7話 おおきな勘違い
チャーリー王子視点です
「仮面舞踏会の招待状か……」
チャーリーは怪訝な顔で招待状に目を通した。
送り主はレッチーノ伯夫人。レッチーノ家に真面目に勤めた侍女が結婚するので、お祝いをかねて仮面舞踏会を開催するとのことだった。
「レッチーノ家との交流はそこまでなかったが……俺を招待するとは、なかなか気が回る女だな」
チャーリーはほくそ笑んだ。
結婚間近な侍女の前に、仮面を被った自分が現れる瞬間を想像する。
一介の侍女の前に未来の国王である自分が現れるだけで、実に幸せなサプライズになるはずだ。自分が仮面を外した途端、侍女の顔に驚きの色が走ったあと、ぱあっと頬が赤く染まっていく姿まで瞼の裏に浮かんだ。そのまま、結婚を控えた侍女と一夜限りの火遊びをするのも悪くない。彼女にとっても、良い思い出になることだろう。
「問題は、彼女が結婚相手より俺を選んでしまうことだが……まあ、そうなったときはそうなったときだ。謝れば許してくれるだろ。万が一のときは、陰で付き合えばいい」
チャーリーは侍女が自分と関係をもたないという可能性を一切考えていなかった。
自分に落ちない女はいないと、至極真面目に信じていたのである。
自分の容姿が優れていると気づいたのは、チャーリーが物心ついた頃だった。
母親はもちろん、自分の身の回りを世話してくれる侍女たちが口々に「かっこいい」と褒めてくれた。乳母も実子が壺を壊したときは激怒していたのに、チャーリーが皿を割ったときは「あらあら、怪我はありませんでしたか? よかった」と怒られることはなく、むしろ、そのとき近くにいた従者が「なぜ止めなかったのです!」と叱られていた。
たまに、従者や騎士たちが窘めようとすることもあったが、周りにいる女性たちは常にチャーリーの味方であった。チャーリーを叱ろうとする者は、母や乳母、侍女たちによって逆に追い込まれたじたじになり、結果的に「申し訳ございませんでした、チャーリー様」と謝るのがお決まりの流れ。
そんな彼に、一人だけ面と向かって叱責してきた女性がいる。
アリスローズ・ブルーベル――チャーリーの正妃になる女だった。
歴史だけ長い名家の出ということもあり、それなりに容姿は整っていたが、とにかく彼女の眼が気に入らない。すべてを見下すような青い目が苦手だった。
『チャーリー様。いい加減、未来の王としての自覚をお持ちください』
わざとらしく扇子で口元を隠しながら、自分を叱ってくるのだ。
『先日、隣国の王族が来訪された際、チャーリー様は面会を体調不良を理由にキャンセルされたと聞きました。ですが、本当は裏でどこぞの令嬢と遊んでいたとは……一体、なにを考えているのです』
この通り、アリスローズは自分の女たちに嫉妬してくる。
『その前も王太子として、孤児院の施設を視察する予定を学業で忙しいからと取りやめたかと思えば、別の令嬢と湖畔へ旅行していたと聞きましたよ。先方も1年前から準備していましたのに、それを当日にキャンセルされるなんて……そこまで必要に迫った旅行だったのですか?』
アリスローズは本当に嫉妬深い。
とはいえ、彼女が自分の顔に惚れていることは知っていたので、他の女性と遊んでいることがバレても「今度からは気をつける」とちょっと謝れば、頬を赤らめながら「次はありませんよ」と怒りの矛を収めてくれる。
だが、彼女のご機嫌を取るのも最近は面倒になってきた。そもそも、彼女はブルーベル侯爵家の歴史が長いというだけで自分の正妃として選ばれただけに過ぎないのに、偉そうに注意してくることが苛立たせる。
故に、彼女にわざわざ愛など与える必要はない。
しかし、厄介な女とは間もなく婚約破棄を成立させる。
最愛のフェリシアを正妃に迎えるためには、アリスローズは完全に邪魔なのだ。
もし、彼女が泣いて「捨てないでください」とすがりついてきたら、側妃として残してやっても構わない。嫉妬深い性格が改善し、従順な可愛らしい女性になれば、たまに愛してやる褒美を与えてやるのも良いだろう。
「当然、参加で返答だ」
さっそく、チャーリーは返信しようとし、ふと――ドレスコードが記載されていることに気づく。
『男性は思い思いの仮装でいらしてください。女性は仮面とベール着用必須で参加をお願いします』
この一文に引っかかりを覚えたが、扉を叩く音で顔を上げる。
「どうした?」
「失礼致します。殿下、フェリシア様からの文が届きました」
「ああ」
チャーリーは招待状を脇に置き、従者が届けた手紙を受け取った。手紙からは、フェリシアの蜜のように甘い香りが漂ってくる。その香りを嗅ぐだけで、愛しの彼女が傍にいるような気持ちがした。思わず頬を緩ましていると、手紙を届けた従者がまだ部屋の中にいる。
「おい、用事は済んだろう。さっさと行け」
チャーリーは舌打ちしたい気持ちを堪え、さっさと出て行けと手で指示をする。従者は慌てたように外へ出て行った。
「まったく。従者の質も落ちたものだ。俺が命令しなくても、次にする行動くらい考えろ」
侍従長が教育の手を抜いているに違いない。あとで、しっかり叱っておかなければ――と考えながら、手紙の封を破いた。
「……ほう、フェリシアのもとにも招待状が届いたのか」
そうなると、結婚を控えた侍女との一夜の愛という物語は破綻する。そのことを少し残念に思ったが、フェリシアがいるなら仕方あるまい。そちらは後日、手紙のやり取りをして愛を育めばいいだろうと考え直した。
「それに、フェリシアと過ごすのも悪くない」
フェリシア・アカシアとの出会いは、3年前にさかのぼる。
城下町にお忍びで遊びに出かけたとき、酒場の給仕をしていた彼女を見た瞬間、目が離せなくなってしまった。
明るくハキハキと話し、くるくると働く姿は普段接する令嬢たちや侍女とも違う。ヘーゼル色の瞳は常に輝いており、溌剌とした元気の良さが伝わってくる。容姿も庶民にしては悪くないどころか、他の令嬢と遜色ないほどまでに整っていた。自分に対しても、平然と敬語を使ってこないことも新鮮で、そんな彼女に会うためだけに酒場に通っている間に、だんだんと彼女の方もチャーリーに気がつき始め、交際に発展するまで長くかからなかった。
フェリシアは気を遣わなくていいから楽だ。
彼女は未来の国王としてのチャーリーを知らず、知ってからも今までと変わらぬ姿で接してくれた。令嬢相手だと、どうしても気を遣わなくてはならない。機嫌を損ねたら、すぐに交際を止めればいいが、アリスローズみたいに変な嫉妬して付きまとわれても困る。その心配がないだけで、フェリシアといるのは心地が良い。
もっとも、彼女と別れるつもりなどまったくない。
フェリシアとの交際に発展してから、彼女を妃にするために骨を折った。
なにしろ、相手は庶民。無理やり男爵家にしたり、貴族としての体裁を整えさせたりと大変だったが、それでもフェリシアとその一家は喜んで受け入れてくれた。
フェリシアは常にニコニコしながら、従順にチャーリーの隣にいてくれる。
『他にもお付き合いしている女性がいるって、王様ってそういうものでしょ? 大丈夫、あたしはみんなと仲良くできるから!』
『チャーリー様って凄く疲れてるわね。そうだ! いいお酒を知ってるの! よかったら、一緒に飲みましょ!』
彼女はいつも自分が一番欲しい言葉をくれた。
彼女こそ、自分と共に並んで歩む女性にふさわしい――正妃にふさわしいのは、嫉妬しかしないアリスローズではないのだ。
「フェリシアの仮装……楽しみだな」
婚約破棄の準備は着々と進んでいる。
両親も受け入れてくれたし、学園の卒業パーティーあたりで発表するのが妥当なのだろうが、肝心の証拠がもう少し欲しい。
アリスローズ・ブルーベルは腐っても侯爵家の令嬢。マナーや礼儀作法は身につけているし、疑われるような行動は一切したことがないので、なかなか婚約破棄させる証拠を見つけるまでに苦労したが、なんとかなるだろう。
すべては、自分とフェリシアの輝かしい未来のために。
次回は15日に投稿します