十九話 ペンは大学に行きたい
「仁さん」
「おう?どうした?」
夜ご飯を食べていると、何かを意気込んだ様子の皐月が話し始めた。
「私も大学に行ってみたいです」
「…え、急にどうした?」
皐月が世迷言みたいなことを言い出した。
俺が何度も大学でmatendaを使ったので、皐月にとっては大学は特に真新しい場所というわけではない。勿論人間の姿になってからは一度も行っていないので、行ってみたいという気持ちも分からなくはないのだけど…
「私って、今は普通の女の子じゃないですか」
「そうだな。見た目で言えば、誰にも元はペンだとはバレないだろう」
というか普通の人生を過ごしたきているのであれば、ペンが人間になる現象を信じることはない。俺だって未だによく分かっていないのだから。
坂本のように、なんだかんだ放置してくれるような人だけではない。研究者あたりにバレれば、すぐにでも研究所に連れていかれてしまうだろう。
「なので、私も少し学びを得たいと思いまして」
「学び?」
「はい。一応、仁さんが今まで大学で受けた講習のノートの内容はそれなりに身についているのですが、やはり実地に勝る経験はないと思いまして」
要は百聞は一見に如かずだから大学に行かせろと言っているわけか。
「だめだ」
「なぜです!」
「いや、だって、なぁ?」
皐月が人間の姿になったあの日、似たようなことを皐月に言われたことを思い出す。その後に、一応調べてみたのだが、意外と一般人でも普通に入れるものらしい。
とはいえ、講義を聞くのは無理であり、どこかの知恵袋には百人規模の講義ならこっそり参加してもバレないなんて書いてあったが…身分証明すらできない皐月が怒られたときにどうなるかが分からない。
そしてもちろん、皐月が入学できるほどの金銭的余裕は俺たちにも、俺の親にもない。
「私はもっと、仁さんの役に立ちたいんです」
「ん?俺の?」
「はい。私は、あなたに助けられてばかりですから」
それは…どうだろう。少なくとも俺は皐月を助けている認識はないんだけど…
「でも皐月、勉強なんて家でもできる…っていうか、諸々をすっ飛ばして大学の講習を受けるとかはっきり言って無理だと思うぞ?」
「実際に知識を身に着けたいわけではないんです。経験が欲しいのです」
どうやら皐月は、勉強を目的とするよりも、大学に行くこと自体を目的としているみたいだ。オープンスクールみたいな感じだな。
講習を受けないのであれば、大学の敷地内に入ることには特に制限はないはずだ。それに皐月の見た目は高校生から大学生あたりに見えなくもない。皐月が自身を何歳だと認識しているのかは分からないけども、普通にしていればまず変に思われることはないだろう。
「分かった。じゃあ大学には連れてってやる。ただ講習は無理だ。怒られたときに庇えないし」
「…分かりました。ならできる限り大学の空気に慣れたいと思います」
「ああ、そうしてくれ」
他にも、無暗に教室に入らないこととか、奥まった通路に入らないことを条件して承諾した。迷っても俺は大学で授業があるので助けられないからだ。皐月は連絡手段を持っていないので、何かあってもすぐに駆け付けられない。
俺には冷たいものの、見た目は一級品なのでナンパされることもあるかもしれない。心配はあるが…一応事情を知っている坂本に連絡しておくか。あいつに皐月を任せるのは非常に…とても凄まじく非常に不安だが、仕方ないだろう。
「でしたら早速明日行きましょう」
「明日?まあ、いいけど。仕事は大丈夫なんだろうな?」
「もちろんです。でなければこのような提案はしません」
几帳面な皐月のことだ、問題はないだろうと思いつつ質問はしておく。
明日か…珍しく俺は一日中大学で講義があるので、皐月の様子を見ることはできないけど、問題に巻き込まれないように気を付けてもらうほかない。
「昼は…」
「自分の分も作ります。えっと、一緒に食べますか?」
「その方が安心だな。そうだな…第三棟ってとこの一階にカフェテリアがあるから、そこに来てくれ」
集合場所を決めておく。
これできっと、多分大丈夫。集合時間に来なければ…探しに行く必要もあるだろう。皐月探しに動員できるのは坂本だけだろうから、これまた不安だ。
俺は一抹の不安を抱えながら夜を過ごした。
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