八話 ペンは料理に手を出す
珍しいことに今日はバイトが一切入っていなかった。というのも、いつもバイトをしているコンビニが今日は改装だとかなんだとかで一日閉まっているのだ。
二十四時間営業が売りのはずのコンビニが改装に一日かけるとは、一体どんなことをしているのか気になるが、改装の内容は店長しか知らないので俺は待つのみとなっている。
とまあそういう経緯があって俺は大学が終わったら家に直接帰ってきたというわけだ。バイトや買い物以外じゃ出かける理由もないからな。外で金を消費するくらいなら家でネットを見ていた方がよっぽど安上がりである。
「私は仕事をして、仁さんはネットを見て…珍しい状況ですね」
「そうだな」
皐月の仕事は平日だろうが土日だろうが関係なく仕事ができる。作業量は多いが、その分納期みたいなものが緩く設定されているらしく急がないといけない理由はないのだが、皐月は基本的にすることがないので大抵はこうして原稿用紙に文字を書いている。
本人はとても楽しそうなので別に俺が何か言う必要もないしな。
「そうだ、せっかくだから何か食べたいものあるか?」
「焼肉でお願いします」
「そんなもん食えるわけないだろ。おにぎりだな了解」
焼肉なんて何年食べていないことだろうか。実家が畜産業もしていればまだ違ったのかもしれないが、残念ながら実家には農地しかないのでこの家に肉は届かない。
いつもバイトしているコンビニは休みだが、流石コンビニというべきか周辺にはまだ別のコンビニがある。ご飯はそこで買えばいいだろう。
俺が何か面白いニュースがないか探していると皐月から質問をされた。
「仁さんは自炊はしないんですか?」
「俺がしているところを見たことあるか?」
「野菜が届いたとき以外ないですけど…」
「自炊する時間はバイトに充ててるからな」
これはよく言われること…というか事実なのだが、自炊した方が食費は浮くのだ。果たして自炊する時間をバイトに充てる方が良いのか、それともバイトを削って自炊した方が良いのか…俺は前者を採用しているってわけだな。
自炊した方がいいのが分かってるはいるので時間があるなら自炊してもいいとは思っているものの、今日のような日は珍しく、本来はバイトをしている時間なのでやはり日々に余裕はない。流石に野菜が実家から届いたときはそれを消費するために自炊するけど、それだけだ。
「でしたら…」
「ん?」
「私が作りましょうか。ご飯」
…ふむ、いい提案と言わざるを得ないだろう。
皐月が料理をできるのかどうかという問題は取り敢えず置いておいて、皐月には俺にはない自由な時間が多くある。今は仕事に時間を割いているものの、それだって先ほど言った通り急ぎではなくむしろ余裕があるので料理のために仕事を中断することくらい問題ないだろう。
とはいえ、とはいえだ。
家に帰ったら女の子が作ったご飯が待ってるってこと、それってもう…いや、なんでもない。
「書くことがペンの仕事じゃなかったのか?」
頭の中に浮かんだイメージを払うように自分で話題の転換を図る。皐月だってただ提案しているだけなのだから甘いものなどありはしないはずだ。
「私の仕事は書くことです…が、仕事ではないなら書くことが重要というわけではありません。たまに小学生とかがペンで遊んでいるように、ペンは書くこと以外にもできることはあるんです」
仕事探しの時は書くことに対する強いこだわりがあった皐月だが、意外とそれ以外のことには執着しないらしい。あと小学生の遊びをペンの用途の一つとして捉えるのはやめてほしい。
「じゃあ頼もうかな。家計をちゃんと助けてくれたまえ」
「任せてください」
料理ができるのかという問題はもうどうでもいい。最悪適当な野菜炒めでも俺は問題ないのだ。安く済むのであればどんな料理でもウェルカムである。
明日にでも食材を買ってこよう…と思っていたら皐月がペンを止めて立ち上がった。
「今行きましょう。いますぐに」
「はい?」
「料理で必要な道具はあるみたいなので食材を今すぐに買いに行きますよ」
なぜか皐月がとてもやる気満々だった。
皐月は原稿用紙をそのままにバッグと財布を持って玄関へと向かった。あまりの早さに俺は未だにスマホ片手に固まったままである。
「何してるんですか。あなたも行くんですよ」
「そうじゃなくて、今からか?」
「当たり前じゃないですか。後回しにする必要なんてないんですからさっさと行きましょう」
もしかして皐月は料理好きなのか?ペンだったから料理の経験はゼロなのは間違いないはずなんだけどな。
皐月がすごい急かしてくるので俺も急いで準備をして家を出た。まあ今晩から始めるってことに関しては何も不満はないが、今は夕方の四時。きっとスーパーにはママさんたちが押しかけていることだろう。わざわざこんな人が多い時間に行かなくても、とは思う。
「料理には時間がかかるものなんですよ。私だって経験があるわけじゃないんですから」
「それは分かってるけどさ。明日の昼とかでもよかったんじゃないの?」
「だめです。やると言ったらやるんです」
どうやら何か皐月のスイッチを入れてしまったらしい。目がマジだ。
まさか俺がこんな時間にスーパーに行くことになるなんて、一カ月前の俺は思いもしなかっただろう。
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