央で座禅を組む綾音。
文字が刻まれた手のひらサイズの石を四隅に置き、印を結ぶ西社。
「今から三時間、ここに閉じ込める。この間に夜叉丸と話し合え。」
「どうすれば話せるの?」
それぐらい自分で考えろ、と言わんばかりの表情を見せる西社。
「瞑想して心の中で夜叉丸を呼び続けろ。来なかったらお前はそこまでの人間だ。」
仕方なしにやり方を教え、背を向けて立ち去る。
「頑張れよ・・・。」
今までの中で一番優しい声援を残して。
「よし!じゃあやるわよ。」
大きく深呼吸を一つ。
そして静かに眼を瞑り目の前に置かれている夜叉丸に呼びかける。
「夜叉丸、夜叉丸。私の呼びかけに答えて。」
深く深く潜る。
太陽の光が届かない暗闇の中、ひたすら意識を夜叉丸へ。
ただ無心で深く深く・・・・・・。
心の奥底へと潜り続ける。
どれぐらい時が経ったのだろうか?
時間の感覚が無くなり、地面からの冷たい感覚すら失い始めた時、
「はぁ~~い!」
「っ!」
突然目の前に宙で逆さまの姿で現したのは紺色の着物を着こなす30代ぐらいの女性。
黒髪は束結ぶしており、やゆ太い眉毛。真っ赤な唇、そして吊り目で淡赤色の瞳は白粉を塗した肌のせいで妖美さを醸し出し、肩の肌を見せて佇むその姿はまるで遊女。
そんな女性は綾音をまっすぐ捉えていた。
「だ、誰?」
「誰って、アンタが呼んだから来たのにそれはないよね~~。」
「呼んだって・・・まさか夜叉丸!?」
想像と180度違う姿に驚きの声が木霊。
「何よ、その驚きは。」
「だって夜叉丸って鵺でしょう。鵺と言ったら、サルの顔にトラの手足で尾はヘビ。」
夜叉丸の全身を見渡す。
「ま、本来の姿はアンタが言った通りよ。今は変化の術で姿を変えているだけ。どうかしら?アタチのこの姿は。結構気に入っているのよね。」
様々なポーズをとり感想を求めるが、唖然のあまり返事できず。
その様子に夜叉丸は「はぁ。」とため息一つ落とした後、「で、アタチに何か用?」と尋ねる。
「夜叉丸、私に力を貸して。」
「・・・・・・。」
「私が強くなる為に力が必要なの。私の為に、お願い。」
頭を下げて誠意を見せる。
「イヤよ。」
「えっ?」
笑顔の拒絶。
「どう、して?」
「何でアンタみたいなメスブタにアタチが力を貸さないといけないのよ。バッカじゃない。」
「私はあなたの正統所持者よ。何で力を貸してくれないのよ!」
「何勘違いしてるの。アタチはアンタを認めた事はないわ。一度もね。」
「嘘よ。私は夜叉丸を扱っている。正統所持者じゃないと鞘から抜く事もできないはずよ。」
「全く、本当におバカね。アンタは。」
肩をすくめ、鼻で笑う夜叉丸は真実を突きつける。
「あのね、アタチがアンタの側にいる理由は風音に頼まれたからよ。死に際、綾音の事を頼む、て。出なきゃアンタみたいな未熟で気持ち悪いメスブタに力を貸すわけないじゃない。」
キャキャキャ、と猿に似た笑い声を挙げ、話し続ける。
「それなのにアンタはアタチに認められたと豪語していて。見ていて本当に傑作。霊力だって大半をわざと外に垂れ流しているのにそれにも気づかず何度何度もも注いで。滑稽滑稽。本当にアンタはおバカさんよ。」
夜叉丸が告げる真実に絶句。
一通り高笑いした夜叉丸は綾音に歩み寄り耳元で囁いた。
「この際だから言うわ。ねえ、アタチを手放してくれない?正直言うともう飽き飽きしているのよね、アンタの子守りには。」
「なっ!」
「今までは風音のお願いで仕方なく手助けしていたけど、もう限界。早くオサラバしたいのよアンタと。」
「何でよ、何でなのよ。」
「理由?そんなの決まっているじゃない。アタチを復讐の道具に使われるのなんてまっぴらゴメン、てカンジ。ヒジョーにメーワクなのよ!」
今までの鬱憤を吐き捨てる夜叉丸。
大きなショックを受けると同時に夜叉丸に対して憤りをそのままぶつける。
「どうして!どうしてそんな冷たい事を言うのよ!風音お姉ちゃんは殺されたのよ、24歳の若さで!婚約者の一騎さんと結婚して子供を産んで幸せな家族を築きたい。そんなささやかな願いすら叶わず死んだお姉ちゃんの無念は晴らしたい。何でそう思わないのよ!お姉ちゃんの相方だったくせに!」
「知ったような口を聞くんじゃねぇよ!クソガキが!!」
いきなり胸ぐらを捕まれる。
夜叉丸の鬼の形相が目と鼻の先まで迫る。
「いいかクソガキ!耳かっぽじってよく聞きな!対魔師とは常に死と隣り合わせ。死を覚悟した者しか就く事ができない過酷な生業なんだよ!風音はね、常にその覚悟を持って対魔師という生業と向き合っていた!自分の幸せを心の奥底に封じて他者の為、未来の為に自らを犠牲にしてもいい、と覚悟を持って対魔師となったんだよ!だからこそアタチは風音に力を貸したんだ!」
風音と初めて対峙した当時―――純粋な願いと強さに心惹かれ、彼女の武器として力を貸す事を決めた、その時の事が夜叉丸の脳裏に過る。
「確かに風音には才能はあった。だけどそれだけじゃない。あの子の覚悟と心意気にアタチは感銘を受けたからこそ所持者として認めたんだ!なのにアンタはどうだい?!復讐の事しか考えず、反射的に妖魔を殺すだけ。お姉ちゃんの為だと!そんな身勝手でジコチューなアンタの復讐なんぞ付き合ってられるか!」
夜叉丸に圧倒された綾音。
突き飛ばされても立ち上がる事ができない。
「どうして・・・。どうしてよ。」
辛うじて出た言葉。
それが関となり、表に出さなかった怒りの感情を噴き出す。
「何でよ。何で分かってくれないのよ!!私はこの為に対魔師になったのよ!楽しかった芸能界を辞めて、苦しい修行にも耐えて志奉学園に入学したのも復讐の為!その為に強くなったのに!何で分かってくれないのよ!!」
ダメね、と夜叉丸は思った。
復讐という炎の檻に囚われる綾音から決別する事を決めたその時、夜叉丸の眼がある光景を見つける。
「へえ~~、面白い事になっているじゃない。」
不敵な笑みを浮かべながら上唇を舐めた夜叉丸。
綾音から背を向け右手人差し指に霊力を集め、宙におおきな円を描く。
「開け鏡!我に見せよ。」の呪文に円は光輝き、映像が映し出された。
「ほら、見てみなさい。」
夜叉丸に促されて目にした光景。
それは土の塊に押し潰され圧迫死寸前の宗司と巨大な水の塊に囚われて溺死間近の京香。そして西社に背後からヘッドロックを決められて苦しむことはの姿だった。
「なッ!!これはどういう事?」
「さあ、知らないわ。アタチはただ今、外で起きている事を見せただけよ。」
外へ向かうのを夜叉丸が言葉で止める。
「どこへ行く気?」
「どこってみんなを助けに決まっているでしょう!」
「別にいいじゃない。あの子達が死んだって。」
「何を言っているの?」
夜叉丸の言葉が理解できず、もう一度聞き返す。
「だってアンタさっき言ったじゃない。復讐の為に強くなった、て。だったらあの子達が全員死んだら、彼に復讐できるじゃん。その怒りと憎しみがアンタを強くするわよ。」
夜叉丸の悪魔の囁きに恐怖が全身を駆け巡る。
「そんな事できるわけ――。」
「アンタはそれを望んでいるわ。だって復讐に取り憑かれているのだから。復讐相手が一人二人増えようが関係ない―――、いいや都合がいいもの。良かったわね。もっと強くなれる理由ができて。」
「違う!」
「違わない。それがアンタの本心さ。」
「違う!!!!!!!」
ここで我に返る。
目を見開くと四つん這いになっている自分がそこにいた。
呼吸は激しく乱れ、全身からは大量の汗が地面に大きなシミを作っていた。
そしてその目の前にはぽつんと置かれている刀―――夜叉丸が。
それを恐る恐る手にする。
――ねぇ、アンタは何の為に対魔師になったんだい?――
「くっ!!」
その答えから逃げるように走り出す。
光差す出口へ全速力で。
「っ!」
入口の物影から見える一つの影。
それは京香達を死に追いやろうとしていた西社の姿。
その瞬間、先程の光景が鮮明に浮かび上がり、
「うわああああああ~~~。」
自分の拳に荒々しい炎を纏わせ、殴りかかる。
怒りと憎しみを炎に乗せて・・・。