Another world
沙里と私の声が同時に飛び出した。慌ててブランコの速度を落とし、お互いを見る。
私は飛び降りて花冠を拾い、頭に乗せると、沙里はまだその場に突っ立って下を見ていた。
「どした?」
沙里の視線を手繰っていくと、そこには黄色の丸い玉。地面の上で陽に照らされて、ピカピカと光っている。
「口、から、アメ、出た」
ぶはっと吹き出した。
「ははははっなんでカタコト! あははは」
お腹を抱えて笑っていたら。沙里も同じように大笑いを始めた。
二人で笑い、そして大笑いした。
✳︎✳︎✳︎
ブランコに揺られながら少しの間そうしていると、小さな女の子が公園へと駆け込んできたのが見えた。
「あっ‼︎ おねえちゃん、こんにちはっ‼︎」
いつもころころ仔犬のような女の子。
「知ってる子?」
隣の沙里に聞かれて、頷く。
「ここでよく会うの」
女の子が近付いてくる。訊いたことはないけれど、歳は多分小一か、小二くらい。
「おねえちゃんのお友達?こんにちは」
沙里がブランコから立ち上がって、スカートを両手で押さえつけて直す。
「こんにちは」
「ブランコしてたの?」
「うん、楽しかった」
沙里が屈託なく笑う。
「チサもやるっ‼︎」
その言葉に私は立ち上がって、言った。
「また背中、押してあげよっか」
「うんっ」
私がチサちゃんと交代し、鎖を後ろへと引っ張ってから離す。少し屈んで、小さな背中を優しく押した。そんな私の様子を、沙里が見ている。
「おねえちゃんたち、花冠可愛いね~。お姫様みた~い」
ゆっくり行ったり来たりしながら、チサちゃんは大声で叫んだ。私と沙里は顔を見合わせて、笑い合う。
「今ねえ、異世界ごっこしてんの。私たちはお姫様じゃなくて、勇者なんだよ」
背中を優しく押しながら、私は言った。すると、沙里が「え、そんなのやだあ」と言って不服そうな顔をする。私は同じような顔を作ってから、言い返した。
「じゃあ、あんたは何がいいわけ?」
「んんん、神秘な森に住む妖精の……なんか羽根とか生えてるやつ」
「羽根と触覚はだいたいセットだから」
「触覚⁉︎ ないとダメ? うえぇキモ」
私がぶはっと笑うと、チサちゃんが足で地面を滑らせてブランコを止め、振り返って言った。
「じゃあ、チサがお姫様がいい!」
「いいよ」
私は自分の頭から花冠を取ると、チサちゃんの頭に乗せた。可愛らしいお姫様のできあがり。
「かっわいい~めっちゃ似合う‼︎ リトルプリンセスだあ」
沙里が得意な褒め上手の技を、存分に発揮している。チサちゃんはまんざらでもないようで、ニコニコと嬉しそう。満足するまでブランコを堪能すると、バイバーイと言いながら、公園の入り口へと駆けていった。
「あんた、ほんと褒めんの上手だね。沙里の特技だよ。あんたに褒められるとねえ、皆んな、ああいう顔になるの。これこそ魔法だね」
沙里が突然、顔をくしゃりと歪ませると、もじもじしながらありがとねと小さく言った。
「はい。じゃあ魔法使いのじーさんに、けってーい!」
「じーーーーさんかい!」
空高く、あはは。声が響き渡った。
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それから少しだけ夕暮れの予感がしてきたころ、公園の入り口が再度賑やかになった。
チサちゃんがもう一度やってきて、今度は誰かの腕を引っ張っている。Tシャツにジーンズのその男子は、チサちゃんに引っ張られながら、私たちが座っているブランコの方へとやってきた。
「あの、チサに花冠をありがとう」
気恥ずかしそうに頭を掻きながら、礼を言う。チサちゃんの歳の離れたお兄さんだ。