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2話 たいせつな友だち


 ほどなくして、ルイーゼたちが来訪した。

 アリスローズはできる限り笑顔で迎えたつもりだったが、よほどひどい顔をしていたのだろう。


「アリスさん、本当に大丈夫なのですの?」


 開口一番、ルイーゼ・オリーブが不安そうに尋ねてくる。


「顔色が優れないようですし、その……もしかして、泣いていらっしゃいました?」

「え……?」

「頬に涙のあとがついてます」


 ルイーゼに続いて、ジャック・エーデルワイスが静かに口を開いた。


「アリス嬢、なにがあったのかお話いただけますか?」


 ジャックはアリスローズの目線に合わせるように屈むと、人を安心させるような優しい声色で問いかけてきた。


「ありがとうございます……ルイーゼさん、ジャックさん」


 ルイーゼもジャックも気心の知れた友人である。ルイーゼは親戚ということで幼いころから交流があり、ジャックは帝国からの留学生で席が隣になったことから仲良くなった。一瞬、留学生のジャックの前で今回のことを明かしていいのだろうかという気持ちも芽生えたが、チャーリーとの婚約破棄の一件はほどなくして各国に知れ渡ることになるのは火を見るより明らかなので、それが少し早くなるくらいなら問題ないだろうと判断する。


「実はですね……」


 アリスローズは2人に椅子を進めると、ぽつぽつと語った。


「許せませんわ!! ひどすぎます!」


 最初に怒ったのは、ルイーゼだった。

 彼女は張り詰めた表情で聞いていたのだが、だんだんと顔を真っ赤に茹で上がらせ、アリスローズが語り終えた途端、勢いよく立ち上がった。

 

「チャーリー様が色々な女性と遊んでいるという話は聞いたことがありましたが、婚約破棄を――……それも、よりにもよってアカシア男爵家の娘と婚姻を結ぶだなんて!」

「ルイーゼさん、フェリシア嬢のことをご存じですの?」

「あの方は妹の同級生ですのよ。同級生といっても、あの方は編入されたばかりですけど」


 ルイーゼは拳をぎゅっと強く握りしめ、不快そうに眉をひそめた。


「アカシア男爵家は去年特別に爵位をたまわった新興の家でしょう? それでも、人柄や立ち振る舞いがよろしければよいのですが、フェリシアさんはねぇ……」

「王族に嫁ぐにふさわしいものではない、と?」

「おおむね、そういうことですわ」


 そう言うと、彼女はますます声を潜めて囁くように話し続けた。


「これは妹から聞いた噂話なのですけど、フェリシアさん……チャーリー様の主催する鹿狩りに同行されてたらしいですわ。なんというか、随分と親密だったと聞いたことがありまして」

「その話、私も聞いたことがあります」


 ジャックはずっと黙り込んでいたが、我慢ならないといった様子で口を挟んだ。


「サフラン殿の話によれば、チャーリー殿の主催する鹿狩りに参加した際、一人だけ女性がいたと。鹿狩りの最中、チャーリー殿と令嬢が行方をくらまし、数時間経過しても戻ってくる気配はなく、鹿ではなく2人を探すことが大変だったとか……」


 そこまで一気に言い切った後、ジャックはどこかばつが悪そうに目を逸らす。


「すみません。あくまでもサフラン殿から聞いた話であったので事実かどうかの確証はなく、アリス嬢の耳に入れてよいものかどうか判断しかねてまして……こんなことになるのでしたら、すぐに話すべきでした」

「ジャックさん、かまいませんのよ。ちなみに、2人は無事に見つかったの?」

「ええ、怪我もなく……どうやら、迷子になったわけではなかったそうです」


 その話を聞いて、アリスローズは大きく肩を落とした。


「よりにもよって、フェリシアさんですか……」

 

 フェリシア・アカシアは、チャーリーを取り巻く令嬢のなかで最も格が低く、一番礼儀作法に疎く、とびっきり可愛らしかった。他の令嬢なら「側妃の座におさまりたい」や「チャーリーの愛を独占したい」と考えても「アリスローズとの婚約破棄をさせて、自分が王妃になる」とは考えない。「王家と侯爵家の婚約を破棄させて、自分がその地位につく」なんてことは想像すらしないのだ。仮に想像したとしても、実行に移さないだけの理性がある。

 だが、彼女は常識を悠々と飛び越えてしまった。

 チャーリーとフェリシアの間にどのような経緯があったのか分からないが、他の令嬢たちよりも深く親密になったことは間違いない。その結果、チャーリーも側妃として迎え入れるのではなく、婚約破棄を決意したのだろう。


「チャーリー様がどのような段取りで婚約の破棄を進めるのか、私には思いつきません」


 アリスローズは小さく呟いた。


「おそらく、私に婚約者としての非があるような証拠を積み上げるのでしょうが……」

「アリスさん! そんなことありませんわ!」


 すぐにルイーゼが首を振る。


「アリスさんのどこに非があるのでしょう! 我が国に住まう令嬢――いえ、貴族でしたら、誰でも口をそろえて言いますわ。この国における一番の淑女はアリスローズ・ブルーベルだと!」

「ありがとうございます、ルイーゼさん」

「事実ですもの! 歩き方ひとつとっても、あの女とは大違い」


 ルイーゼはふんっと鼻を鳴らすと、ようやく椅子に腰をかけた。


「そもそも、どうしてアカシア家が貴族になったのか……その理由も分かりませんわ。確かに騎士として先代が優れた功績を残していましたが、30年も前の話ですのよ?」


 どうしてかしら? とルイーゼが頭を悩ませる。

 ジャックはそんな彼女の姿を横目に見て、一度目を伏せる。そして、ゆっくり目を開けると、アリスローズに言葉を投げかけた。


「アリス嬢は……これからどうされるおつもりで?」

「そうですね……」


 アリスローズは微かに口元を上げ、にっこりと笑って見せる。


「あちらが支度を整える前に、こちらから婚約の破棄をしてしまおうかと」

「まあっ!」

「すぐにはしませんよ。ちょっと計画がありまして……どうせするのであれば、チャーリー様が最も後悔するであろうタイミングで婚約を白紙にすることが、最も仕返しになると考えていますの」


 もちろん、このあと両親の承諾が取れたらだが……と、言葉を付け足す。

 すると、2人の眼がきらっと輝いた。


「アリスさん! 私、なんでもお力になりますわ!」

「私も微力ながら手伝います」


 ルイーゼもジャックもわずかに身を乗り出し、真剣な顔でアリスローズを見つめてくる。


「ありがとうございます」


 友人たちに婚約破棄の片棒を担がせるなんて、という罪悪感が芽生えたが、このまま黙ったまま座して待っていれば、相手方が万全に整った状態で婚約破棄をぶつけられてしまう。こちらにはまったく非がないのだからいかなる工作をされても否定できるが、いつまでもチャーリーの思い通りに進ませるのは実に腹立たしい。


「私は……友人に恵まれてますわ」


 アリスローズは胸がいっぱいになり、熱いものが込み上げてくるのを感じる。

 ああ、泣いては駄目――と思うのに、喜びの涙が頬を伝うのだった。






次回は19時に投稿予定です


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