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3話 獅子の威厳


 アリスローズの通う学園には、3種類の食堂がある。

 1つめは職員用の食堂。

 2つめは生徒用の食堂。

 3つめは特別な生徒のみが利用を許される食堂――「獅子の間」だ。


 この学園は貴族子弟子女の教育機関。なので、平民の入学は許されない。そのなかでも、王族や王家の血を引く者、家柄や財力など厳しい条件を審査された、ごくわずかの選ばれた者たちのみで構成されている組織――「獅子の会」が存在する。

 黄金の獅子が彫られたバッジを胸につけた彼らは特別な食堂の利用をはじめ、さまざまな特別な待遇を受けることができるのだ。卒業後も誉れある将来が約束されており、学園の生徒たちにとって憧れの存在であり、畏怖の対象である。


 だが、獅子の会に所属しているからといって、なにをしても許されるわけではない。

 貴族として模範的な行動をとっていなければ、バッジを剥奪されてしまう辱めを受けることもあった。とはいえ、ほとんど形骸化した規則になってしまったらしい。チャーリーが不純異性交遊に勤しんでいても王子だからという理由で獅子の間に自由に出入りしているのだ。

 同じく「獅子の会」メンバーで真面目に規則を守っているアリスローズとしては、本当に許せないことである。


「先生、どうにかしていただけませんか?」


 この日、アリスローズは校長室を訪ねていた。


「チャーリー様の振る舞いは、はたして獅子の会に所属する者としていかがなものなのかと」

「アリスさん。私も幾度となく注意はしてますのよ」


 校長先生は、疲れたように息を吐く。このことを切り出す前までは朗らかな女性といった雰囲気だったのだが、一気に10歳ほど老けたように見えた。


「私も獅子の会の出身者ですし、こちらとしても、注意はしていますが……」

「バッジの剥奪はできませんの?」

「難しいですね……アリスさんも理解しておりますでしょう、そのバッジの重みを」


 校長先生の疲れ切った目は、アリスローズの胸元に向けられた。

 アリスローズの胸にも、獅子のバッジが輝いている。チャーリーの婚約者であり、ブルーベル侯爵家の娘なら、獅子のバッジを身につけるのは当然のことだった。


「ええ、重々承知しております」

「王太子のバッジを剥奪する……私にはできません。それに、彼がお付き合いをしている方々は……側妃候補ですから」

「フェリシア・アカシア嬢も?」


 アリスローズが問いかけると、校長先生はこくりと頷いた。


「もっとも、実際に側妃としてふさわしいのかどうか判断するのは、私の仕事ではありませんわ。あくまで彼女たちは候補。正式に側妃として選出するのは、王家の方々ですから。推薦文を書くくらいはしますが……アリスさん、そんな顔をなさらないで。アカシアさんは推薦しませんから」


 アリスローズが思わず険しい表情をすると、校長先生は慌てたように口角をあげた。


「彼女の家柄も学力も推薦するに値しません。そもそも、仮に推薦するとしても、獅子の会の子女に限定されますので」

「もちろん。存じております」


 アリスローズは気にしてないと言わんばかりに微笑み返す。


「これで失礼させていただきますわ」


 もう用件は済んだ。アリスローズが一礼して退出しようとすると、その背中に戸惑いがちの声がかけられる。


「アリスさん。獅子の会の卒業生として言わせていただきますが、あなたは正妃となられる御方。正妃とは、側妃たちを管理するのも仕事のうち。いまのうちに、慣れておいた方がよいかもしれませんよ」

「……ご忠告、ありがとうございますわ」


 アリスローズは「浮気男の正妃になんて、なりたくありません!」と、喉元まで出かかった言葉をのみ込み、品の良い笑顔で返事をした。心のなかのモヤモヤをにっこりとした笑顔で隠したまま、校長室から行儀よく出ることにする。


「……あら」


 扉のすぐ近くには、ルイーゼと数人の友人が集まっており、こちらを見かけると大急ぎで歩み寄ってきた。


「みなさん、待っていらしたの?」

「もちろんです。アリスさん、いかがでしたか?」

「……校長先生に動いてもらうのは無理そうですわ」


 アリスローゼが首を振ると、彼女たちはあからさまに落胆した。


「先生にも立場というものがありますから。下手に資格を剥奪しようものなら、王家の怒りを買いかねませんもの」


 校長先生がクビになる程度の話ですめばいいが、先生の親族や付き合いのある人まで被害が及ぶかもしれない。そう考えると、未来の国王に対して、校長先生も強く出られないのだろう。


「仕方ありませんが、例の計画を進めるしか……」


 アリスローズがため息交じりに呟きかけ、はたっと口を閉ざした。

 前方から何やら騒がしい声が聞こえてくる。昼時なので賑やかであるのは不思議ではないのだが、どうも不穏な気配が漂ってくる。

 そのことにルイーゼたちも気づいたのか、自然と顔を見合わせていた。


「なにかあったのかしら?」


 怪訝な顔をしながら歩みを進めてみれば、「獅子の間」の扉の前に数人の令嬢が集っていた。遠目からでも令嬢たちの整った美しい顔が怒りや不満で歪んでいるのは分かったし、その全員が知った顔だったことに嫌な予感がふつふつと湧いてくる。みるからに面倒ごとの気配が漂っているので、今日は関わりたくない。気づかれないうちに引き返そうとしたのだが、令嬢の一人と目がぱちっとあってしまった。


「見て! あそこにブルーベル様がいらっしゃるわ!」


 彼女の一言で、殺気立った令嬢たちの視線がアリスローズに突き刺さる。

 こうなってしまえば、無視するわけにはいかない。嫌だな、という気持ちを上品な笑顔の仮面で押し殺し、ゆっくりと歩み寄るしかなかった。


「まあ、みなさん。こんなところで何をされてますの?」


 なるべく普段通りの穏やかな声色を意識しながら話しかける。


「私たち、チャーリー様と昼食をとろうと思っていましたの」


 見事な金髪を優雅にカールした令嬢が、代表するように口を開いた。


「チャーリー様と昼食、ですか」


 アリスローズは目を細めると、令嬢たちの顔をもう一度しっかり見渡した。ここにいるのは全員がチャーリーと付き合っている令嬢であり、それなりの家柄の者たちだったが、獅子の会の構成員ではなかった。

 ちなみに、フェリシアの姿はない。


「ここがどこなのか、あなた方はご存じでしょう。ここに出入りできる者は『獅子の会』に選ばれた者だけ。あなた方にその資格がありまして?」

「チャーリー様はおっしゃっていましたわ。『“獅子の会”の会員に招待されたら、“獅子の間”へ出入りができる』と」

「……そのような規則、ありませんけど」

「嘘です!! だって、チャーリー様がフェリシアさんと一緒に入られてますよ!」


 令嬢の一人が金切り声をあげる。

 アリスローズは頭が痛くなった。即座に扇子を広げ、さすがに引きつった笑顔を隠すと、金切り声をあげた彼女に話しかけた。


「スノードロップさん、それは本当のことですの?」

「ええ! ここのところ連日! 今日だって、あの女の肩を抱いて入室していくところを見かけましたわ!」


 スノードロップの言葉に、殺気だった彼女たちは一様に頷く。


「最悪……」


 アリスローズの口から言葉が零れ落ちる。

 アリスローズは獅子の間ではなく、友人たちと一緒に普通の食堂で昼食をとることが多い。もちろん、獅子の間を訪れることもあるが、たいていは放課後のお茶を飲みに来る程度。まさか、チャーリーが悪用しているとは考えたこともなかった。


「……わかりました」

 

 アリスローズは扇子を閉じた。

 正面対決はもう少し準備が出来てからと思っていたが、こうなってしまっては仕方あるまい。アリスローズはルイーゼたちを振り返ると、すまなそうに微笑みかける。


「申し訳ありませんが、先に昼食をとっておいてくださいませんか? 私、チャーリー様にお話がありますの。……あなた方には、あとでじっくりお話がありますので、普通の食堂でお待ちくださいね」


 それだけ言うと、覚悟を決めて扉を開ける。そのまま、なかを覗き込もうとしてくる視線を追い出すように、パタンッと扉を閉めた。


「――ぅん、美味しい! このお肉、すっごく美味しいわ!」

「王室御用達の牛肉を元城仕えの一流シェフが調理したものだからな。フェリシアに喜んでもらえてよかった」

「シェフの人、すごい! あたし、同じ肉を使っても、こんなに上手く焼けないわー尊敬するー!」


 扉が閉まった途端、頭が痛くなるような会話が耳に飛び込んでくる。閉じた扇子を広げ、不快で歪みそうな口元を隠し、甘ったるい声がする方へと目を向けた。

 広々とした食堂の特等席に1組の男女が腰を降ろしていた。金髪の男子学生と黒髪の女子生徒はいまにも互いの肌が触れそうなほど密着し、おしゃべりをしながら食事を口にしている。


「フェリシア、君が料理する必要なんてない。なぜなら、君は俺の――妻となる女性なのだから」


 こほんっと、アリスローズは咳払いをする。

 そこで、ようやく2人はアリスローズの存在に気づいたらしい。はっと目を見開く2人に向かって、アリスローズは強張った顔で可能な限り柔らかな微笑を浮かべるのだった。



「ごきげんよう、フェリシアさん。あなた、どうしてここにいらっしゃるの?」







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