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十三話 ペンは新しい仕事を得る

「いってらっしゃい」

「行ってきます」 


 仁さんに弁当を渡して見送ったので私も行動を開始する。

 最近では毎朝のルーティーンとなっている朝食作りと弁当作りだけど、中々どうして面白いと思ってしまっている。仕事ではなく趣味なのでペンとしての矜持は気にならないのだけど、それでもここまでハマってしまうとは思わなかった。

 今日の予定は、まずいつも通り仕事をある程度した後は進藤夫婦のところに原稿用紙を渡しに行く。進藤夫婦は私の雇い主であり、料理を教えてくださっている優しい老夫婦です。

 その後に買い物に行ってから帰宅して仕事に戻ることになります。仁さんが帰ってくるタイミングで料理が完成するように動くまでは仕事をすることを毎日の日課としています。

 いつも通りせっせと電子情報の文字を原稿用紙に転写していく。やはり料理よりもこうして文字を書いているときの方が楽しい。ペンの本能…なのだろうか。


 一時間後、私は書き終わった原稿用紙をバッグにいれて進藤夫婦の家に移動していた。このバッグは仁さんが買ってくれたもので、安いものではあるけど紙の束をいれてもほつれることがない頑丈さがある。

 私が来てから出費が相当増えているはずなので仁さんには気を遣ってしまう。この仕事だってそこまで給料が高いわけじゃない。


ピンポーン


 家の前でインターホンを押す。文字は奇麗だと言われているし、誤字などもチェックしているのでダメ出しを貰ったことはないけど、この待ち時間は妙に緊張してしまう。


「はいはい、皐月ちゃん、お疲れ様」

「いえ、こちらこそ、いつもありがとうございます」


 出てきたのは進藤妙子さん。七十歳でありながらも毎朝ランニングをしている元気な御方です。


「入って入って。今日の料理を教えるわ」

「ありがとうございます。失礼します」


 進藤夫婦は妙子さんのランニングを終えてから朝ごはんを食べるので私たちの家よりもご飯を作るのが遅い。だからこそ私は朝ご飯を作り方を教えてもらえるのです。おかげで最近は、仁さんの朝の定番だという食パンを食べていない。


「いらっしゃい」

「こんにちは」


 居間で新聞を読んでいる男性が進藤次郎さん。気難しい人ではあるけど、私の仕事の元となる電子情報を書いている人でもある。正確に言えば、書いていた、人だ。

 先に料理を作る。そしてご飯を食べている間に仕事の話をするのがいつもの流れとして定着している。私の仕事のせいで今までの生活リズムを崩してしまっているのではないかと心配しているが、そんなことは気にするなと二人が言うので私も聞かないことにしている。


「じゃあ今日は…」


 妙子さんの指導で料理が始まる。私もそれを忘れないようにメモを取り出して書き取る。これもまた、最近のいつもの流れとなっているのだった。


 料理が終わって夫婦が食事中。追加のデータを貰って帰ろうとした私を次郎さんが呼び止めた。


「皐月ちゃん、絵って描ける?」

「絵ですか…」


 私が書いている原稿用紙への転写作業は、詳しくは知らないのだけど何やら資料の作成に役立っているらしい。現代社会で電子情報のままではいけないというのも不思議な話だけど、資料だからこそ電子情報だけでなく紙として残しておくことが大切らしい。

 次郎さんはその資料に追加する絵が必要なのだと言う。転写ではなく、私が考えないといけないものだ。

 実のところ私は自分で考えて何かを書くということはしてきたことがない。当たり前だ。だってペンの時は仁さんが考えたことを私が書いていただけなのだから。ペンが思考して何かを書くなどあり得ない。

 だというのに初めて自分で考えて、しかも文字ではなく絵。正直言うと私には身に余る作業だと思う。


「もちろん別途でお金は出す。簡単なものでいいんだ。俺たちにゃそういう絵を描ける人の伝手がないから」

「…分かりました。やってみます」


 でも、なんとなくできるような気がした。だって、ペンは文字を書くだけじゃなく絵を描くことだって仕事だから。仁さんが絵を描くことはなかったけど、ペンとしての役割として絵描きは十分範囲内です。


「じゃあこれを」


 そう言って次郎さんは棚の中から一枚の紙を取り出した。そこには何やら複雑そうなグラフが書いてある。


「これを絵で表現しておくれ。絵はこれに」


 更にもう一枚紙を渡された。文字を書く用のものではなく、手触りからして別の用途。多分絵を描くための紙だろう。

 私は緊張しながら進藤夫婦の家を後にした。もし絵が描けなかったら謝ろう。稼ぎが増える分には仁さんだって怒らないだろうから、頑張るしかないですね。

 買い物に行こうと思っていたのに間違えてそのまま帰宅してしまうくらいには私は緊張していた。



「へぇ、よくできてる。これからも何度か頼んでいいか」

「あ、ありがとうございます。お願いします」


 数日後、次郎さんから褒めの言葉を貰った。とても嬉しい。

 その日から私は絵も描くようになった。趣味と料理と違って、仕事でするものだったから毎回妙に緊張してしまったけど、何度かやるうちに楽しくできるようになった。文字を書くだけじゃなくて、絵を描くことも楽しい。

 ペンの本質なのか分からないけど、私は一人そう思ったのでした。

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