十五話 ペンは気疲れする
バイトを終わらせて帰宅。今までは帰ってから食事することすら億劫だったというのに、皐月が料理をしてくれるようになってからは随分と気持ちに余裕が出てきたような気がする。
「ただいまー」
靴を脱ごうとすると、見知らぬ靴が置いてあるのに気が付いた。まさか皐月、とうとう男を連れ込むように…?
そう思ってバッと顔を上げて部屋をみると、そこには明らかにカップルの雰囲気ではない男女が…というか男の方は俺も知っている顔だった。
「坂本!?」
「やあ、ちょっと話したいことがあって待ってたよ」
一応皐月は夜ご飯の準備はしてくれているようだ。ただ坂本がいるからか非常に居心地が悪そうである。それに準備が遅かったのか未だに料理中みたいだ。
俺が部屋に入って荷物を置くと皐月が手を止めてこちらを向いた。
「えっと、その…すみません」
「なんで皐月が謝るんだ?」
「知らない人が来ても鍵を開けないって言われていたのに…」
そういうことか。
坂本は知らない人というわけでもないし、どうせ俺のことで色々と言ったせいで皐月も油断してしまったのだろう。気にしていないことを伝えると皐月は目に見えてホッとしていた。
とはいえこれで本当に知らない人だった場合は皐月が危険になってしまう可能性もあるので今後は十分気を付けるように厳命する。なんだか子供を叱る親の気分だ。
「さて、僕がここで待っている理由は分かるね?」
「皐月のことだろ?」
「そうさ。皐月ちゃんに聞いてみても君の彼氏ではないと言う。なのに平然のように同居しているみたいだし、君との関係とかどこから来たのかをはぐらかして言おうとしない。言っては悪いけど、僕は君が犯罪に手を染めてしまったのかとも思っている」
まあ傍から見ればそうだろう。
それにしてもまさか坂本が俺の家に来るとは全くの想定外だった。こいつは基本的にプライベートが充実しているので俺の家に来るなんていう時間の浪費イベントは行わない。俺の家に来たのも一年ぶりくらいだろう。
「ちなみに僕は君が講習室に置き忘れていたkreepを渡しに来ただけだよ」
「嘘つけ。お前はわざわざペンを家まで持ってくるようなキャラじゃないだろ」
「うん。実際は噂の彼女がどんなものなのか調査しに来たよ」
机の上にkreepが置いてあるのでペンを持ってきたというのは事実なのだろうけど、坂本の場合は次会った時に渡してくるようなタイプなので好奇心で家に来たと言うのがよく分かる。
また、噂の彼女という言葉が出たときに皐月が動揺していたので、多分それで隙を突かれてしまったのだろう。性格が悪いやつである。
「で?実際のところどうなんだい。誘拐じゃないんだろう?」
「もちろん誘拐じゃない。というか皐月の年齢で誘拐事件に巻き込まれたらまず間違いなくニュースになっているだろ」
「まあそうだろうね。じゃあ一体何者だい?君には兄弟姉妹はいないと聞いているし…」
どう答えたもんか。
正直に話してしまうのも俺は大丈夫だと考えている。なにせそれは事実であり俺であっても覆すことはできないからだ。
ただそれを坂本が信用してくれるかどうかは別だ。ある日突然ペンが女の子になったなんて言っても頭がおかしくなったのかと疑われるようだし、むしろ皐月がどこから来たのかをはぐらかそうとしているようにも聞こえる。
嘘ではないのだが、嘘ではないという証明ができないのが非常に厄介だ。
しばらく考えた結果、取り敢えず嘘偽りなく話してみることにした。
「今から言う話は事実だ。何も嘘は言わない。いいな?」
「いいよ。というかそんな前置きされるとちょっと怖いのだけど」
「…俺が持っていたmatendaが急に女の子になった。それが皐月だ」
何も嘘は言っていないし、皐月の出生について分かることも今のところこれだけだ。詳細を求められても困るが、これだけの情報で納得しろと言われても無理だろう。
その証拠に坂本は硬直してしまっている。
「…薬でもやったのかい」
「やってねえよ!」
「ペンが女の子なんて、ファンタジー小説でもあるまいし!」
俺もそうだとは思うけど、実際そうなってしまっているし。
原因が未だに不明なのでこちらとしても問い詰められても何も返答できない。
「もしかして最近君がいつものペンを使わなくなったのって…」
「matendaが皐月になっちまったからな」
「それで納得しろっていうのは無理があるでしょうっ!」
知ってた。ただパッと思いつく嘘というのもなかったし、口裏合わせもしていないので皐月に詳細を訊ねると齟齬が出てしまう。なので正直に言うことにしたのだ。
「はぁ、はぁ…えっと、夏目?」
「なんだ?」
「事件性はないんだね?」
「全くない」
そもそもとして皐月は出生届や血族がいないので事件になるはずもない。行方不明届けを出す人が存在しないからな。
俺がそう言うと坂本は少しだけ安心したかのような顔をした。
「君を警察に突き出すことになってしまわなくてよかったよ。数少ない友人だからね」
「お前は友人くらいいっぱいいるだろ」
「そうでもないんだよ」
乾いた笑いで誤魔化す坂本。もしかして俺が思っている以上に坂本って孤独なのか?俺より断然出会いは多いはずなんだがな。
「あ、あと、皐月ちゃんは彼女じゃないんだよね?」
「違うな。居候みたいなもんだ」
またも皐月が動揺した。料理中なので気を付けてほしい。
「…そうか。うん、まあ今日は遅いから僕は失礼するよ。また大学で」
それだけ言って坂本は出て行った。まじで何しに来たんだあいつ。
「なんだか、苦手ですあの人」
「そうか?」
「掴みどころがない感じがして、喋っていて疲れます」
確かにその意見には同意する。坂本は口調も相まって話していると手玉に取られているような感覚がするのだ。
「…仁さん、ご飯にしましょう」
「分かった」
気持ちを落ち着けるためにも食事は大切。
少し疲れた様子の皐月を見ながらご飯を食べたのだった。
「坂本、数時間も待ってのか」と思ったら評価や感想をお願いします。作者は知らない人と数時間同じ空間というのは勘弁したいところです。




