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10話 うわき男の百面相


「あ、アリスローズ……!? いつから!?」

「いつからと仰いましても、最初からでしたわ」


 アリスローズの口からは、呆れきった声しか出なかった。

 チャーリーは石のように固まり、あわあわと慌てふためくことしかできない。アリスローズが彼の顔に手を伸ばし、仮面をそっと退けても変わらなかった。チャーリーの街を歩けば百人が百人、全員振り返りるほど美しい顔はすっかり歪んでおり、アリスローズはこの顔のどこに見惚れていたのだろうと自分の人を見る目のなさを恥じた。


「私をフェリシアさんと勘違いしたのは、チャーリー様でしょう?」


 とはいえ、チャーリーが勘違いするように仕向けたのは事実である。

 フェリシアのお気に入りの香りをわざわざつけ、この日のために歩き方や話し方も努力して寄せた。ルイーゼの妹がフェリシアと同級生だということもあり、彼女と友人たちに指導を受けてきたのだ。一度、獅子の間で彼女とじっくり話せたことも、フェリシアのふりをすることに役に立った。


「私と一度でも踊ったことがあれば、気づけたかもしれませんね」


 チャーリーと夜会に出ることを夢見ながら、幼い頃よりダンスのレッスンを重ねてきた。最後の最後にその成果を披露することができたのは、ひどく複雑な思いに駆られる。


「ッ、なぜ、人違いですと言わなかったんだ」

「『俺だ、チャーリーだ』としか言わなかったではありませんか。途中で私のことをフェリシアさんと勘違いされていることには薄々気づきましたが……」


 アリスローズはあくまで知らないふりで通すことにした。それより、と冷たい目でチャーリーを睨みつける。


「婚約破棄とは? フェリシアさんを正妃にするとは一体どういうことなのでしょう?」


 フェリシアと勘違いしたおかげで、べらべらとチャーリーは全部の計画を語ってしまった。これが聞き間違いとは言わせない。

 チャーリーはこのあたりでようやく我に返ったらしく、参ったように目を泳がせた。


「それは……いや、君のことを愛してるんだ。だが、俺はフェリシアも愛している。だから、フェリシアを妃に迎え、アリスローズ、君も……」

「嘘です。私のことなど愛してはないのでしょう? 邪魔なのでしょう?」

「っ、だが……君は許してくれるだろう?」


 チャーリーは言葉を詰まらせるも、腹をくくったように笑いだした。


「はい?」

「君は俺のことが好きだということは分かってる。なに、君が側妃という立場になっても、妃であるということには変わらないはずだ」

「なに馬鹿げたことを」

「はぁっ!? 馬鹿だと!?」


 アリスローズが本音を零せば、チャーリーの顔はみるみる間に怒りで赤く染まった。


「俺のことを馬鹿にするのか!? それなら、側妃にもさせてやらんぞ!」

「結構です。私が不誠実なことを働いた証拠を捏造してまで、フェリシアさんと幸せになりたいのでしょう? でしたら、どうぞご勝手に。婚約破棄がしたいのでしたら、喜んでお受けいたします」


 チャーリーが怒鳴りながら詰め寄って来るので、アリスローズは平然と言い返す。


「むしろ、こちらから婚約の破棄を申し出ましょう」

「ああ、そうだろう! お前みたいな冷たい女など王家の汚点だ!! ……は?」


 アリスローズがあまりにも静かに告げるものだから、チャーリーの反応も一瞬遅れた。

 彼は唾を散らしながら文句を叫ぶが、婚約破棄宣言を遅れて理解したのだろうか。鳩が豆鉄砲を食ったような顔になり、怪訝そうに首を傾げる。


「なにを言ってる……? お前が、俺との婚約を破棄する? お前から?」

「ええ。私を貶めようとしたことに対する慰謝料も払ってもらいますわ。それから――」


 アリスローズが言葉を続けようとするも、チャーリーの怒声によって再び阻まれてしまう。


「慰謝料だと!? なぜ、お前程度に払わないといけない!」

「お前程度? 貴方は誰に向かって話しているのです。私はブルーベル侯爵家の娘ですよ」


 アリスローズはいらだつ気持ちを抑え、愛していたはずの男に向かって冷たく言い放った。

 彼の顔は変わり果てていた。

 いつも女性に向けられる甘い顔は欠片もなく、整った目はオークの如く吊り上がり、白い額には深いしわが寄っている。今の彼を見たら、誰であっても百年の恋も冷めるだろう。怒りで人相がすっかり変わってしまい、むしろ恐怖すら覚えた。


「俺は王太子だぞ! 未来の王に向かって何を言ってるんだ!」


 ああ、この人と結婚しなくて良かった。

 アリスローズはホッとする。そのことに心底安堵するので、恐怖も怒りたい気持ちも少し収まり、冷静に話を続けることが出来そうだ。


「お前こそ侮辱罪で訴えてやる!!」

「本当に訴えられると思います? 貴方、自分が悪いことをしたことを全部暴露したではありませんか」

「アリスローズ、お前は本当に頭が悪いな」


 チャーリーは勝ち誇ったように笑う。


「お前は所詮、歴史が長いだけの侯爵家の女だ。対して俺は未来の国王。どちらの話を信じると思う? 他に証拠があるなら話は変わってくるが、あるのか? 証拠などないだろう?」

「……チャーリー様、もう少し視野を広くお持ちくださいな」


 アリスローズはここでようやくチャーリーから視線を逸らし、バルコニーの扉に目を向ける。

 チャーリーは馬鹿にしたように鼻で笑い、アリスローズの視線を追い――ぽかんっと口を開けた。


「へ……?」


 オークのように怒り狂った顔から表情が拭い去られ、小刻みに震えはじめる。


「お気づきになりませんでした? 辺りが随分と静かなことに」


 バルコニーに通じる扉は開かれていた。

 それでも、仮面舞踏会が賑やかに行われるままであれば、騒ぎに上書きされ、2人の会話は誰にも聞こえなかっただろう。

 しかし、そうはならなかった。

 舞踏会は一度中断され、招待客のほぼすべてがバルコニーで繰り広げられる修羅場に耳を傾けていたのだ。依然として仮面をつけたままの招待客たちは近くの客たちとひそひそ囁き合う。


「いまの話、全部聞きましたわ」


 すると、招待客のなかから6人のベールを被った女性が姿を現した。


「チャーリー様、アリスローズ様と婚約を破棄して、フェリシア・アカシアさんを正妃にするのですね」


 そのうちの1人が前に歩み出ると、仮面とベールを外した。


「しかも、アリスローズ様に無実の罪を着せてまで婚約破棄を企んでいるだなんて……私たち、見損ないましたわ」


 それを合図に、5人全員が仮面を外す。


「き、君たち……」

「私たち、側妃候補から降りさせていただきます」


 6人の側妃候補だった令嬢たちは、チャーリーに決別の言葉を宣言するのだった。


「貴方と結婚したくありませんわ」

「ちょ、ちょっと待って!」

「待ちなさい!!」


 6人の令嬢に待ったをかけたのは、チャーリーではなかった。招待客たちのなかから、転びそうな勢いで一組の男女が飛び出してくる。


「ブルーベル侯爵家だけでなく、君たちまで……!? い、いったい何を考えているのだ!」

「そうですわ! チャーリーの妃となる栄誉を受けられるのですよ!」


 男女は仮面を被ったまま、懇願するように叫んでいた。

 アリスローズは彼らを見てため息をつく。うすうす想像していた事態に軽く頭を抱え、2人を諭すように話しかけた。


「国王陛下、王妃殿下。諦めてください。私たちの決意は固いのです。周りの貴族たちも、チャーリー様のおっしゃった言葉を耳にしております。これは間違いなく名誉棄損であり、ここにいる全員が証人となることでしょう」


 アリスローズは落ち着かせるように語りかけるも、王妃には逆効果だったらしい。王妃は怒りで拳を握りながら憤慨したように声を荒げた。


「まぁっ! チャーリーを袖にするだなんて……! なにを考えているのでしょう! このことは、それぞれの家の当主にも報告させていただきますわ。すぐにふさわしい罰がくだることでしょう」

「そ、そうだぞ! 君たちの家にも不利益を被ることになるんだ!」


 王妃を援護するように国王も声を上げるが、アリスローズたちの心は動かない。


「ええ、どうぞご自由に」


 今回の婚約破棄において、不利益があるのははたしてどちらなのか。

 本当はそのことを察しているであろう国王夫妻から目を背け、いまだ事態に追いついていない王太子に微笑みかける。


「そもそも、チャーリー様は何故――これまでのお遊びが叱られなかったのか、考えたことがありましたか?」


 いかに国王の一夫多妻制を認められているとはいえ、学生の時分で7人もの女性と浮気をしているのは褒められたことではない。なぜ、国王夫妻も誰も咎めてこなかったのか。


「それから、婚約を破棄するのであれば、もちろん――どうして、私と婚約することになったのか、ご存じですわよね?」

「それは、お前が名家の出だからだ。ブルーベル侯爵家は王家には及ばないが、それなりの歴史がある家だからな」

「ふふ、残念」


 ああ、やっぱり知らなかったのだ。

 アリスローズはすました顔でちらりと国王夫妻をうかがう。先程までの勢いはなく、2人は怯えるように震えていた。


「王家がブルーベル侯爵家の支援が欲しかったからです」


 ブルーベル侯爵領には鉱山がある。

 最近、そこから金剛石が採れ始め、ブルーベル侯爵家の懐は他の貴族たちよりも遥かに潤っているのだ。


「王家には所領らしい所領はありません」


 もともとは小さな田舎の没落貴族。血筋の良さからあれよあれよという間に担ぎあげられ、国王にまでなったのが国の成り立ちだ。王家の歴史こそ長いが、実質の所領はもともとの田舎町が数えるほど。王家自体の財はあまりなく、自由に使える人もいない。

 故に婚姻を通じ、他の有力貴族たちを妃に迎え入れてきた。

 有力貴族たちも国政の中枢に関われるのであればと、喜んで娘を妃に出す。


 有力貴族たちからの献金や援助によって、王家の贅沢な暮らしは成り立っている。


「ですが、あなたはそれを知らなかった。考えたこともなかった」


 すでに、チャーリーはフェリシアに大金を注ぎこんでいる。

 国王夫妻もブルーベル家や側妃候補の貴族たちの援助を見込んで生活をしていた。


 しかし、援助がなくなったら?


「貴方たちの将来が楽しみですね」



 アリスローズは悪魔のように微笑むのだった。





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― 新着の感想 ―
[一言] てっぺんがダメダメでも土台がしっかりしてたから今までどうにかなってきたのかぁ こくおー夫妻もヤバヤバだ
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