Together!
「チサ、もう一回ブランコしたい」
「いいよ、交代するね」
私と沙里は、公園の隅にある藤棚の下のベンチへと移動した。
そのベンチに横に並んで座る。ブランコに乗るチサちゃんと背中を押すお兄さんの姿を見ていた。
「兄妹だよ」
私がそう言うと、「えぇっ」と沙里が驚きの声を上げる。
「歳、離れ過ぎじゃね? お父さんかと思ったわ」
「んなわけあるかー。お兄さん、高校生だよ。うちらと同じ学年」
「うっそ見えん。老け顔だな」
「何気に失礼だな」
私はブランコで遊んでいる兄妹をまじまじと見た。沙里もそんな真剣な私の様子を見て、同じように兄妹を見る。
私は言った。
「よく、見るんだよ」
少しの沈黙。
「ブレイクの詩、思い出して」
「う、うん」
沙里がこめかみを指で押しながら必死で思い出そうとしている。私は続けた。
「注意深くね。注意深く見るの。観察して」
お兄ちゃんはチサちゃんの背中をずっと押し続ける。チサちゃんは楽しそうに笑っている。
「笑顔がヒマワリ」
チサちゃんは、お兄ちゃんもっと高く、もっと高くうと笑いながら叫んでいる。
「なるほど。あんたらしい解釈。いいねえ」
あはは!
「まあそれもいいけど。ねえ、沙里。あれってさあ、ブランコに乗ってる子の背中を押すのって、中途半端な姿勢で結構キツいんだよ。そのうち、腕とか腰が痛くなんの」
「そうなんだ、お兄ちゃんは妹思いのガンバリヤだねえ」
「そうそう。よく気がついた」
私が言うと、沙里が両腕を自分の膝に立てて、頬づえをついた。
「これがあんたの世界」
「うん、そう」
私が応えると、沙里は微笑んだ。私はそんな沙里の横顔を見て、心が満たされていく。
「あのお兄ちゃん、N高の男子と全然違えな」
いつも沙里をナンパしてくる、派手な男子高の名前を口にする。
「あの人、N高だよ」
「えっ! マジか」
その後に来るだろう沙里の絶句を思うと、私は心の底からおかしくて。けれど当の本人が直ぐそこにいるしと考え直して、笑いを最小限に我慢する。
「赤いブラ、可愛いけど。それ目当ての男の子はもうやめなよ」
「だね。これからはさあ、よく見るようにする」
「注意深く、ね。そうするとさ、今までくだらんなって思ってた世界が変わるんだ。自分の見る目を、自分で変えるんだよ。それが異世界への行き方」
「はは、マジ異世界だったわ。沙保里、連れてきてくれて、ありがと」
「ドウイタシマシテ」
「それにしても、あんたはよく見てるわ。あのお兄ちゃんは、なるほど見かけによらず、中身はイケメンだ」
私はその沙里の言葉に笑ってから言った。
「妹思いってだけじゃないよ、他にもねえ、」
お兄さんがこっちへ向かって歩いてくるのが見えて、口を噤む。
「あのさ、これ。いつも妹が貰ってばかりで悪いから」
チロルチョコがたくさん入った袋を差し出してくる。
「友達と分けて」
チサちゃんが公園の入り口で手を振りながら、お兄ちゃーんと叫んでいる。私はありがとう、とチョコを受け取ってから、チサちゃんに向かって手を振った。お兄さんは小走りでチサちゃんの元へと走っていった。
「よく見てて」
そして手を。
手を繋いで帰っていった。
恥ずかしい、そんな素振りも躊躇も、これっぽっちも見せることなく。それがさも、当たり前というように。
「ナルホドー」
沙里が言って、私が頷いた。
「あんたってば、何だろう」
うーん、と唸って沙里が何かを捻り出そうとしている。
「そうだっ‼︎ あんた、勇者じゃなくってねえ、頭の良いヒゲの生えたおじいちゃん的なの居るじゃん?」
「あはは、賢者ね。ちょい待て、私もじーさんかーい!」
そして、ベンチから勢いよく立ち上がると、「沙保里! 今度さあ、お兄さんの友達、ダサいのでいいから紹介してって言っといてっ!」と叫んで、私を大いに笑わせた。
そして、私は一息ついてから、少しだけ通る声で明るく言った。
「今度は、あんたの世界に連れてってよ」
沙里は、にかっと笑って親指を立てた。