二十二話 ペンは女の子になる
皐月が大学に来た日から一週間。皐月は何か決心をしたように見える。
それが何の決心なのかは全く分からないが、まあ皐月の人生なので俺が気にする理由もないだろう。
「皐月」
「何ですか?」
いつも通り揃って夜ご飯を食べていた時、俺は皐月にある件を伝えた。俺にとっても、それなりに重要になる要件だ。
「坂本がお前に会って話したいんだってよ」
「あの人ですか」
坂本はことあるごとにここに来るようになった。前は俺の家に来て遊ぶなんてことは一切なかったというのに、皐月がいると分かってからは三日に一回くらいの頻度で来る。
どうもあいつは本当に皐月に惚れているらしい。そして、そろそろアタックしたいと言っていた。
正直言うと、坂本が来たときの皐月は居心地が悪そうなので、坂本には脈はないんだろうと思いつつも、もしかするとという可能性もある。
「私はいつでも時間はありますよ」
「そうだろうな。なら明日の放課後でどうだ?五時くらいになっちまうんだが」
「構いません」
皐月に場所を教えると、話題は途切れた。
多分皐月も薄々坂本の目的に気が付いている。それを察したうえで行ってくれるのだ。
皐月が人間の姿になって、ここで生活するようになってもう一ヶ月以上が過ぎた。俺も、バイトが終わると皐月が料理を作って待ってくれているという状況に完全に慣れてしまった。
どうしても皐月って新妻感があるんだよな…
「…では、明日は行ってきますね」
「おう」
……
仁さんに言われた場所にやってきました。まだ坂本さんは来ていないようです。
多分、今日私は初めて告白を受けることになるでしょう。坂本さんは私に気がありそうな感じでアプローチをしてきていたことは察していますから。
仁さんもそれは分かっていると思います。だから…それを知ったうえで仁さんが私にそのことを伝えてきたという事実が少なからずショックです。
まだ私はまだ仁さんの何でもありません。だから私は何も怒る権利はないのですが…
「あ、皐月ちゃーん」
「坂本さん、こんばんは」
「こんばんはだね」
坂本さんが来ました。いつも通り、軽い様子で。しかしよく見ると、いつもと違って緊張していることも伺えます。
坂本さんは私の目の前に立つと、硬直してしまいました。二人の間に沈黙。
先に口を開いたのは私でした。
「坂本さん。何の用事でしょうか」
「ああ…えっとね…」
しどろもどろになりながら言葉を紡ごうとする坂本さん。この人、本番にはめっぽう弱いタイプみたいですね。
私は坂本さんの言葉を待ちます。言葉が来るまで待つというのは、元ペンである私には全く苦ではありません。
「皐月ちゃん」
「はい。なんでしょうか」
「僕と、付き合ってくれ!」
やはり…ですね。
気がない相手からされても、思いのほかドキッとするものですね。告白なんて私には縁遠いものだったから猶更かもしれません。
ですが…
「すみません、断らせていただきます」
「…やっぱりか。理由は、聞いてもいいのかい?」
「そうですね…」
能吏に浮かぶのは、やはり…
「私は、仁さんのペンなので。ペンの方から離れるなんてことは、しないんです」
私は多分、仁さんに対して強い帰属意識がある。私の身は、あの人と共にあるのだと考えてしまっている。
だから、私は他の人についていくことはできない。私は、仁さんのことが好きなんです。
「はぁ…まあそんな気はしてたよ。あの野郎…こんなかわいい子を家に置いておいて、まだ何もしてないなんて信じられない」
「えっと、私は別にそういう関係になりたいわけではありませんので…」
あの人と一緒にいれるならそれでいい。
いつかは仁さんの方から私を遠ざけようとするでしょう。その時は、潔く私は離れるのです。持ち主の方からペンを手放すというのであれば、ペンには拒否権なんてないんですから。
だけど、そんな私を見て坂本さんは目の色を変えました。
「それはだめだ!僕が報われないだろう!」
「え、えぇ…」
「よし、君に今からアドバイスをするよ」
……
六時くらいになると皐月が帰ってきた。今日はバイトが早く終わったので先に家に帰ってきたが、誰もいない家に帰ってくるのは久しぶりだったので、一抹の寂しさを覚える。
「今帰りました」
「おかえり」
皐月はいつだって変わらない表情だ。淡泊で簡潔に話すのもいつも通り。皐月はいつも、俺に冷たい。
「仁さん」
「なんだ?」
気が付いたら皐月は俺の目の前に座っていた。
「…仁さん」
「だからなんだよ」
皐月はその次の言葉を中々言おうとしない。何度も俺の名前を呼ぶくせに、何を言いたいのか分からない。俺はエスパーじゃないんだぞ。
「…今日、坂本さんに告白されました」
「やっぱか。で、どうだった?」
「断りました」
ま、そうだろうな。皐月があの坂本と気が合うはずがない。
「それで、話があるんですが」
「うん?」
皐月が改まって、こちらの目を見つめてきた。きれいな目だなぁ…
「その、私のこと、どう思っていますか?」
「…優しい子だとは思っているが」
なんだ?いつもと雰囲気が違う。皐月が、こうしてプライベートな部分まで踏み込んでくることは滅多にないので、違和感がある。
「…仁さん」
「なんだ?」
…
「私を、あなたの彼女にしていただけませんか?」
告白。
今まで生きてきた中で、一度も受けたことがない告白。それを今、初めて、皐月にされた。
「…」
「…」
頭を整理。こういうときは、どうするか。
…どうするか、なんて。
「いいぞ」
「…っ!」
俺は受けた。保留もしない。
皐月は俺に冷たいけど、その中に確実に暖かいものがあることにはとっくに気が付いている。なら、俺が皐月を邪険に扱う理由はない。
「仁さん!」
「お、おおう!?」
皐月が抱き着いてきた。
なんだこれ。皐月ってこういうキャラじゃないだろ!
「これから、よろしくお願いします」
「ま、そんな変わらねえよ」
俺は初めての彼女ができた。既に一ヶ月以上一緒に住んできた女の子が相手だ。今思うと、もっと早くにこういう関係になってもおかしくなかった。
皐月は、ペンではなく、正真正銘の女の子なのだ。
これにて終わりです。元々こういう擬人化系の小説を書きたいと思い書き始めたので、やりたいことはできました。
二人の話はここで終わりますが、出番がないとは言ってません。
面白いと思ったら評価や感想をお願いします。作者の励みになります。




