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三話 ペンは名前を綴る

 朝、いつもより固い敷物の上で伸びをする。そして横を見ると…


「いるか…」


 昨日見たときと同じ姿勢のまま眠っているマテンダがいた。

 元々ペンだと言うのに睡眠欲があることも意外ではあるが、そういえば服もそのままに眠っていることを思い出した。人によっては着替えずにそのまま寝るという場合もあるらしいのだけど、俺は着替えた方が眠りやすいのではないかと思っている。

 マテンダを大学に連れて行くことはできないし、ここで待っていてもらうか…その前に朝食。

 買い置きの食パンをトーストしてそこに卵を焼いて乗せる。毎朝の俺のお供である。安いと安いを掛け合わせて作った美味いの集大成。大学生の朝ごはんなんて大体皆こんなもんだろう。


「ん…あ、おはようございます」


 俺が自慢の朝ごはんを食っているとマテンダが起きた。朝に女の子が家にいるという状況は普通なら喜ぶべきところなのだろうけど、昨日冷たくされたせいで俺ももう面倒になってしまっている。


「私の分の朝ごはんはないのですか」

「ええ?」


 買い置きの食パンと卵は有限であり、俺が汗水垂らして働いて稼いだお金で買ったものだ。昨日のチキン南蛮弁当もそうだけど、何も働いていないのにご飯を食べさせてもらえると思っているのなら神経を疑う。


「ああ、それ半分残ってるじゃないですか」

「あげねえよ!?」

「こんなかわいい女の子を空腹にする気ですか」


 わざとらしく可愛らしいポーズをするマテンダ。それずるくない?

 俺はこのご飯を死守…できずにマテンダに取られてしまった。任意で涙目にする方法、俺にも教えてほしいものだよ。

 結局俺は腹を満たすことができないまま朝食を終えることになった。俺から奪ったトーストを頬張るマテンダに話しかける。


「で、お前はどうするつもりだ。流石に俺も二人分を養うほどの稼ぎはねえぞ」

「むぐむぐ……でしたらもっと働けばいいじゃないですか」

「死ねと!?」


 大学生とはいえ暇な時間が多いというわけではない。課題やらレポートやらをする必要はあるし、バイトだってその隙間時間にやっと入れている程度のものだ。これ以上仕事を増やそうとすると睡眠時間など諸々を削ることになる。

 理想としてはマテンダにも働いてもらうこと、それが一番いい。見た目はいいのだし、覚えが悪いようには見えないのでコンビニバイトくらいできるだろう。ということを伝えたのだが…


「え、私も大学に連れて行ってくれないんですか?」

「逆になんで行けると思った?」

「だって私はペンなんですよ!書くことが仕事です。接客とかは私の仕事じゃありません」


 珍しく声を張り上げるマテンダ。どうやらペンであるということには強い誇りを持っているようだ。とはいえ書く仕事なんてすぐに就けるとは思えないし…

 マテンダは大学で俺の書記をしたいと言い出した。確かに毎回毎回大量の内容をノートに書くのは非常に大変なのでありがたいと言えばありがたいのだが、それって突き詰めていけば講義の代理受講と一緒なのではとも思ってしまう。

 それにやっぱりそれだけ稼ぎは変わらない。マテンダが受講している間に俺が働く、なんていうのはそれこそ代理受講となってしまう。バレなければ問題ないだろうけど、ばれたら大変なことになる。それに男の俺の代理受講が女性なんて百パーセントバレる。


「ともかく、大学に連れて行くことはできない。この際仕事は何でもいいから、なんか探して来いよ。書く仕事でもなんでもいいから」

「…分かりました」


 マテンダが書くことに対してこだわりがあるのは分かったのでもうこの際マテンダに任せることにした。どうせ俺がいい仕事を見つけてきたところで書く仕事じゃないなら受けないだろうしな。


「あ、そういえば名前はマテンダのままで行くつもりか?」

「ええ。日本人らしくはないと思いますけど」


 マテンダが日本人であるという証明はできない。なんせそもそもこの世界にマテンダのことを示す住民票やら国籍やらの情報は一切ないからな。

 なのでハーフとか言ってしまえばそれでもいいのだけど、マテンダって名前だとmatendaと混同しやすいしもっといい感じの名前があった方が自然だろう。


「そうだな…春野皐月(はるのさつき)とかでいいんじゃないか?」


 現在は五月。そんでもって季節は春。安直な名前ではあるが、あり得ない名前ではないだろうし日本人らしさもある。


「…あなたにしては悪くない名前です。安直なのが気に食わないですけど、まあよしとしましょう」


 一体何様のつもりなのだろうか。だがまあ一応気に入ってくれたようだ。流石に名前がないと仕事を見つけようにもないからな。

 時計を確認すると出発予定時間を十分ほど過ぎているのを確認。ちょっと焦り気味に準備を終えて靴を履く。


「じゃあ俺は行くから。ちゃんと仕事を見つけて来てくれよ」

「大丈夫です」


 本当かなあ。いまいちマテンダ…じゃなくて皐月のことは信用できないんだよなぁ…

 ドアノブに手をかけて、そういえば出かける時に家に誰かいるというのは大学が始まって以来初めてのことだと思い出す。だからいつもは言わないけど、今日くらいは。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

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