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その1 浮気男の憂鬱

全5話予定の番外編です。

後日談となりますが、読んでいただけると嬉しいです。



 チャーリーは今日も手紙を書く。


『愛するアリスへ』


 書き出しは、いつも同じだ。

 本当に自分のことを愛してくれていた相手を想い、便箋にペンを心の赴くまま走らせる。


「っ、フェリシアに騙されてなければ、こんなことには」


 フェリシアと結婚してから、チャーリーの人生はろくなことが起きなかった。

 フェリシアが寄り添ってくれたのは、最初の内だけ。それ以降も一緒に公務をするときは仲良し夫婦をアピールしていたが、私生活では冷めきっていた。

 フェリシアの怒声が屋敷に響かない日はなく、侍従や侍女たちの顔色は常に緊張している。あまりにも侍従たちへの態度が悪いので叱責したこともあったが、彼女の怒りに油を注ぐだけだった。

 

『あたしは女主人として、彼らの教育をしてあげているの! それに文句がある!?』


 チャーリーはフェリシアに反論することはできない。

 彼女の言い分はだいたい筋が通っているのだ。それに、フェリシアから怒られるのは苦手だった。フェリシアは目を吊り上げ、唾を散らしながら怒鳴りまくる。それまで、こんな怒り方をされたことはなかったので、チャーリーはすっかり委縮してしまうのだ。


「あんなに怖い女とは思わなかった……アリスローズの方がマシだ」


 チャーリーはため息をつく。

 フェリシアはアリスローズとは大違いだ。

 彼女は自分を叱責することもあったが、やんわりと諭すように話しかけてくる。青く冷たい眼差しは怖かったが、感情をむき出しに金切り声をあげることはしない。きっと、あれも優しさだったのだろう。


「『今日も君の眼差しを思い出すよ。美しく上品な宝石を思わす青い瞳を』――うん、いい表現だ」


 チャーリーは自分の愛情表現の素晴らしさに舌を巻きながら、アリスローズとフェリシアを比較する。

 外見の美しさなら、アリスローズよりもフェリシアの方が上だ。百人中百人、フェリシアの方が可愛いと頷くだろう。アリスローズは顔立ちこそ整っていたが、目つきが厳しい。フェリシアの丸みを帯びた瞳の方が、ずっとずっと愛らしいのだ。


「まあ、そこに騙されてしまったというわけだが」


 いまでは、フェリシアと別れたくてたまらない。

 かといって、他に結婚してくれる相手はいない。結婚前に付き合っていた彼女たちは全員そろってブルーベル侯国への恭順を誓っており、他に残ったわずかな有力貴族の令嬢たちは「他に婚約者がいますので」やら「私にはもったいない話です」と軒並み断って来る。一夜だけでもいいから遊ばないかと誘っても、誰も首を縦に振らない。侍女ですら誘いに乗ってくれない。

 たまに、了承してくれる娘もいるが、次の日には真っ青な顔をして申し出を拒否してくるのだ。


「『フェリシア様から、人の旦那に色目を使うなんて! と叱られてしまいまして』……だと。ふん、あいつは俺のことを金づるとしか思っていないのに」


 自分たちの間に、いまでは愛などない。

 フェリシアには「あたし以外の女に金を使うの? ありえないんだけど!」と面と向かって言われたこともある。『あたしはチャーリー様しかいないのに!』とすがりついてくる姿は可愛らしいが、本性を知っているので、以前のように無償の愛をささげることはできなくなっていた。

 なにより、フェリシアには金がかかる。

 子どもが生まれたら、この関係も変わるかもしれないと思ったが、最初に産まれたのは女の子。女子は玉座に就く資格がなく、政略結婚にしか使えない。

 フェリシアやアカシア男爵家の面々が「次は男子を!」と励んでいたので、またこいつと子作りをするのかと気分がげっそりした。


 きっと、アリスローズならこういうことにはならなかっただろう。


「それにしても、みんなひどいな」


 これまで、どんな女性も誰も自分のことを責めなかったのに。

 女性に困ったことがなかったのに、どうしてこうなったのだろう。すべては、フェリシアに騙されてからだ。自分の顔は変わっていないし性格だって女性に優しくする方だと思っているのに。


「父上も酷い。俺のことだけを叱るなんて」


 フェリシアを正妃に就けることに、当初こそ父王は反対しなかった。


 『アリスローズは側妃でいい。元庶民出身の娘が王妃になる物語は、きっと貧しい者たちも憧れるに違いない。アリスローズがフェリシアに足りない分を補えばいいだろうよ。なにより、お前は顔が良い。他にも大勢の有力貴族の娘を側妃に迎え、これまで以上の援助を受けることもできるはずだ』


 しかし、いまでは『お前が他の令嬢の心をとらえていなかったから、こういうことになったのだ!』と、全部の責任を押しつけてくる。チャーリーとしては、実に心外である。


「母上が父上を注意してくれたら……いや、無理だろうな」


 母は『チャーリーが本当に好きな相手と結婚するなら問題ないわ』と喜んで賛成してくれた。それどころか、フェリシアのことを可愛がっている。

 哀しいことに、母はフェリシアとの仲がいい。


『アリスローズ? あんな気取った女より、フェリシアさんの方が可愛らしくってよ』


 母はフェリシアを可愛がっている。

 母の実家は歴史こそあったが没落傾向にあり、自分より貴族としての立場が上であるブルーベル家の令嬢が気に入らなかったらしい。それに比べ、フェリシアは身分も低く、母に取り入り、腰巾着のようについてまわっている。母がフェリシアを大事な取り巻きとして扱っていることが、フェリシアとの離婚を妨げている要因のひとつでもあった。


「あー、遊びたい。アリスローズがいれば、面倒なことは全部やってくれていただろうにな」


 フェリシアはまともに仕事ができないので、彼女がこなす政務や書類作業はチャーリーが処理していた。アリスローズなら自分の分はきっちりこなしていただろうし、なんならチャーリーの分まで目を通していただろう。


「『チャーリー様は休んでいてくださいませ。私がすべてやっておきますわ』とか言いながらさ、ちゃちゃっとやってくれてただろうに」


 その分、自分は自由に動ける時間ができたのではないだろうか。

 アリスローズならチャーリーが仕事をしている間は遊びまわることはせず、疲れてきたら肩や足をもみ、労ってくれたのではないか。宝飾品や新しいドレスを月に数度欲しがることもなく、拒否しても文句は言わず、機嫌が悪くなることもない。

 フェリシアのように一族揃って「次は男子を」と催促することもなければ、自分を金の生る木のように扱うこともなかったはずだ。ちやほやされる気分は悪くはないが、あそこまであからさまだと不愉快極まりない。


「チャーリー様、お手紙が届きました」


 チャーリーが不満にいらだちを募らせていると、侍従長が控え間なノックと共に声をかけてくる。


「手紙? どうせ、アクセサリーかなにかの請求書だろ。適当に払っておけ」

「いえ、そうではなく……アリスローズ様からの私信でして」

「それを早く言わないか!!」


 チャーリーは侍従長から手紙を奪い取る。封筒には確かに、アリスローズの美しい文字が記されていた。


「このことは、フェリシアに言うな。口を滑らせたが最後、お前の首を切り落とす!」

「……かしこまりました」

「それから、一時間は立ち入りを禁止する! 誰が来ても取り次ぐな!」


 チャーリーは青ざめた顔の侍従長を追い出し、部屋に一人っきりになった。


「アリスローズ……! ああ、ようやく決心がついたんだな!」


 この2年間、何通の手紙を書いたことだろう。

 最初こそ、ジャック・エーデルワイスに恥を忍び仲介を頼んだが、二回目からは拒否されてしまい、それ以降は普通郵便で送っていた。だが、待てど暮らせど、二通目以降はアリスローズからの返信は来ない。その一通目も「フェリシアと末永くお幸せに」という一文だけだった。

 自分の幸せよりもフェリシアのような悪女の幸せを祈るとは、なんて素敵な娘なのだろう! と、チャーリーは感動したが、それ以降は音信不通だったのである。


「俺の手紙を無視するなんて、どういうつもりなんだと怒ったことも懐かしい……だが、そうか、ついに自分の気持ちに正直になってくれたのか……!」


 アリスローズは非常に慎ましい。きっと、手紙を出すことを恥ずかしがっているのだろう。そんなことを思い、根気強く手紙を送り続けた甲斐があった。


「それにしても、字まで美しい……フェリシアの曲がりくねった蛇みたいな文字とは大違いだ」


 やはり、アリスローズこそ我が妃にふさわしいと改めて納得する。

 踊り出したい気持ちを堪え、満面の笑みで封を開け――チャーリーは固まった。


「『私は結婚します』、だと……」


 その文字が信じられない。

 いったい、どこの馬の骨と結婚するのかと手が震えてしまう。チャーリーは勇気を振り絞り、手紙の全文に目を通した。


『私には付き合っている方がおり、来月には式を挙げます。あなたと結婚するつもりはまったくありません。私のことを裏切ったあなたのことを許すつもりはありませんし、謝罪の欠片もない手紙を送られても迷惑です。これ以上、私に手紙を送るのであれば、迷惑行為で訴えます』


 それだけのことが、一枚の便箋に短く記されている。


「裏切った、だと……? まだ怒ってるのか、あんなことで」


 チャーリーは頭を抱える。

 何人もの令嬢と付き合っていたが、彼女たちは側妃候補だった。全員と結婚するつもりなので、浮気には当たらないだろう。フェリシアのこともあるが、彼女は詐欺師だった。騙されてしまったのは自分であり、フェリシアが悪い女だと分かった現在、アリスローズとよりを戻すのは何も問題ないはずである。


「……そうか、分かったぞ。アリスローズは脅されているんだ」


 チャーリーの考えは飛躍した。

 アリスローズは本当はチャーリーと結婚したいのに、ブルーベル侯国が許さないのだ。ブルーベル侯国のような新興の国にとって、他の国や有力貴族との結びつきは必須。アリスローズは政略結婚の道具として、どこかの男に嫁がされるのだ。


「なんてことだ……!」


 きっと、これは助けを求める手紙。

 結婚する前に助けに来てくれと懇願するメッセージに違いない!


「誰か! 誰かあるか!! っ、誰もいないとはどういうことだ!」


 自分から人払いをしたことも忘れ、チャーリーはいらだちを募らせる。


「待ってろ、俺の花嫁! すぐに助けに行く!」



 チャーリーの無駄な行動力を発揮し、自ら死地へと赴くのであった。







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― 新着の感想 ―
[一言] >>母の実家は名家ではあったもの貴族としての格は低く 母の実家は古い家(もしくは、歴史のある家)ではあったもの貴族としての格は低く とかの方がよさげかな?と。 名家だと格高そうですしw …
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