第三話 ショッピングモール・ショッキング
俺はその日の授業も、いつもどおり適当に受けていた。将来なんの役に立つかも不透明な知識を蓄えている暇があったら、アニメやゲームをしていたい。いつからか、そう思うようになっていた。
「お兄ちゃん!」
突然そう呼ばれて我に返ると、目の前には馴染み深い妹の顔があった。
「お昼一緒に食べよ?」
そう言いながら首を少し傾ける妹。しかし、学校の中で"お兄ちゃん"と呼ばれるのは少し気恥ずかしいものだ。
「急にお昼ったってなぁ……。俺も毎日一緒に食ってる友達がいるんだから……」
そんな風に苦言を呈しながら、件の友達にアイコンタクトを送ると、(大丈夫だぜ!)と言わんばかりに親指を立ててウィンクをしてきた。
「ほら!お友達も大丈夫だって!」
「分かったよ、仕方ないな。で、どこで食べたいんだ?」
俺は気恥ずかしさもあって、思わずつっけんどんな態度を取ってしまったが、妹と学校でご飯を食べるのもたまには悪くないか。
「うーん、屋上とか?」
「開いてねえっつの。中庭でいいか?」
「うん!天気もいいしね!レッツゴー!!」
そう言いながら、妹はお弁当を持ってない方の手を高く挙げて、元気よく教室を飛び出すのだった。
「えへへ、こうやってお兄ちゃんとお弁当食べるの、初めてだね」
中庭の木陰に設置されたベンチに腰を下ろした俺と美代は、早速弁当を食べ始めた。 「ん?まあそうだな。家にいる時は弁当なんて食わないし」
「あ!私あれやりたい!おかずの交換っこ」
「交換ったって、弁当の中身は一緒じゃないのか?」
「あ……そうだった、えへへ」
家事も勉強もしっかりしているが、たまに抜けてるんだよな、美代は。
「ほら」
俺は普段の感謝を思い出し、箸で掴んだたまご焼きを妹の前に差し出した。
「え?」
「お前、たまご焼き好きだろ。唐揚げと交換してくれ」
「お兄ちゃん……!」
美代は目を輝かせて俺とたまご焼きを交互に見る。そのままパクリ!……といくかと思ったが
「でもダメー!唐揚げとたまご焼きなんて、釣り合ってないでしょ!私は唐揚げも好きなんですー!」
美代は謎の価値観によって俺の愛のたまご焼きを拒否した。
「なんだよ、人が折角親切してやってんのに」
「えへへ、ありがとね」
少し俯いて、かすかに開いた口からそう漏らした美代は、何故かとても儚げに見えた。
「じゃあお兄ちゃん!放課後また教室に行くからね」
お昼ごはんを食べ終え、校舎に入ったところで美代はそう言った。中庭から入ってすぐの階段を上ると二年生の教室、そのままいくと一年生の教室だ。
「ああ。でも、俺が美代の教室に迎えに行くんでもいいんだぞ?わざわざ二階に来るの大変だろ」
「それはダメ……!……えと、恥ずかしいから!とにかく、私が迎えに行くから、お兄ちゃんはエッチな妄想でもしながら待っててね!!」
突然語気を強めた美代だったが、すぐにいつもの調子にもどり、よく分からない冗談を言って教室へと走り去った。
「お、おう」
全ての授業が終わり、春らしい景色を窓から楽しむ。おっと、こんな健全なこと考えていると妹に怒られてしまうな。エッチな妄想をしているように命じられたんだった。
「お待たせ、お兄ちゃん」
頑張ってエッチなことを考えようとしたところで、お馴染みの声が隣から聞こえる。
「おう、約束通り、エッチな妄想して待ってたぜ」
俺は少しだけ嘘をついて妹をからかった。
「ば、バカ!そういうのはいちいち口に出さなくていいの!」
「へいへい。そんで、買い物ってどこに行くんだ?」
「えへへ、知りたい?」
さっきまで赤面していた美代は、今度は意地悪そうにニヤニヤしている。忙しいやつだ。
「もったいぶる必要ないだろ。どうせ行くんだから」
「ちぇー。つれないなぁ。なんと、隣町のショッピングモールに行きます!」
「まあ、この辺でわざわざ買い物って言ったらそこくらいか」
「もっといい反応してよー!」
ぷんすかという擬音がぴったりな仕草をとる妹を横目に、俺は駅へと歩みを進めるのだった。
「わーい!久しぶりに来たなあ〜」
駅から徒歩数分の場所にあるこのショッピングモールは、この辺の高校生が遊ぶには定番の場所だ。しかし妹は受験もあったし、春休みは親の関係でばたばたしていたし、確かにしばらく遊びに出ていなかったんだろうな。
「はしゃぐほどの場所じゃないだろ」
妹の心中を察しつつも、人目が気になるので軽く注意する。
「そんなこと言わないでよ〜。さあ、早速レッツゴーだよ!」
しかしそんなもの、この元気な妹には無意味だったようで、相変わらずはしゃぎながら店内へと走り出していった。
中に入ってからも美代の天真爛漫は減速することなく、目についた店全てを周る勢いで俺を連れ回した。こいつ、パジャマを買うだけじゃなかったのかよ。
「お兄ちゃん!次はこっちのお店見……ちょっとこっちきて!」
「お、おい!急に引っ張るな」
もう何度目かも分からない入店宣言を自ら遮り、突然観葉植物の陰に匿われる。
「なんでこんな物陰に……?」
「シっ!見て、お兄ちゃん」
訳も分からないまま美代の視線の先を追うと、今朝出会った美代の友達がおろおろと周りを見回している姿があった。
「な、なんでここにえみちゃんが……?」
「分からない。偶然だと思って放っておいたけど、学校からつけて来てるみたい。お兄ちゃん、絶対ここから動かないでね」
「っちょ、おい!」
美代はそう忠告した後、勢いよく飛び出し、えみちゃんに近寄っていった。
「あれ!えみちゃん、偶然だね。えみちゃんもお買い物?」
「ひゃあっ!み、美代ちゃん……。うん、そんなところかな。そ、それより美代ちゃん、お兄さんは一緒じゃないのかな……?」
「お兄ちゃんに、何か用?」
幸いにも二人の会話は聞こえる距離。普段の美代からは想像できないような低いトーンで聞き返されて、えみちゃんは困惑している様子だ。
「用とかじゃないんだけど、ただ少しどうしてるかな~って気になっちゃって」
「えみちゃん、朝お兄ちゃんのこと見てからなんかおかしいよね。正直に言って。何が目的なの?」
「目的なんか……」
確かにえみちゃんの挙動はおかしかったが、元からではなかったのか……。そんなことを考えていると、突如後ろから羽交い絞めにされる。
「み、美代!!」
「お兄ちゃん!チッ!!気を逸らすのが狙いだったってワケね」
とっさに妹の名前を叫ぶ。それに反応した美代は、級友を放ってこちらに猛ダッシュする。
「待って美代ちゃん!その人に近づいちゃだめ!!」
それを制したのは、俺を羽交い絞めした犯人ではなく、えみちゃんだった。
「その人、服の下にいくつも武器を仕込んでる。近づいたら確実にやられる!」
「へえ、よく知ってるんだねえみちゃん。やっぱりあんたらお仲間ってこと?でもね、そんなの私には関係ないの!」
美代は友人の忠告に一瞬は耳を傾けたものの、すぐにまた俺の方へと突き進んできた。そうだ、美代には不死身の力がある!
「この不審者!今すぐお兄ちゃんを放せえええ!」
不審者は俺を抑え込みながらもその袖の下からスっと短剣を出した。本当に服の下に武器を隠し持っているのか。まるで手品だ。顔面に殴りかかる美代の腕は、ズシャアッと音を立てて切り裂かれていく。
「フン、口ほどにもない」
しかし、飛び散った血しぶきは途中でその動きを止め、逆再生でもするかのように腕へと戻っていく。そして勢いを止めない拳は、見事に不審者の顔面にヒット。俺はバランスが崩れた隙に腕から抜け出すことに成功した。
「お兄ちゃんを狙った目的は何?」
「へっ!そんなこと聞かれてホイホイと答えられるほど、この仕事も楽じゃないんだよ」
「そう。なら力づくで答えさせてあげる!!」
目に見えそうなほどの殺気を放つ美代は、またも正面から不審者に挑んでいった。しかしこの男も負けてはいない。二度目は通じないといった風にひらりと美代の拳を躱し、どこからか取り出した拳銃で妹を打ち抜いた。
「剣が効かなければ拳銃って、幼稚な発想だなあ……。不死身の私にはどっちも効かないに決まってるでしょッッ!!」
そう言い放つと、確かに美代の血肉はその持ち主へと帰っていく。
「チッ、報告通りか。気味が悪いったらないぜ」
その不死身を活かして何度も殴り掛かる美代。男も軽い身のこなしでそれらを躱しながら拳銃や短剣を次々と取り出し、投げつけ、発砲し、またどこからともなく取り出して応戦する。美代はその攻撃を躱すことはしない。全てを受け止め、そして再生しながら男の懐へ入り込み、その拳を、足をひたすら打ち込んでいく。泥仕合のように見えるが、美代の方がおそらく不利だ。なぜなら、あいつは澄ました顔をしているが、実際には被弾の痛みを背負っている。そう思った瞬間、美代の左手が男の腕を掴んだ。
「チェックメイトね」
これで一発食らわせられる!しかし、男はなにやら余裕な表情で服の下に手を入れる。何をする気だ?
「血肉は再生できても、この攻撃に耐えることはできるかな?」
そう言いながら振りかざした男の左手には、しかし何も握られていない。
「何ッ!?」
「確かに、スタンガンなら美代ちゃんを気絶させられるかもしれませんね」
バチバチッという音と共に男は床に倒れる。その後ろに立っていたのは、えみちゃんだった。