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二十一話 ペンは大学を知る

 教授に連れられてやってきたのは大きな講義室。今からここで講義が行われるということですね。

 私は一番後ろの席に座らせてもらいました。きっと講義の内容は理解できないでしょうし、ノートなども持っていないので前に座る理由がないからです。今日の目的は、大学を知ることなのですから。

 しばらくすると学生も集まってきて、教授が入ってきたところで講義が始まりました。講義の前にはそれなりに弛緩した空気だったのですが、教授が入ってきた途端に緊張した空気になりましたね。

 教授は、日本の古典文学の教授らしいです。古典文学にはあまり触れてこなかったのですが、他言語よりはまだ理解できるはずです。


……


 全然分かりませんでした。やはり大学の講義はレベルが違いますね。

 日頃の仕事に活かすことができればよいと思っていましたが、理解もできなければ活かすこともできません。諦めて地道に行くしかなさそうです。


「春野さん、どうだったかね」

「ありがとうございました。残念ながら内容は理解できなかったのですが、空気を知ることができました」

「まあ三年生の内容だから、理解できないのは気にしないことだ。では私は次があるから。君の合格を祈っているよ」


 それだけ言うと教授は歩いて行ってしまいました。

 案外私がいても他の学生に変に思われないものですね。見るからに年上のような人も学生にいるからでしょうか。若い学生はむしろ自然のようでした。

 教授には本当に感謝ですね。仁さんに言って叶えてもらえなかった講義参加が、このような形で叶うとは思ってもみませんでした。

 私は講義室を出て棟の外に出ます。建物の中は意外と迷路のように入り組んでいるので、中を移動すると確実に迷うと思ったからです。


「あ、時間聞き忘れた」


 と、ここで最初の目的を思い出しました。私は時間を確認するために最初キョロキョロしていたのです。教授に話しかけてもらえたことは行幸と言えますが、当初の目的を達成することができていません。

 まだ時間には余裕があるとは思いますが、九十分も講義室で過ごしたので本格的に時間が分からなくなってしまいました。


「迷ったときは…もう移動してしまいますか」


 私は集合場所であるカフェテリアに移動することにしました。カフェなら時計もきっと置いてあるでしょう。

 先ほど大学内のマップをちゃんと確認しておいたおかげで、すぐにカフェに到着することができました。仁さんは来ていませんね。でも既にちらほら座って飲み物を嗜んでいる人がいます。

 私は空いているテーブル席に座って仁さんを待ちます。自分で言うのもあれですが、私の服はmatendaのカラーデザインを元に黒ばかりなので、きっと遠目でも目立つことでしょう。

 持っているお金で、自動販売機でカフェオレを買っておきます。ご飯は私のバッグの中に入っていますが、流石に先に食べるわけにもいかないので何をするでもなく待ちます。スマホでもあればいいのですが、残念ながら私が自由に使えるスマホはないので仕方ありません。


「ねえねえ、一緒に座ってもいい?」


 なんか来ました。知らない人です。

 もしかしてこれはナンパというやつでしょうか。仁さんが、過剰とも言えるくらいに警告していたので対応も想定しています。


「だめです。私は人を待っているので」


 こういうときは遠慮などしてはいけません。きっぱりと断ることが大切です。


「いいじゃん、まだ来てないんだし。来るまでちょっと話そうよ」


 …うまくいかないものですね。これさえ言えばすぐに立ち去ってくれると思ったのですが、男性は思いのほか食い下がってきます。


「あなたとは話したくありませんので」


 少々冷たい言い方になってしまいましたが、これさえ言えば流石に立ち去ってくれるでしょう。

 暇なのは確かなのですが、私は仁さんとしか話したくありませんので。


「いやぁ、冷たいね。でもそういうところもグッド」


 気持ち悪いです。あなたは好意的な態度で接しているつもりなのかもしれませんが、残念ながら逆効果です。あまりグイグイ来るような人は嫌いなんです。

 その後もやり取りをしましたけど、男性は立ち去ってくれません。何度か私に触ろうとしてきたので、正直気持ち悪い以上に怖くなってきました。早く仁さん来てくれないでしょうか。

 すると、男性の後ろにもう一人男性がやってきました。


「その辺にしておきなって。怖がってるよ」

「ああ?」

「僕はこの子の知り合いだ。一つ教えておくと、この子はまだ高校生だよ」


 …坂本さん、ありがとうございました。男性は、私が高校生だと知るとすぐにどこかへ行きました。なるほど、最初から高校生だと言えばよかったのですね。

 だからこその高校生という設定なのだと、初めて実感しました。


「大丈夫だったかい」

「はい。仁さんは?」

「僕とは違うやつだから、多分まだやってるんじゃないかな」


 坂本さんはしれっと椅子に座ってきました。まあ、知らない人ではないので良しとしましょう。


「うーん、警戒されてるね」

「そんなことはありません。ええ」

「…」


 ただ私は、仁さん以外と積極的に関わろうとは思わないだけです。料理などを教えてくれて、仕事も振り分けていただける進藤夫婦とは違って、この人はあまり私にメリットがなさそうなので。

 それから十分、特に会話もなく待っているとやっと仁さんが来ました。


「なんだ坂本、いるのか」

「いて悪いかい!?」

「ああ悪い。さっさとどこかへ行け」

「さっき皐月ちゃんを助けてあげたんだよ!?」

「そうかありがとう。じゃあどこかへ行け」


 坂本さんは渋々どこかへ歩いていきました。そしてそこに仁さんが座ります。


「待たせて悪かったな」

「いえ…別にそこまで邪険にしなくてもよかったのでは?」

「だって皐月が居心地悪そうだったからな。さて、飯にしよう」


 どうやら仁さんは私のことをよく見てくれているようです。嬉しいですね。

 私と仁さんは、珍しく同じ場所で昼食を食べるのでした。

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