二十話 ペンは大学を歩き回る
今日は仕事を少し休んで、仁さんについて行って大学へ行く。
いつもは私一人で留守番をするところを、今日は仁さんと一緒に大学へ行くことになるなんて…自分でもちょっとびっくり。行きたいと言ったのは私なのだけど。
仁さんはあまり自分のことを話してくれない。ペンとしての記憶はぼんやりだから、あまり大学での仁さんの姿は頭に浮かばない。ちょっと、仁さんの大学のことを知りたくなったのだ。
「じゃあ俺は講義だから。何かあったら分かりやすいところに行けよ」
「はい、わかっています」
仁さんは微妙に私に対して過保護だ。微妙に過保護って言葉としてはちょっと変だけど、言い得ていると思う。仁さんは私のことが心配らしい。ちょっと嬉しい。
私は仁さんと別れて大学の中を好きに歩く。まだ朝方だと言うのに、意外と出歩いている人が多い。この人たちは大学生なのだろう。ちょっとだけアウェー感を覚えつつ、私は取り敢えずどこかにある地図を目指して歩いた。
特に行きたいところがあるわけではないけど、出来る限り歩き回りたい。それと迷いたくない。
仁さんはあまり大学内を歩き回らないので、ペンの記憶を思い返しても大学の中の記憶はほとんどない。そもそも私にとって重要ではない記憶は本当に何も覚えていないので、記憶は頼りにならない。
「後ろ後ろ!」
「きゃっ!」
ちょうど運動場の近くを歩いていたら、鉄柵に野球ボールが当たってびっくりしてしまった。私に気付いた野球部だか野球サークルだかの人が私に謝ってきた。この人が悪いわけでもないので、私はいえいえと言って小走りで先を急ぐ。
こんな朝から運動している人もいるんだな。仁さんは部活もサークルも参加していないので、あまりこういう郊外活動系の動きは知らない。もし仁さんにお金の余裕があれば、こういうところで活動でしていた未来もあったのだろうか。
その時、私は人間になってここにいたのだろうか。
「えっと…こっちが第三棟ですね」
仁さんとの合流地点を確認する。最悪どうしようもなくなったときは例のカフェテリアに行ってしまえば問題ないはずだ。
前に仁さんが言ってくれましたけど、私はそれなりに見た目がいいらしい。流石に学内でナンパをするような人はいないだろうけど、注意するに越したことはない。
私は字が書けるだけで、自衛の手段がない。大学は広いから人目がない場所だって存在する。仁さんへの連絡手段もないので、面倒なことに巻き込まれないように気を付けないといけません。
「へぇ…」
ガラス越しに書道の作品を見る。書道はしたことないけど、書道でもこれだけ美しく私に書けるだろうか。
文学部のあるキャンパスだからか、こういった文学的作品というのは多く学内に存在している。見て回るだけで面白い。
仁さんから、建物の中には入らないようにと言われているので間近で見ることは叶いませんが、この距離からでも作品の美しさが分かりません。しかし、これだけ美しくてもきっとプロの世界には入れないのでしょう。
私もいつか小説でも書ければ、私もペンとして十全な仕事をしたと誇れるのですが、私にはアイデアがないので難しいですね。プロになるには必要なものが私には不足しています。
「そういえば時間が分かりませんね」
私は腕時計など持っていないので、時間が分かりません。地図にも時計の場所は記されていないので、集合時間になっても気付かない可能性があります。
昼はそれなりにどこも同じ時間だと聞いているので、人が増えてきたら昼だと思えばいいのですが…果たしてそれは何時間後なんでしょう。体感だと大学に来てからどれくらい時間が経ったのか分からないので、正確な時間が不明です。
私がキョロキョロしていると、ふと後ろから話しかけられました。
「迷ったのか?」
「あ、えっと…」
そこにいたのは大人、きっと教授でしょう。記憶にないので仁さんに関係する教授ではなさそうですが、この大学のことも知り尽くしているはずです。
「見学に来てまして、時間を知りたいのですが」
「今は九時のちょっと前だ。見学、ということは高校生か」
「そうですね」
制服は持っていませんし、身分証明書もないので高校生の身分を証明する手立てはありませんが、仁さんからは何か聞かれたら高校生ってことにしておけと言われました。
相手が現役の高校生なら、無暗に絡んでくるような人もいないだろうと。
「…本当は良くないのだが、よければ私の講義を聞くかね?内容は理解できないかもしれないが、空気を知ることはできるだろう」
「いいのですか?」
「ああ。教授の私が良いと言うのであれば、他の人に文句は言わせん」
なんと優しい教授でしょうか。
せっかくのタイミングです。これを逃す理由はありません。
「それでは、その、よろしくお願いします」
「ああ。ついてきたまえ」
私はひょんなことから講義を受けることになりました。
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