10、富士代山の山神
体に感じる振動で意識を取り戻した綾音。
気が付けば泥田坊の泥によって両手を封じられた状態でトラックの荷台の端に放り込まれていた。
「オイ、オンナガ気が付いたゾ。」
「構うナ。ソノママ寝かせておけ。」
荷台には様々な妖魔が乗せられていたが、誰も綾音には構わず。
皆、心なしかソワソワしている。
「(どこに向かっているの?)」
窓がない為、どこに向かっているか見当がつかない状況。
わかるのはタイヤの振動から舗装がなされていない道を走っていることだけ。
「着いたぞ。」
暫くしてエンジンが止まり、後方の扉が西社の手によって開かれる。
ワラワラと降りていく妖魔達。
残されたのは綾音のみ。
「ここは何処?私をどうするつもり?夜叉丸はどこ?」
「夜叉丸ならここにある。これが近くにあっては妖魔達が落ち着かなくなるからな。」
丁重に夜叉丸を綾音に返す。
「さあ、俺と共に来てもらうぞ。」
「断わる、と言ったら。」
「言っておくがお前に拒否権はない。」
「きゃあ!」
悲鳴を出した理由は西社にお姫様抱っこされたから。
「やだ!離れて!」
「暴れると落ちるぞ。」
抵抗も空しくそのまま外へ連れ出される。
「(いやだ、こんな恰好見られたくない。)」
妖魔達に辱められた姿を見られ冷笑される未来を想像する。
が妖魔達はそれどころではなかった。
「おお~~、帰ってきたぞ。」
「我が家だ。」
「ありがたやありがたや。」
歓喜喝采。
中には山に向かって涙を流して拝む妖魔も。
「ここってもしかして富士代山?」
「そうだ。このモノ達は花条院家の保護妖魔達だ。それを氏ト部達は無断で捕らえ、野に放ち、殺していたのさ。」
「何ですって!」
「ようやくお前もことの重大さに気づいたな。おい、そろそろ出発するぞ。」
西社を先頭に山奥部へ進む。
人の手が全く入っていない獣道を比較的軽いとは言え女性一人をお姫様抱っこしながらでも余裕ある足取り。
途中、仲間や家族の元に戻る妖魔を見送り、気がつけば西社と綾音だけになる。
「着いたぞ。」
頂上付近の谷間沿いで立ち止まった西社は優しく綾音に立たせ、そしてクナイで手を拘束している泥を叩き壊す。
「いいか、俺の前には絶対に立つなよ。」
何を生意気に、と思ったが西社の険しい表情を見て反射的に頷いた時、激しい突風が。
「何しに来た。」
風が一カ所に集まり、3メートルを超える身体を形成し、西社と綾音を見下す。
「(この姿はもしかして山神?!)」
「何をって、お前に頼まれた妖魔達を保護を無事に終えた報告をしに来たのだが、山神よ。」
「数が足りぬが。」
山全体を見渡した後、冷淡な言葉を投げつける。
「他のモノ達は既に殺されていた。魂はここに。」
懐から革袋を取り出し、お供え。
「さあ、約束通り三日月の鎌を渡してもらおうか。」
「ならぬ。ならぬぞ幻竜神。妾は全員の帰還を望んだ。それを守れなかった貴様に果たす約束なぞなし。」
「その名で呼ぶなと言っただろう。それに俺は全員連れ戻せ、とは聞いていないぞ。」
「一つでも取り戻せなかった時点で果たす話などあらず。妾の怒りは静まらぬ。ただ・・・、その女子を妾に差し出すならば考えを改めてもよい。」
山神の眼光が綾音に向けられる。
「(コイツ、その為に私をここに!)」
誰が生贄になるものか!と抵抗を見せようとした時、
「お前、ふざけるのも大概にしろよ。」
西社の反論にはかなりの怒りが込められていた。
「いいか山神よ。俺はお前を倒して三日月の鎌を奪う事も出来るのだぞ。立場を弁えろ。」
「(倒すって山神を・・・。)」
山神の力は偉大で人柱を用いてやっと怒りを鎮める事しか出来ない程。
花上院玲華が長年足通い、交渉を続けた事で大人しくこの場に留まっているだけで一度暴れれば、増大な被害に見舞われる、と恐れられているのだ。
そんな相手を倒すと言い放った西社。その言葉には怯えも恐れもなく堂々とした立ち振る舞いを見せる。
「ほう、相棒を手放したお主が妾を倒すだと。ふっふっふっふっふ、笑止!」
突如繰り出した無数の風の刃による猛撃。
「風魔手裏剣、椿!」
夢為人は4本のクナイを一瞬で組み合わせ巨大な十字手裏剣を展開。霊力で高速回転させて盾を代わりにして、刃を全てはじき返す。
「ぬううう~~。」
「どうした、これで終わりか?なら今度はこっちから行くぞ。」
手裏剣を持っていない反対の手を天にかざす。すると水で造られた針がその上空一帯に。
「水破針!秋刺雨!」
「ぐぬおおおおおお!」
次々と降り注ぐ水の針が山神の身体至る所に続々と突き刺さる。
「おのれ~~~。」
唸る山神。
倒れる程ではないが、かなりのダメージを受けたのは明らか。
それを後ろで見ていた綾音は西社の実力を目の当たりにして呆然と立ち尽くす事しかできなかった。
「わかったか山神。今の俺でもお前を倒せるほどの実力は持っている。今度ふざけた事を言えば、完全に消すぞ。」
「くっ。」
「それにこの綾音はお前が認めたあの風音の妹だ。夜叉丸がその証拠だ。」
「何だと・・・・・・・、確かにその女子から風音の面影を感じるな。それに夜叉丸か・・・。成程。」
「お姉ちゃんを知っているの?」
「何度かここを訪れていた。修行と称してな・・・・・・。よかろう、風音とその女子に免じて妾の怒りはここに留めておこう。だが、三日月の鎌は渡さん。」
「三日月の鎌の危険性は話したはずだ。それでもなお手放さないというのか。」
「その通りだ。妾には関係ないこと故。」
話はこれで終い、と背を向ける山神。
このまま姿を消そうとした時だった。
「待て山神、最後に質問させろ!」
「なんだ幻竜神よ。」
西社の視線が一瞬、夜叉丸へ向く。そして質問を口にした。
「お前、もしかして三日月の鎌を紛失した、ってことはないよな?」
「無論、そのような事がなるはずなかろう。」
「――――と言っているが、本当か夜叉丸?」
―――嘘よ!―――
若い女性の声が風に乗って聞こえた。
「っ!!!さらばだ!」
図星の表情を見せた山神は大きな竜巻を起こす。
「くっ!」「きゃああ!」
腕で目を覆い、砂埃を防ぐ西社と捲れ上がるスカートを懸命に抑える綾音。
風が完全に止んだ時、山神の姿はもうそこになかった。