Yeah!
キミノセカイ
~ツテがなくても、異世界に行ける方法って
「って、ない?」
同じクラス、隣の席の筈見 沙里が訊いてきた。
「ぶっ」
吹きそうにな……いやうそ実際吹き出した。この教室という静謐でがらんどうな空間で。
私はこの時、鼻と口の間に挟んで弄んでいたシャーペンを、吹き出した拍子に落っことし、結果、机の上でカランと乾いた音を響かせた。浴びたくもない注目を集めてしまう羽目に。うえぇ。視線きっつ。
それなのに、だ。もともとの原因の張本人、沙里が、そんなの関係ねえって感じで、畳み掛けてくる。
「ねえねえ聞いてんの? 沙保里ってばあ。異世界に行ける方法!」
スルーすべきことは重々承知。
火曜日の二限目、国語の授業。先生の出張やら何やらで自習になっているのにもかかわらず、こいつったら空気よめねー。でも相手してやらんと永遠にねえねえねえねえ地獄が繰り返される。
「……聞いてるけど、聞いてない。っつか、なして異世界?」
「聞いてんじゃん」
「仕方なく」
私は呆れ口調を全開にして言った。
「行きたいの? 行って何すんの? 何やりたいのどうしたいの?」
「んー、異世界と言ったらわくわくする冒険とかあ、うきうきする恋だとかあ」
うきうきわくわくるんるんねー。で、一瞬の沈黙の後に私。
「え、覚えてない? 冒険ならしたじゃん、この前」
ん? という顔の沙里。けれど直ぐに思い当たったのか、今度はクラス中に行き渡るくらいの、得心した声を出した。
「あ~あれねえ。そうそう。初めて買ったわ。赤いブラジャあ」
クラスのあちこちで、ガタガタッ。よしもとか! とつっこみつつ大丈夫大丈夫、落ち着いて。ここ女子校。学校の隅から隅まで女子しかいないから。けれど、もうそろそろ苦情が来そうだなあ。
「って、違ええ。そっちの冒険じゃなくって、あっちの冒険。勇者とか魔王とかぴーち姫とか」
「筈見さんたち、静かにしてよ」
ほら怒られたあ。
「あっ、ごめ~ん」
私は仕方なく前を向いた。みんなさあ勉強してんだよ。勉強の邪魔はしちゃいかんよ。
意味なく開いていた教科書を、私は両手で持って立て直した。そして、少しの間をおいて言った。
「あるよ。ツテがなくても異世界に行ける方法」
今度は教室のあちこちでガタガタッと響かないのを確認すると、赤いブラジャーより破壊力なかったわと、ふっと吹き出した。
✳︎✳︎✳︎
「で? どうやんの?」
学校帰り、二人並んで帰る、いつもの光景。
私が笑うと、沙里は少し怒ったような顔で横から言葉を投げて寄越す。
「うあ、もしかしてフェイクだった? あたしやられた系?」
「いやいやフェイクじゃないよ。異世界で冒険でっしょ」
「マジできんの?」
「できるよ」
「どうやんのよ? ねえ、本当にできんの? ねえねえ」
その言い方。信用してないな。少しだけイラっとする。そうなるともう、私の反撃はいつも決まった方法で、だ。勉強の苦手な沙里にわざと、難しく言う。