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8話 おくれて来た娘



 仮面舞踏会当日。

 陽が傾き始める頃、レッチーノ伯爵邸には次々と馬車が横付けされていた。

 馬車から現れるのは、仮面やベールを被った人物たち。きらびやかな衣装に身を包んだものから、神話の動物の頭を象った衣装をまとった人物まで多種にわたり、さながら異国の祭りに迷い込んだような印象を受けるだろう。

 だが、彼らは全員れっきとした貴族。

 その証拠に、招待状を持参していた。万が一、偽造もあるかもしれないので、入口の係をしていた青年が招待状を1通ごとに灯りに照らし、レッチーノ家の家紋の透かしが入っているかどうか確認する。


「……よし、これで全員だな」


 最後の馬車が玄関口から移動したところで、青年はふうっと息を吐いた。


「いや、まだ1人……来てないぞ」


 ところが、一緒に係をしていたもう一人の男が首を横に振る。指で招待客リストをとんとんと軽く叩き、まだ来ていない人物の名を読み上げる。


「なになに、フェリシア・アカシア。男爵家の令嬢か」

「連絡しますか?」

「いや、もう少し待ってみよう。伯爵夫人からも『遅れてくる招待客がいるかもしれないので、そのときは申し訳ないが45分ほど待って欲しい』と言われているからな」


 現にきっちり45分後――すっかり辺りが暗くなり始めた頃に、ようやく馬の足音が聞こえてきた。現れた馬車に、入場係の2人はあっと息をのむ。西日に照らされた馬車は、黄金に輝いているように見えたからだ。実際には黒い馬車だったわけだが、全体に金箔がまぶされている。一介の男爵家の馬車とは思えぬほど、贅を尽くした車体だったが、それを引く馬の様子が少しおかしい。4頭立ての立派な馬車だったが、立派な馬体のわりに歩調がおかしく、目元もどうやら疲れているように見える。


「……あの馬たち、すぐに休ませた方がいいな」


 係の男は口を動かさず、もう一人の青年に囁きかけた。

 しかし、驚くことはまだ続く。

 馬車の扉を開けると、ベールと仮面で顔を覆った令嬢が足音を立てながら足場を降りてきた。貴族の令嬢なら、よっぽどのことがない限り足音を立てないのがマナー。実際、これまでの令嬢たちは仮面とベールで着飾っていてもスルスルと滑らかに動いていたので、おやっと眉をひそめそうになった。

 そんな彼女は係の男たちに目もくれず、青いドレスを翻しながらそそくさと中に入ろうとするので、急いで制止する。


「失礼、招待状を確認致します」

「フェリシア・アカシアよ」


 係の青年が近づくと、フェリシアと名乗った少女は招待状を見せてくる。よく確認しようと受け取っていれば、馬車が車寄せではなく門の方へ進み始めたではないか。


「お待ちください! 馬車はあちらに……」

「別に構わないわよ」


 係の男が声を上げるも、令嬢はつまらなそうに呟いた。


「これから、お父さまたちが使うのだから」

「え、ですが……」

「それに、帰りは他の人の馬車に乗って帰るから」


 フェリシアは当然のように言い切ったあと、確認が済んだ招待状をひったくり、ずんずんと入口の扉をくぐっていった。

 係の2人はその後ろ姿を見送り、やれやれと首を振るしかなかった。


「帰りは他の馬車に乗るって? 仮面舞踏会だぞ? 上手く相手を見つけられるといいけどな」

「誰かと示し合わせてるんだろ。それにしても、たいした度胸だ」



 フェリシアの耳には、彼らの内緒話は届かなかった。

 仮面ではっきりしない視界のなか、長いドレスの裾を踏まないように進んでいく。貴族になり早2年弱。高価なドレスを着る機会が増えたが、いまだに油断すると転びそうになるのだ。


「まったく。この音って、もう始まってるんじゃない?」


 奥の方から、賑やかな喧騒と音楽の音が嫌でも聞こえてくる。給仕も忙しなく廊下を行きかい、料理や飲み物を運んでいた。彼らを避けながら、会場に急ごうとするのは、貴族になったばかりのフェリシアには難しく、いらだちを募らせていく。


「私だけ遅い時間を伝えたの? なんて嫌がらせなの――……きゃっ!」


 カツカツとヒールを鳴らしながら角を曲がったとき、誰かと出合い頭にぶつかってしまう。それと同時に、ぴしゃっという音と腹のあたりに冷たい感触がした。


「も、申し訳ございません、お嬢様!」

「一体何が……って、はぁ!?」


 仮面をずらし確認してみて、フェリシアは驚愕した。

 自慢の青いドレスにワインの赤いシミが広がっているではないか。


「なにしてくれるのよ! このドレス、チャーリー様からいただいたものだっていうのに!!」

「も、申し訳ありません!」


 年若い給仕の美少年が顔を青ざめている。


「すぐに替えのドレスを用意いたしますので」

「ごめんなさいですむ問題じゃないの! 替えのドレスなんて着ていったら、チャーリー様が私だって気づかないじゃない!」


 フェリシアはひたすら頭を下げるだけの給仕に向かって、感情の赴くままに叱咤する。


「替えのドレスだけじゃなくて、最低でも『女神の安らぎ』の香料を用意しなさいね! 45番よ、45番。それをいつも使ってるの。それさえあれば、チャーリー様が気づいてくれるはずだから!」

「はい、申し訳ありません、ただちに!」

「それから、さっさとドレスを脱ぎたいのよ。どこか適当な部屋に案内しなさい」

「申し訳ありません、すぐにご用意します」

「あなたね、謝ってばかりじゃない! そんなに謝らないでよ、私が悪いみたいでしょ!」

 

 フェリシアは腰に手を当てながら、役に立たない給仕に指示を出す。相手が前をよく見ていなかったことが悪いのにもかかわらず、周囲を行きかう人の目つきは給仕にどこか同情的で、自分が悪者みたいな気持ちになってくる。


「こういうときの対処法くらいないのかしら? それに、はやくドレスを脱ぎたいの。染み抜きって大変なのよ!」


 せっかく、チャーリーが「仮面舞踏会でも君を見つけられるように」と贈ってくれたドレスなのだ。それが給仕の不注意で汚されたなんて、チャーリーになんと言えばいいのだろうか。優しくて自分に甘い彼のことだから弁償など口が裂けても言わないだろうが、もし請求されてしまったら――と考えるだけで、不快な気持ちがふつふつと込み上げてくる。

 そうこうしているうちに、騒ぎを聞きつけたのか侍女頭と思わしき壮年の女性が駆けつけてきた。


「申し訳ありません、お嬢様。こちらへ」

「ふんっ」


 侍女頭につき、フェリシアは別室へと歩みを進める。


「忙しいのは分かるけど、前を見ないのは駄目よ。伯爵家の給仕って意外と抜けてるのね」

「申し訳ございません。注意しておきます」

「あれだと城下町の酒場の給仕の方がマシよ。どんな荒くれものがいても、絶対にぶつからないんだから。ぶつかったら最後、変な言いがかりをつけてくるのよ。あたしがそういう庶民じゃなかっただけ、良いと思いなさい」


 フェリシアは侍女頭にこちらの寛大な心を見せながら、ふと――気になったことがあった。



 さっきの給仕の美少年――どこかで見たことがあった気がする、と。













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