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5話 あまーいお茶会


「アリスローズ様、ごきげんよう……」

「お招き、ありがとうございますわ」


 令嬢たちはアリスローズに挨拶を口にするも、もごもごとしたものばかりだ。

 ここに集めた令嬢のほぼ全員が「獅子の間」の前で怒り狂っていた者たちになるが、そのときの迫力はまったく感じられなかった。

 まあ、それも仕方あるまい。

 むしろ、へらへらとした笑顔を浮かべていられる者たちでなくて良かったと思うことにする。


「そのように怖い表情をなさらないで。私、みなさんと今後のことについてお話ししようと思っているだけですのよ」


 アリスローズは席に着くと、できるかぎり優しく告げた。


「ここは、私の親戚の屋敷。ここで起きたことや会話が外部に漏れることは一切ないと断言しましょう」


 しかし、これは逆効果だったらしい。

 6人の令嬢たちの表情がますます強張っていく。ごくごく普通の反応である。彼女たちは全員がチャーリーの浮気相手であり、校長先生曰く側妃候補にあたる令嬢たちだ。その彼女たちが、正妃になることが決定している者の庭に一斉に集められているのだから、なにかあると疑うのは当然の結果だろう。


 その中で、意を決するように口を開いた令嬢がいた。


「あの……今後のこと、とは?」


 金髪ロールの令嬢が、強張った声色で問いかけてくる。


「具体的には、どのようなことなのでしょう?」

「単純なことです。私、みなさまには仲良くしていただきたいの」

「仲良く、ですか」

 

 金髪ロールの令嬢は戸惑いの色を隠せない。

 他の令嬢たちも互いの顔色を窺うように、ちらちらっと視線を交わす。

 おそらくだが、ここに集った者たちが互いに敵意を覚えたのは一度や二度ではあるまい。チャーリーの愛を手に入れようと、彼の見ていないところで口論をしたり足を引っ張り合ったことは少なくないだろう。好きな人の一番になるために、彼の前では仲良く振る舞っていたとしても、それは本当の友情とは程遠いものだ。


「私たち、ブルーベル様の目から見て仲が悪いように見えましたか?」

「あら、仲が悪いのかしら?」

「い、いえ。そのようなことは……」


 金髪ロールの令嬢は気まずそうに目を逸らし、硬い笑みを浮かべた。

 アリスローズはちょっと意地悪な質問をしてしまったと反省する。だが、仕方あるまい。彼女はブルーベル侯爵家に次ぐ名家の御令嬢であり、5,6年前の前の夜会で「私でも正妃としてふさわしい振る舞いができるはずですわ」と口を滑らせてしまい、父親に「ブルーベル侯爵家を敵に回すつもりか!」とこっぴどく叱られ、わざわざ我が家に謝罪に来たという経歴の持ち主である。彼女としては、子ども心にぽろっと口に出てしまった願望だったらしく、実際に正妃に取って代わろうとするつもりはまったくなかったらしい。それ以降は側妃候補としてわきまえており、この事件があったこともあり、「正妃を蹴り落そう!」と試みる愚か者がいなかったともいえる。


 が、不快であったことには変わりはない。


「でしたら、問題ありませんわ。お茶会を開くまでもなかったかしらね……ですが、せっかくですから一杯くらい召し上がってくださいませ」


 アリスローズはわざと安堵の息を零し、侍女にお茶を淹れるように指示を出した。


「東方大陸から仕入れた茶葉ですの。本当はチャーリー様に差し上げるつもりだったのですが、もう機会はなさそうですので」

「……え? 機会がないとは?」

「私、まもなく婚約破棄されるらしいんですの」


 アリスローズが何でもないことのように笑って口にしたが、辺りはしんっと静まり返ってしまった。熟練の侍女がお茶を音を立てないように注いでいるはずなのに、そのかすかな音だけが異様に響いて聞こえた。


「ご、ご冗談でしょう?」


 まっさきに言葉を発したのは、スノードロップだった。否、衝撃のあまり言葉が零れ落ちてしまったと表現する方がふさわしいかもしれない。他の令嬢たちは、唖然とするあまり大きく開いた口元を扇子で隠すことを忘れてしまっている。金髪ロールの令嬢ですら目玉が零れ落ちそうなほど目を見開き、石のように固まってしまっていた。


「だって、どうして……? ブルーベル様が婚約を破棄される理由なんて……?」

「チャーリー様がそうおっしゃっていましたから」


 お茶菓子にと置かれたクッキーを手に取りながら、アリスローズは淡々と言葉を続ける。


「数日前、ある令嬢との内緒話のなかでハッキリと。私との婚約を破棄したあと、その娘を正妃に迎え入れるようです」

「ある令嬢……」

「今後、いろいろと王室内で問題が起きるかもしれませんわ。ですから、せめて――側妃となられるであろう皆様には仲良くしていただこうと」

「お待ちください! まさかとは思いますが、その令嬢って――フェリシアではないですよね!?」


 スノードロップが最後に発した一言で、残りの令嬢たちも現実に戻って来たらしい。瞬く間に顔から血の気が引き、青から心配になるほどの白色へと変わっていく。


「他に誰がいると思います?」


 アリスローズはクッキーを頬張った。口の中の甘味を噛みしめながら、令嬢たちの顔色を窺い見る。すっかり白くなった彼女たちの顔色は既に色を取り戻しつつあった。ただし、それは怒りの色。眉間に皺が寄り、ぴきっと額に筋が入った令嬢がちらほら見受けられた。

 自分の読みが当たったことを内心ほくそ笑みながらも、それを表情には出さず、さも申し訳なさそうに話を続けることにした。


「『獅子の間』では妃になることは確定しているようでしたわ。さすがに、婚約破棄のことは内密に進めているらしく、聞きだすことはできませんでしたが……」

「な、なぜ止めてくださらないのです!!」


 金髪ロールの令嬢が、音をたてながら立ち上がった。本来ならマナー違反な行動だが、それを律する心に余裕がないらしい。美しく整っていた顔は怒りと悲しみでクシャクシャで、半分涙目になりながら詰め寄って来る。

 

「私はアリスローズ・ブルーベルが正妃ならば、側妃でもかまわないと覚悟を決めておりましたの! ここにいる者たちは同じ思いですわ!! ですが、フェリシアが正妃になるなんて……断固として許せるはずがありません!! ならば、いっそ――……」

「側妃候補から降ります?」

「ッ、ええ! そうさせていただきます!!」


 彼女は一瞬詰まったが、すぐに覚悟を決めた顔で言い切った。


「フェリシアなんかの下につくなんて、絶対に無理ですわ。チャーリー様のことは愛しておりましたが、撤回いたします。私、男を見る目がありませんでした」

「わ、わたしもです!」

「あたくしも!」

「わたしも!!」


 金髪ロールの令嬢に続けとばかりに、6人の令嬢全員が「側妃候補から辞退する」と口を揃えて宣言し出す。よほど、フェリシアが正妃の座に就くことが許せないのだろう。1人くらい残るかな、と考えてはいたが、そうはいかなかったようだ。だが、分からない話でもない。彼女たちは全員が歴史ある貴族の娘たちで、2年前にひょっこり貴族入りしたマナーもろくにわきまえない娘が自分たちの上に立つことが許せないのだ。


「みなさん、本当に仲がよろしいのね」


 アリスローズは彼女たちに向かって言うと、ずっと胸に秘めていた提案をする。


「今度――とある筋と協力して、仮面舞踏会を開催しようと考えておりますの。そこで、チャーリー様に、こちらから婚約破棄をしようと計画をしているのですが……どうです? 一緒に復讐をしません?」


 アリスローズの言葉を受け、6人の令嬢たちの眼に光が灯った。誰が揃えることもなく、全員が同時に頷いて返す。


 そこから先は、実に有意義なお茶会だった。

 一度、復讐すると誓い合った7人の会話は盛り上がり、アリスローズの知らなかった情報もわんさか耳に入れることができたのは、実に嬉しい誤算である。


「アカシア家が3年前に男爵になれたのは、王子が例の女のことを気に入ったからという噂を聞いたことがありますわ」


 令嬢たちはもはや彼女の名を口に出すことも不快らしい。


「チャーリー様がお忍びで城下町を訪れたとき、酒場で働いてた女を見初めたらしいの。それで、彼女とどうしても結婚したい! って、ものすごーくごねたみたいでね。結局、理由をつけて貴族入りさせたって話らしいですのね」


 考えてみると、学園に入学した当初から学年が違うにもかかわらず2人は接点を持っていた。なので、この話はかなり真実なのではないだろうか。


「アリスローズ様」


 アリスローズが令嬢たちの話に耳を傾けていると、屋敷の執事が耳打ちしてくる。


「ご主人様がお呼びです。……なんでも「例の話がまとまったらしい」とのこと」

「ありがとうございます、セバス」


 すべては順調に進んでいる。

 あとは、チャーリーたちに最後まで気づかれずに事を運ぶだけ。そう考えると、口元が自然にほころぶのが分かった。


『復讐とは実に甘い味なのね』


 アリスローズは心のなかで呟くと、お茶の最後の一滴を飲み干すのだった。








次回投稿は5月13日17時を予定しております。

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