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七話 ペンはバイトに報告する

 「いらっしゃいませー」


 俺の気の抜けた声が店内に響き渡る。

 ここは俺がバイトをしているコンビニ。今日は水曜日の放課後ということでそこまで客が多いわけでもないが、これから夕食を買いに来る客が増えるので油断してはならない。

 俺はバイト自体はきちんとするが、正直ここまでの疲れでハキハキ喋るなんてことはできない。バイトに与えられた役割はしっかり終わらせるがそれ以上はしないのである。

 そも来店時の挨拶も実のところ必要ではない。なんとなくだ。


「六百五十円です…はい、ちょうどですね。ありがとうございましたー」


 さっききた客が弁当を買ってさっさと店を出て行った。これで店内の客はゼロ人ということになる。

 この時間は客が少ないのが分かっているのでバイトは俺一人だ。となれば客がいないこの間に俺は商品の補充などの雑務をしなくてはならない。


「夏目くん、おつかれさん」

「あ、お疲れ様です」


 店の奥から出てきたのは店長。本田さんという男性だ。下の名前は知らない。

 店長はともかく何かしらバイトをする手口を探していた俺を採用してくれた恩人でもある。俺の事情を汲んでくれて多量のシフトをいれても文句を言わない。まさに素晴らしい上司の理想像のような人である。


「私がレジには立っておくから商品補充を頼むよ。検品はしておいたから」

「分かりました」


 俺はレジを離れて店の奥から品出しをする。検品は量などが間違っていないかを確認する作業であり、それなりに大変な作業なのだが店長がやってくれたようだ。

 空いたところに商品を詰めていく。夕食を買いに来る客のためにもこの時間に商品を補充しておくことは欠かせない。例え補充したとしてもクレームは来るけど。

 俺が弁当を補充していたらまた客が来たようだ。俺は今レジではなく補充作業要員なので挨拶はしない。


「あの、すみません」


 しかし俺は挨拶をした方がよかったと後悔することになる。

 補充作業をしながら店長と客の会話を盗み聞きすると…


「夏目仁さんはいますか?」

「ん?申し訳ないが名前を聞いてもいいですか?」

「皐月…あ、春野皐月です」


 その名前が聞こえた瞬間俺は補充作業を中断して類を見ない速度でレジの方へと移動した。


「来たよ。彼だ」

「仁さん、こんばんわ」


 なぜか皐月がコンビニに来店したのだ。俺は一度もどこで働いているなどと話したことはなかったはずなのだが一体どこから聞きつけたのだろうか。

 皐月は店長にペコリと軽いお辞儀をしてからこちらに近寄ってきた。


「皐月、なんで来た!?というかどうやってここを知った!?」

「連絡手段がないので直接来ただけです。あとシフト表は冷蔵庫に貼ってあるので分かりますよ」


 俺は万が一にも忘れないようにシフト表を冷蔵庫の扉に貼っており、毎朝確認するようにしている。確かにあのシフト表にはこの店の名前も、連絡先も書いてあったな…まさかそんな落とし穴があるとは。

 皐月の後ろではニヤニヤしながら店長がこちらを見ていた。あの店長、恋愛事が大好きなのだ。俺と皐月の関係はそういうやつではないが、ずっと彼女のかの字もなかった俺に女の子の知り合いがいたという時点で店長にとっては弄りネタになる。


「今日は少し家に帰るのが遅いので連絡しに来ました」

「どこか行くのか?」

「はい。お金がないことを言ったら依頼主の夫婦が是非食事をということで」


 なるほど…それは食費が浮くという理由でも俺にとってメリットだ。女の子が知らない家に一人で、というのは不安がないわけではないが、夫婦ということだし大丈夫だろう。

 というか依頼主は夫婦だったのか。あんなに大量の原稿用紙に書き写すなど相当な作業だろうし、小説家志望の独身だと思っていたのだが…これは偏見だな。その夫婦にも何かしら事情があるのだろう。


「分かった。いつ帰ってくるか知らないけど、気をつけてな」

「はい」


 それだけ言うと皐月は何も買わずに出て行った。

 彼女は自分で稼いだお金を自分で保持している。未だに貯蓄という意味でも俺の方が多いお金を持っているが、何も持っていないというのもどうかと言うことで稼いだお金は持たせているのだ。そのために財布も買わせた。

 俺が買って帰ったご飯や光熱費などは俺と皐月の両方で割り勘で出すことに決まっている。皐月の稼ぎは少ないのでそこまでの量は出せないだろうけど、俺の負担が減るという意味でとても意味がある。


「それで~?あの子と夏目くんの関係は~?」


 皐月が去ってまた店内に客がいなくなったことをいいことに店長が近寄ってきたので俺は無視して補充作業に戻った。いい年したおじさんが男女関係で弄ってくるとかどんな拷問だよ。


「無視しないでもいいじゃないか。夏目くんにはそういう影が一切なかったから…」

「なんでもないですよ。皐月は…」


 皐月は…なんなのだろう。

 普通に同居人ということでいいのだろうか。しかし俺くらいの男性がシェアハウスでもないので年頃の女の子と同居とか普通に考えて正気じゃない。兄弟とかならまだしも、俺に兄弟がいないことは店長には既に伝えているのでそれも使えない。


「近くに住んでるんですよ。ちょっとわけあって仲良くなりまして。なんていうか…貧乏仲間?って感じで」


 結局近所に住んでいるということで説明することにした。俺の住んでいる場所は店長にもバレてるので、近所とか隣人とか言っておかないとあとで辻褄が合わなくなる可能性があるのだ。


「ふーん、でもまあ君に良い女の子が見つかったようでよかったよ」


 微妙に納得していない感じで店長はレジへと戻っていった。俺は安堵して補充に集中する。

 にしても皐月が俺の彼女にでも見えたのだろうか。俺と皐月が見た目という面で明らかにアンバランスだし、皐月は俺に冷たいので甘い雰囲気もなかったと思うのだけど。

 果たして俺と皐月は周囲からだとどう見えるのか、それを少し考えてしまうのだった。

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