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6話 まっくろな夫婦


「失礼いたします、伯父様」


 アリスローズは6人の浮気相手――もとい、新たな仲間を見送ったあと、屋敷の執務室へと向かった。


「アリス、終わったのか?」

「おかげさまで……あら?」


 アリスローズはドレスの裾をつまんだまま、目をぱちくりさせる。

 ふさふさした白髪が目立つ伯父の隣に、ジャックが静かに控えていたからだ。


「ジャック? あなた、どうしてここに?」

「例の件を進めるにあたり、シルバーベル伯に折り入って相談がありまして」

「ああ、そうでしたのね」


 アリスローズは納得すると、伯父に勧められるがまま近くの椅子に腰を降ろした。


「伯父様、本日は庭をお貸しいただき、ありがとうございました」

「なに。事情が事情だからな。それに、大事なアリスの頼みだ。断るわけがないだろう」


 シルバーベル伯は柔らかく微笑むも、次の瞬間には険しく眉を寄せる。


「しかし、チャーリーは随分よい性格をしているな。アリスをこれほどまでに邪険にするとは……王家は我が一族に喧嘩を売っているのは間違いないようだ」

「チャーリー様はそこまで深く考えていなそうですけどね」


 彼の頭にあるのは、フェリシアとの明るくて甘い未来だけ。楽しいことしかないと考える未来には、アリスローズは邪魔でしかないのだろう。ならば、さっさと邪魔者を排除して、そこに世界で一番愛している娘を添えれば問題ない。きっと、その程度しか考えていないのだ。


「問題は国王夫妻ですが……そのあたりはどうでしたか?」

「残念ながら、黒のようだ」


 シルバーベル伯は顔をしかめたまま、どこか吐き捨てるように告げる。


「フェリシアが側妃に内定しているのは事実だ。アカシア家が男爵になるのと同時に、側妃として迎え入れる部屋が準備し始められている。もちろん、誰とは決まっていないという話だが、王家の従者がアカシア家との間をコソコソと行き来していることからも、フェリシアに間違いないだろう」


 ところがだ、とシルバーベル伯は不快そうに話を続けた。


「この部屋の準備が、3カ月ほど前からぱったりと止まっている。おまけに、その部屋に用意された品が正妃の部屋へ内々に運ばれ始めている」

「正妃……つまり、私が使う予定の私室にですか?」

「そこを国王夫妻に突いてみた。すると、しどろもどろに『正妃の部屋に運ばれる予定だった家財の一部を、誤って側妃の部屋に用意してしまったから』というありがたいお答えをいただいたよ」


 ふんっと鼻を鳴らし、馬鹿馬鹿しいと呟いていた。


「フェリシアさん……まさかとは思いますけど、正妃の部屋に用意された物を婚約破棄後、自分がそのまま使おうとお考えなのかしら?」


 アリスローズも不満の思いが沸々と込み上げてくる。


「あの部屋に用意されたものは、我がブルーベル侯爵家が準備したもの。無事に婚約破棄した暁には、すべてお返しいただくつもりだったのですが……」

「無論、こちらとしてもそのように動く。だが、国王夫妻……いや、王妃様がな……はぁ」


 シルバーベル伯はやれやれと重たい頭を振った。


「王妃様がいかがなされたのですか?」

「今回の件、陛下もそうだが王妃がかなり乗り気なのだ。一人息子がよほど可愛いらしく、すべての願いを叶えてやりたいつもりらしくてな……」

「あー……そうでございますか」


 その話を聞き、アリスローズも頭を抱える。

 王妃は一人息子のチャーリーを猫可愛がりしているのだ。なにをするにも最優先。欲しいものはすべて与え、彼を否定する意見はすべて遠ざけるのが当たり前。どう考えても、チャーリーが7人もの令嬢と大っぴらに交際しているのは王家としては醜聞になるにもかかわらず、彼女は決して取り合わなかった。

 王妃曰く、


『英雄は色を好むというでしょう? チャーリーには英雄になる素質があるのよ! ああ、素晴らしいわ』


 とのことらしい。

 英雄は国を救うような素晴らしい行いをしたから崇められるのであり、国のための命を懸けた行動をせず、たくさんの女の子と同時に付き合っているのは、ただの女好きである。

 そんな彼女はアリスローズのことは目の敵にしており、正妃教育のために登城すると必ず何かしら嫌味を言ってくる。


『あらまあ、あなたは料理もできないの? チャーリーは甘い味付けの料理が好みなのよ。正妃になるのであれば、それくらい作れなくっちゃ愛されないわ』


 たとえば、このような感じで詰めてくる。

 正妃には料理の腕など必要ない。趣味として極めるのであれば話は変わってくるが、基本的に厨房のコックに任せるのが慣例だ。もちろん、王妃も料理らしい料理を作ったことがない。だが、当時のアリスローズは「チャーリーに愛されるためには、それが必要なのだろう」と慣れない料理を必死に学んだ。そして、ようやく彼好みの味付けの料理を作れるようになったとき、王妃は汚らわしいものでも見るような目つきでこう言ったのだ。


『正妃になるという者が、料理だなんて……庶民の真似事? ありえないわ』

 

 こんな感じの嫌がらせを何度受けたことか。

 しかし、フェリシアは違うのだろうか? 王妃が乗り気ということは、アリスローズよりも気に入られる要素があったということになる。ただチャーリーが彼女を溺愛しているという理由だけで、王妃がノリノリになるのだろうか。

 アリスローズが自分の疑問点を問いかけると、シルバーベル伯は大きくため息をついた。


「そのあたりは分からん……だが、フェリシアの輿入れには乗り気であることには変わらない。どこが気に入ったのやら……」

「シルバーベル伯、国王は王妃に意見しないのですか?」


 ジャックが不思議そうに口を挟んできたので、アリスローズが代わりに答えることにする。


「陛下は……自分をよく見せようとする方なので」


 だが、悪く言えば悪いものには蓋をして、聞きたくないことには耳を塞ぐ。甘言にはほいほいと従い、諫言は遠ざける。人気が出るようなパフォーマンスは率先して行い、それ以外のことは部下にやらせる――それでいて、部下が成功したらその成果は自分の成したこととして大々的にアピールをし、失敗したら部下に責任を押し付ける。


 国王は、そのような方なのだ。


「きっと、妻の願いを叶える寛大な自分に酔いしれているのでは?」

「どちらかといえば、『低い身分の正妃を認めた自分』に酔いしれている感じだったな」


 シルバーベル伯は呆れ切った声色のまま、自分の意見を述べた。


「婚約破棄については頑なに認めなかったが、突いていけば『数年前まで庶民であった者でも正妃になれるというのは、開かれた王家ということにもなるのではないか?』と、口を滑らせていた。つまり、フェリシアを正妃に据えようとする動きは、国王陛下も――そこに臨席していた王妃も知っていて黙認しているということになる」

「開かれた王家ということは、そういう意味ではないと思うのですが」


 ジャックが当惑していたが、アリスローズも同意見である。


「ですが、国王夫妻は黒ということは判明しました。ありがとうございます、伯父様」

「お安い御用さ。あとは、招待状の手配だけといったところか」


 シルバーベル伯はにやりっと口元を歪ませると、一枚の書類を手渡してきた。


「今回の計画に私なりに手を加えてみた、そこのジャックとも話し合ってね。いかがだろうか?」

「……ええ、素晴らしいと思いますわ」


 さっと文字に目を通すと、アリスローズの頬も緩まる。

 あとは、ルイーゼ・オリーブに招待状の手配をしてもらうだけ。着々と計画が進行している感じがなんとも心地よい。

 

「では、私はこれで」


 アリスローズは一礼と共に執務室を退出する。

 その背中を追いかけてきたのは、ジャックの声だった。


「アリス嬢。せっかくですので、このあと食事でも?」


 ジャックが爽やかな笑顔で問いかけてくる。

 アリスローズはちょっとばかり驚いた顔をするも、すぐに和やかな微笑みを返した。


「ええ、ではお言葉に甘えて」


 ジャックは騎士のようにアリスローズに寄り添い、彼の馬車へとエスコートした。

 その様子を遠巻きに見ていた者がいたが、アリスローズは気づく由もなかった。














 翌日。

 年頃の子息子女のいる貴族の屋敷に、一通の招待状が届く。


『仮面舞踏会への招待状』


 6人の令嬢のもとへ、チャーリーのもとへ、そして、フェリシアのもとへ。



 アリスローズの企てた復讐の足音は、チャーリーたちに刻一刻と近づいていた。





次回は14日の夕方から夜にかけて投稿する予定です

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[一言] ダブスタクソ王妃!?
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