11、三日月の鎌
「ち、逃げられたか。それにしても三日月の鎌は一体何処に?」
「ちょっといい加減に説明しなさいよ。三日月の鎌って何?あなたは何者?目的は何?どうしてお姉ちゃんの事を知っているの?」
矢継ぎ早に質問するが返答なし。
「幻竜神!」
「その名で呼ぶな。」
ようやく反応した西社。しかめっ面を見せる辺り、その名で呼ばれるのがかなり嫌らしい。
「ついてこい。」
「ちょっと待ちなさいよ。」
仕方がなく後に続く綾音。
この場所は瘴気が濃くて目印がなければ彷徨い、二度と抜け出せなくなる可能性が高いのだ。
「どこに行くのよ。」
「聞き込みだ。三日月の鎌がどこへ行ったのか調べなければ。」
「そんなに重要な物?」
「三日月の鎌は新身玉帝が造った呪わせし武器だ。」
「新身玉帝って反政府テロ組織『新世界』の党首の!?」
「そうだ。新身玉帝は己の怨み憎しみを自らの手で造った九つの武器に込め、それを九人の子供達に託した。己の怨みが未来永劫引き継がれる事を願って。その子供達は全員死んだが武器だけは残された。親と子の怨み憎しみを取り込んで。三日月の鎌はそのうちの一つ。俺はそれを破壊する為もにそれを探し求めている。」
西社の話に緊張感が重くのしかかる。
「数ヶ月前、俺は山神が三日月の鎌を所持していると情報を聞きつけてこの地に来た。そして今この地で起きている妖魔達の失踪の真相を突き止めれば、報酬として渡すと話を持ちかけられたのだ。」
「で、その結果はここにはないと・・・。」
「全く、とんだ無駄働きだ。」
二人が向かった先は小さな泥沼。
ここは複数の泥田坊が生息している場所である。
「ドウシタ?何か用か?」
「俺達は三日月の鎌を探している。どこにあるか知っているか?」
懐から少し古びた紙を見せる。そこには墨で書かれた三日月の鎌の絵が。
泥田坊達は首を振るのみ。
「そうか。邪魔したな。」
泥田坊達からの泥入浴を丁重にお断りして次へ。
その後、釣瓶落とし・化け狸・山地乳に尋ねるも成果はなし。(この時、綾音は山地乳に胸を狙われそうになるが、西社の介入により未遂に終わる。)
このまま情報なし、かと思いきや浅瀬に涼んでいた小豆洗いから思わぬ発言が飛び出した。
「はて、どこかで見たような・・・。」
「本当か。どこでだ小豆洗い。」
「どこだったっけなあ。確か・・・。」
禿頭を揺らし小豆を川で洗いながら考える事数分後。
「おお、そうだ。山神の息子が持っていたようなきがするなぁ・・・。」
自信なさげに発言する小豆洗い。
「山神の息子というとカミキリか。今どこにいる?」
「さあ?」
「何故首を傾げる。」
「少し前、山神と大ゲンカをしてこの山を降りたからのう。今何処にいるかわからん。」
小豆洗いの回答に頭を抱える西社。
「おい、それって無断じゃないのか・・・。」
「さあ、ワシにはよくわからん事じゃ。」
「どうするの?」
小豆洗いが山奥へ去った後、今後について尋ねる。
「近くの人里に降りる。多分カミキリが三日月の鎌を持っている可能性が高い。」
近くの人里までの移動はもちろん徒歩。
「疲れた。」
「まだ歩いて1時間も経っていないぞ。箱入りお嬢様。」
「仕方がないでしょう。昨日の夜から何も口にしていないのだから。」
時刻は昼近く。既に三食は飛ばしていることになる。
「ああ、そう言えばそうだったな。人里に着いたらすぐに食事にするからそれまで耐えろ。」
「約束だからね。」
歩く事2時間、ようやく小さな町に到着。
約束通り食事を摂ることに。
「何でラーメン屋なのよ。」
「奢ってもらう立場で文句言うな。」
「仕方がないでしょう。スマホと一緒に財布も落としたのだから。」
「財布に関しては何も知らないぞ。」
言い合いする二人の間を水が入ったコップをそれぞれに置いて割って入る。
「ご注文は?」
「ラーメンセット2つ。」
「そのうち一つはご飯をチャーハンに。後トッピングで卵追加で。」
「・・・・・・。」
西社の無言の抗議を敢えて無視。
注文した食べ物が来るまで店内を一周見渡す。
「あれ?」
綾音の視線が一点――カウンター奥の壁に掲げている一枚の色紙に止まる。
「お、気が付いたかい。そうトリセンジャーのトリセンイエロー、麒麟里果南役の清河梨沙さんのサインだよ。」
ラーメンセットを運んできた店主が答える。
「今度放送されるドラマのロケでこの地に来た時にサインしてもらったのさ。さあ、どうぞ。」
とここで綾音の顔を間近で見た店主。
その瞬間、動きが固まる。
「あれ、お前さんはもしかしてトリセンピンク役の焔村綾音ちゃんかい?」
「ええ、まあ。」
「きぇええええ!!」
中年男性からの黄色い悲鳴。
一目散に厨房の方へ走り去ったかと思うとすぐに色紙を手に戻ってきてサインをねだる。
「いや〜、まさかヒロイン二人のサインをこうやって並べるとは。」
ウキウキで壁に飾る店主に綾音はラーメンを啜りながら尋ねる。
「いつここに来ていたのですか?」
「半年ぐらい前かな。数週間滞在していて、その時はそれはもう凄い活気だったよ。まあいろいろあったけどね。」
「いろいろ?」
店主の含みがある言い方に今まで黙々とラーメンを啜っていた西社が会話に加わる。(と言うか既に完食していた。)
「いや~、撮影中変な事故が続出してね。いきなりヒールが折れたり機材が故障したりとかして。撮影スケジュールも結構おしてね。極め付けが梨沙ちゃんの遭難騒動があったのよ。」
「遭難?!」
驚きのあまり勢いよく立ち上がったことでテーブルがガタッと大きな音を立てる。
「ああ、そこの富士代山の麓でロケをしていた最中、忽然と姿を消してね。捜索隊を出動させるかどうかまでの大騒ぎになったのさ。結局3時間ほど経った所でぽつんと立っている梨沙さんを発見して事で大事にはならずにすんだのさ。ああ、それからは嘘のように撮影が進んで何事もなく帰って行ったよ。」
「ねえ西社、もしかして梨沙姉は妖魔保護区域に入ったんじゃあ。」
「可能性はあるな。」
妖魔保護区域は結界によって外部との接触が制限されている。
故に一般人はそこには行けないようになっているのだが、時々このような事故が起きているのだ。
「だがどうやって中へ入った?」
「梨沙姉は少し霊感があるの。だから惹き寄せられたのかもしれないわ。」
梨沙だけではなく、トリセンジャー役に選ばれた俳優は全員霊感が高く、過去に心霊現象を体験した経験が持っていた。
故に撮影の合間に対魔課の人間がやってきてレクチャーしていた事を西社に伝えた。
「霊感持ちか。それならありえるな。店主、これに見覚えは?」
西社が懐から取り出した紙を一目見てポンと手を打つ。
「ああ~、これなら風変わりな格好をした男が持っていましたよ。確かロケが終わって数日後だったかな。梨沙さんが何処にいるか尋ねてきましたな。しかし今思えば本当に変な人だったな・・・。」
「カミキリは梨沙姉を狙っているわ。今すぐ追いかけないと梨沙姉が危ない。」
「落ち着け。」
店を出るなり、東京へ戻ろうとするのを言葉で引き止める。
「お前はカミキリの風貌や特徴を知っているのか?」
「・・・、知らない。」
「なら先にカミキリの似顔絵や情報を手に入れないとな。」
「え~、また戻るの?」
「当たり前だ。それにあそこでまだやるべき事がある。」
「はいはい、そうですか。」
「他人事と思っているようだが、お前の事だ焔村綾音。」
「私のこと?それってどういう事よ。」
「・・・。」
「なんなのよ!もう~。私の質問に答えなさいよ。」
しかし回答は得られず。西社の後を愚痴りながらついていくしかなかった。