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五話 ペンはその身を粉にする

 今日の俺の講義は五コマ目で終了。その後はバイトに入る予定となっていた。


「おつかれー」

「おう」


 坂本はまだあるらしいのでここでお別れ。あいつは放課後も活動があるので基本的に帰るタイミングが同じことになることはない。いつもこうやって途中で別れることにしている。


「皐月は大丈夫かね…」


 もちろん自分の分のスマホはあるが、皐月はスマホ含めそういった連絡手段が一切ない。なので現在の彼女の動向を知る術はないのだ。なんとか仕事の一つでも見つけていてくれればいいのだが…


「ま、まずはバイトだな」


 俺が働いているのはチェーンのコンビニバイト。

 お金に困っているというのになぜもっと給料がいいところにしないのかと言うと、そもそも選択肢がなかったというのが理由だ。

 大学から家までそこまで遠いというわけではない。しかしながら更に家から遠い街でバイトをするとなるとやはり移動時間というのはネックとなるのだ。移動時間に費やすよりもバイトのシフトをいれてもらった方が俺も相手もウィンウィンということだな。

 短い時間でもっと給料がいいところというのもありはするのだが…大学生活で疲れているというのにそこまでハードな仕事ができるはずもなく、最終的にコンビニバイトに落ち着いた。コンビニなら深夜バイトという手段も取れるので今のところ給料が少なくてもやし生活なんてことにはなったことはない。

 家に帰るまでまだ何時間もある。さて、皐月はどうなったかな…



 バイトを終えて家に帰る。一人、滅茶苦茶なクレーマーがいたせいで精神疲労はいつもの倍だ。

 玄関のところに見知らぬブーツがあり、多分皐月が出したものだろうと結論付けて部屋に入る。


「おかえりなさい」

「ただいま」


 このやり取りもいつ振りだろうか。高校の時も、家に帰るタイミングはちょうど親が買い物なりなんなりで不在のことが多くただいまなんて言う機会はなかった。もしかして小学校振りか…?


「一応確認しておくけど、あの靴は皐月のだよな?」

「はい。靴がなくて困りましたけど、何か出ろと思ったらいつの間にかあれを履いていました」


 となるともう服のもう一着も出ろと念じれば出てくれるのだろうか。だとすれば出費の一部をカットすることができるので非常に助かる。

 一応の確認をしてから、荷物を置いて本題に入る。


「仕事は?」

「大丈夫です。近所に住んでいる人に執筆代行をお願いされまして。しばらくは継続的な仕事としてカウントできるかと」


 そう言って皐月が出したのは大量の原稿用紙と随分と昔の型番のスマホ。どちらもその依頼主から預かったものだと言う。


「このスマホに入っているデータを原稿用紙に書き写す作業ですね。とても私向けです」

「そりゃよかったよ」


 金銭としてはそこまで多くの稼ぎではないらしい。とはいえちゃんと仕事を見つけてお金を稼いでくれるというのであれば文句は言えない。俺とて稼ぎが良いとは言えないので、収入について言う権利は俺にはないのである。

 仕事も見つかって安心したので俺は荷物の中から二つのおにぎりを出して皐月に渡した。


「これは?」

「今日の晩御飯だよ。皐月の好きなものとか知らないから適当に選んで買ったけど」


 買ったのは焼き鮭と高菜。それぞれ俺の分も合わせて二個ずつ買ってきた。夜ご飯におにぎり二個なんて非常に少ないものではあるが、仕方なかろう。

 皐月はじっとおにぎりを見つめたあと顔を上げて…


「ふふ、ありがとうございます」

「働いてくれるなら文句はねえよ」


 少し微笑みながら言われたその言葉にちょっとドキッとする。皐月は性格こそ冷たいものの見た目はとても美少女なのだ。かわいい女の子に微笑みを向けられたら男としてドキッとするのは当然のことなのだ。


「味の好みですが…あなたと同じもので構いませんよ」

「そうか?ならそうする」


 そもそも皐月は元々ペンなのでご飯など一口も食べたことなどない。色々食べていくうちに苦手なものとか好きなものとかが分かってくるだろう。

 俺と皐月は小さいテーブルで静かに向かい合っておにぎりを食べた。まだ皐月のことをよく分かっていないし話題の振り方なんて知らない。


「緊張しなくてもいいですよ」

「緊張なんかしてねえよ」


 時折こうして皐月の方から話しかけてくれるので気まずい沈黙とはならないのが救いだ。

 元々ペンだと言うのにコミュニケーション能力が高いのは一体なぜなのだろう。俺自身坂本以外に親しく話す相手はいないので、ペンの記憶を元にしても身に着く能力ではないはずなのだが。


「ふぅ、美味しかったです。ごちそうさまでした」


 俺も皐月も同じくらいに食べ終えた。おにぎり二個なので食べる速度の違いなど出ようはずもない。

 ふと皐月の横の空間を見ると、テーブルで隠れて見えなかったが既に何枚も原稿用紙に書き写したものがあるらしい。俺がバイトをしている間に皐月もちゃんと仕事をしていたようで猶更安心した。


「皐月、風呂に必要なものとか着替えとかっていうのはどうすればいい。靴はどこからか出たようだけど…」

「衣服は気にしないでください。どうやら私の意思である程度自由に変えられるようなので」


 日本はいつからファンタジーになったのだろうか(二回目)

 確認してみるとやはりタオルや衛生用具などは買う必要があるようだ。今日が金曜で明日は土曜。俺は土曜日に講義が入っておらずバイトは夕方から深夜にかけての予定だ。

 となると…


「明日買いに行くか」

「ええお願いします」


 それだけ言うと皐月は家に常備していたペンを取り出して原稿用紙への書き写し作業を再開した。やはり俺に冷たい。が、ある意味家の中で気を遣う必要がないと考えれば楽でもある。

 俺はその間に風呂に入る準備をしていると背後から声が聞こえた。


「そういえば仁さんは今日私じゃないペンを大学で使ったんですよね?」

「まあな。それが何か?」

「いーえ。別に」


 何か文句がありそうな声色だ。しかし理由は教えてくれなかった。

 ペンとして別のペンに嫉妬…だろうか。それが乙女心から来るものなのかペン心から来るものなのかは俺には判断つかなかった。

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