十六話 ペンは立場が決まらない
バイトと言う名の土日が終わって月曜日。
講習室にやってくると既に俺のことを待っている男がいた。こちらのことを見ながらニヤニヤしている。はっきり言ってうざい。
「おはよう夏目」
「ああ…その顔をやめろ坂本」
土日のあれこれのせいで皐月のことがばれてしまった坂本である。家に住まわせている以上いつかは誰かにバレるとは思ったけど、結構早かったなぁ…
俺がまだ大学生という身分なので皐月の人権の保障ができる立場じゃないのが悔やまれる。これで俺の親の養子にでもなっていればまだ説明は楽なのに、そうじゃないので説明が大変だ。
「それで、誘拐犯の今の気持ちはどうだい?」
「誘拐犯じゃないって言ってるだろ。何の犯罪もしていない」
教授が来るまでまだ時間があるので雑談をする。内容は皐月に関して。
「彼女じゃないんだろ?」
「彼女じゃない」
「でも同棲してるんだ」
「そうだな」
いやまあ俺も不思議だとは思う。彼女でも親族でもないのに同じ家に異性と住むというのは中々にあり得ない状況だ。幼少の頃に仲が良かった相手だったとしても大学生で同棲ということは起きない。
「…今日も弁当を貰ったのかい?」
「そうだな」
今朝もちゃんと皐月から弁当を受け取っている。皐月の依頼主である夫婦による料理教室は今も続いているらしく料理のレパートリーは増える一方だ。
それにどうも俺が知らない間に買い物をしているらしく、食材以外にも食器とか料理道具がちょっと増えていた。まあ最終的に俺に還元されるものではあるし、皐月が稼いだお金で買ったものなので俺は何も言うまい。
「…本当に彼女ではないんだよね?彼女じゃなくて既に結婚してるから彼女と呼ばないだけみたいな洒落じゃないよね?」
「ちげーよ」
どうしてそこまで深く疑うのだろうか。と考えた俺の思考は坂本の次の一言で吹き飛んだ。
「じゃあ僕が彼女にしてもいいんだよね?」
「……はぁ!?」
突然坂本が変なことを言い出した。相当な世迷言だ。もしかしたらこいつこそ薬をやっているのかもしれない。
「いやね、あんな子が君と暮らしてると聞いたときは敗北感に苛まれたものだけど、彼女ではないという。ということは僕の彼女にすれば君に優越感を持てるということだ」
「ちょっと待った。そんなことで?」
「いやいや、そもそも前提として彼女は僕のタイプだ。見た目もそうだし、字を書くのが好きという僕の趣味にも合うし、料理ができるなんて非常にポイントが高い。それに君がいない間に皐月ちゃんと色々話してみたけど、配慮ができる思慮深い子だ。彼女として申し分ないさ」
珍しく饒舌になった坂本が皐月の魅力を語る。お前の何が皐月を知っているんだと思うはするが、かく言う俺もまだ同棲を始めて一ヶ月くらいなので皐月のことで口出しできるような立場でもない。
にしてもこいつがここまで積極的に彼女を作りに行こうとするのは初めてだな。運命の相手がいないだとかなんだとか言ってきた坂本だが、もしや皐月が?
だが実際問題皐月を彼女にするのは難しいと思う。そもそも皐月はまだ戸籍が不確かなのでそれがないとどうしようもないだろうし、思慮深いと言ったが皐月は結構冷たい。それに坂本にはもっといい相手がいるだろう。皐月は存在が日本的に不確定なので彼女には向かないんじゃないかぁ…?
「…夏目、嫉妬かい?」
「は?」
「僕が彼女にすると言ってから僕を少し睨むように見ている。それに怖い顔もね」
そうなの…だろうか。まあ嫉妬というか、なんで急に出てきたこいつがという意識はあるな。
なんせ坂本は初対面だったのだ。要は一目惚れ的なあれである。一目惚れを信じていないわけではないけど、皐月は一目惚れをするような女性でもないような気が…
「ふむ、その顔は意識していない感じかな」
「そうだな。あくまで同棲って形で寝泊まりさせているだけだから嫉妬なんてしようはずがない」
「ふむ。君はずっと一緒に住んでいるから分からないのかもしれないけど、皐月ちゃんは非常に優良物件だと言える。そもそも今時現代社会で弁当を作ってくれる女の子なんてそうそういないよ?」
それは俺もそう思う。夫婦とかならまだしも、ただ同棲しているだけの女の子から弁当を貰うなど小説じゃなるまいし。
そう考えてみると皐月はいい嫁になりそうだな。料理は今も頑張っているし、帳簿付けとか家計簿の書入れとかは積極的にやってくれそうだ。専業主婦にはもってこいな人物だと言えよう。
「まあそういうわけだから。また皐月ちゃんに会いに行くよ」
「え、ああ…」
教授が入ってきたので話を打ち切った。
ただ1つ坂本に言い忘れていることがあるとすれば、皐月が苦手な人だって言ってたぞお前。




