Let's
「To see a world in a grain of sand,And a heaven in a wild flower……」
「ちょ待て待て待てぃ! 急になんなん?」
「何って、英語の授業でやったじゃん。ウィリアム ブレイクの詩」
「ムリムリそんなの覚えてねぇ~」
私はちょっと面倒くさくなったけれど構わず、諳んじた。
「一粒の砂に一つの世界を見て、一輪の野の花に一つの天国を見る。手のひらに無限を乗せ、ひとときのうちに永遠を感じる、だよ」
「は? どゆ意味?」
沙里の、ぽかん顔。
「どういう意味って、日本語だっつーの」
「あ? じゃあ古文か! 古文だな! だって、なんて言ったか全然分かんねぇもん」
私は笑いながら続けた。
「だからあ。よーくよーく物事を注意深く見るんだよってことなの。そうすると、一粒の砂の中に世界が見えてくんの。野の花の中に天国が見えてくんの。あんた次第で、永遠を感じることができるってこと」
「え、何、その深イイっぽいの。篠田のやつ、そんなこと言ってたっけえ?」
「いや、これはわたくし個人の解釈になりけりいとおかし」
沙里は、ぶっと吹き出すと、満面の笑顔を寄越してきた。
「沙保里い、あんた、マジ凄ええぇぇ。外国人か。天才か。乙女だわ。天才だわ~」
いやあ、あんたの壊滅的な日本語の方が!
そう心の中で呆れながらも、私は人差し指で鼻の頭を掻いた。
「ででで? そんでまあ、それは分かったとして。で?」
私は前を向いて、姿勢を正した。そして。
「じゃあ、今からやってみます‼︎」
「おうっ‼︎」
「ついてきてっっ」
そして、私と沙里は並んで歩き出した。
✳︎✳︎✳︎
「ストォップ!!」
私が声を上げると、沙里が一歩前に出した足を引っ込めて戻り、私の肩に肩をドンッ。立ち止まった。
「……ん?」
そこは、私がいつも学校から帰る道の途中、住宅街の一角にあるぽかりと空いた空き地だ。
いつの頃に立てられたか分からない『売地』の看板。そのサビサビな看板と並べられて立っているのは『良い子はここで遊ばない』。
「何、ここから異世界に行くの?」
「そーそー」
「良い子は遊んじゃだめって」
「良い子だと思ってるとしたらウケる」
私は訝しむ沙里を置いて、鎖を跨いで空き地へと足を踏み入れた。空き地の真ん中辺りまで進むと、そこに広がるのは緑の絨毯。そして真っ白なシロツメクサがぎっしりと咲いている。
「ここ。座って」
「……沙保里ぃ、ここすごいね」
沙里が感心したように辺りを見回しながら、よっこいしょとその場に座った。
「でしょー。あんたはここから四つ葉のクローバーを探して」
「え、この中から?」
「そうそう」
私はシロツメクサの花の茎を千切った。何本かを千切ったところで沙里を見る。茶色に染めた肩まであるストレートの髪。四つ葉を探して手を伸ばす度に、さらさらと揺れる。
私たち名前が同じだあ! そう言って大笑いしていた高校入学の頃を思い出す。黒髪でちっとも面白くもない、なんとも笑わない私を、いつも笑わせてくれるおバカな女子。
名前だって、私には「保」という漢字が入っていて、一緒って訳じゃない。そう抗議すると、「どうして沙保里って、さおりなの?」と言って、意味不明。
よくよく聞いてみると、「保」を「お」と読むのが不思議だったようだ。そのことが解明された時、私たちはもう友達になっていた。