フランツ・フィーア・ヴァイシュタイン
Q:説明に説明を混ぜたらどうなりますか?
A:読みにくくなります。
「あー、俺がこの剣士クラスの授業教官のジャンだ。」
広い野外運動場、よく晴れた陽の下で無精髭の冴えない剣士が挨拶した。
「この授業を受けるってことは剣士のクラスがあるかその取得を目指してるってことで知ってる奴も多いだろうけど、剣士のスキルについて説明するぞ? まずパッシブスキルとして…」
…やはり、リゼル・ドライ・ヴァイシュタインだ。
しかし、フランツにはジャンの説明は届いておらず、彼の目にはなぜここにいるかはわからないがなぜかここにいる1人の少年に釘付けにされていた。
「…斬擊強化は剣とか斬るタイプの攻撃の威力を上げるスキル。武器性能向上(剣)は装備している剣の切れ味や折れにくさなど基本性能を上げたり、刃こぼれや脂の付着なんかを防いでその性能を維持する効果のスキルだ。あと…」
直接会ったことは数えるほどしかない。だがリゼルはフランツにとって因縁の相手だ。
というものリゼルのドライ・ヴァイシュタインはフランツのフィーア・ヴァイシュタインにとって快く思えない家だからだ。
ヴァイシュタインの4つの分家はそれぞれ役割が異なる。具体的にはドライは財務、フィーアは警備だ。そして領内の金勘定、王の近衛近侍としては財政関係の相談役を勤めるドライに対し、王家や本家の警備ではあるが本来王から直接お声が届く距離に控える近衛近侍から離れた距離で働くフィーアは内にも外にも下の扱いを受けていた。
剣士でありながら金勘定が得意で時にゴマすりドライとも揶揄されるドライより、王から離れた警備ではあるが剣士として働いているフィーアが下とされることがフィーア・ヴァイシュタイン家にとって耐え難い屈辱であった。
「…素早さと筋力、身体能力が上昇するのはこの2つだな。基本、接近攻撃面に特化してるから防御に特化した騎士のクラスなんかは不利で、回避して接近が効くから弓士のクラスなんかには有利。範囲攻撃が出来る魔法使いのクラスは遠距離だと不利だが奴らは詠唱が必要だからその間に近距離まで接近出来れば有利、まっ状況次第ってやつだ。で…」
そんな家に生まれ、ドライのリゼルは同い年なのだ。幼い頃からリゼルに負けるな、リゼルに勝てと言われ続けた。
しかも分家頭であるアインス・ヴァイシュタイン家に女児しかおらず、だが2番目の分家であるツヴァイ・ヴァイシュタイン家は同い年の男児はいるが長男であるため子種だけが目当てのアインスの婿養子には出したがらず、必然的にリゼルがアインスの入婿候補筆頭であった。そのためドライに負けるなが常のフィーアでもさらにフランツにかけられたプレッシャーは常の比ではなかった。なんとしてもリゼルより優秀であることを示してアインスとの婚姻を結ぶこと、それこそがフランツの生まれた意味であるとばかりに育てられたほどだ。
「…次はアクティブスキルだ。剣士のクラスは魔力を消費する魔法型のアクティブスキルとは違って他の物理型のアクティブスキルと同じ1日で使用回数が決まっている感じだ。下級クラスなら1日10回、普通なら20回、上級なら40、高級80、マスター160が制限だ。まあ1日とは言うがこれは十分な休息で回復するという意味で…」
そんな中、あの事件が、あの本家でのクラス鑑定が行われた。
そう、リゼルが高級鍛冶士であることが判明したのだ。
「…そんなわけで例えば朝一にアクティブスキルを使いきったとしてその後部屋とか戻って十分な休息をとれれば夕方にはまた使えるようにはなっているが、夕方から動いたとしてどれだけ活動できるか、昼寝ておいて夜も寝れるのか、夜ろくに寝れずに翌日十分な休息がとれたと言えるのか、そういったことから下手に生活リズムを崩してその日だけ使用回数を増やすのは賢いとはいえないな。だから使用回数は普通の生活リズムでの1日と考えて問題ないぞ。むしろ問題なのは…」
わけがわからなかった。前を走っていたはずの者が転けたというより、突然消えたのだ。周囲が皆こぞってリゼルに罵声を浴びせる中、フランツだけが理解が出来ず動けずいた。
だが動けなかったからこそ周囲がよく見えた。だからこそ、見えてしまった、気付いてしまった。自分の両親が、フィーアに仕えている者たちが嬉々として、まるで負けるはずのないレースをしていた敵の走者が勝手に転けて勝ち目のないはずの自分の走者に勝ち目が回ってきたことを喜ぶように、リゼルに罵声を浴びせている事に気が付いてしまった。
「…というわけで十分な休息のとれない状況、例えば冒険者として依頼の途中、衛兵や騎士で従軍の途中、そんな十分な休息のとれない夜営なんかだと使用回数が完全に回復しきらないことがあるから注意が必要だ。
じゃあ最後に具体的にアクティブスキルの実演をして…」
俺では…俺ではリゼルに勝てないと、俺はリゼルに劣っていると思われていたのか!!
そんな疑問がフランツの心にトゲのように刺さった。
もちろんそういったわけではない。そもそもリゼルとフランツは互いに力比べを競ったこともなければ、それぞれの実力を本家に見てもらったことすらない。明確にフランツがリゼルに劣るものをあげるのならそれはそれぞれの家がそれまで積み上げてきた政治力の差である。だがそれを認めてしまえば劣っているのはフランツの父や代々当主であり、つまりはフィーアそのものがドライに劣っていたとなってしまう。
「…まずはクイックスラッシュ。」
ひゅんっとジャンは人間業を超えた高速の剣を振った。
「発生前の溜め、発生後の硬直がほとんど無い高速の剣だ。ただ威力は高くないから奇襲や牽制で使うことが多いな。…」
平民の生徒たちから歓声がわく。
一部の天才と呼ばれる者たちはクラスを得たときになんとなくでアクティブスキルの使い方がわかるというが、普通の人はそうではない。こうやって実際にスキルを見て、聞いて、理解してはじめて使えるようになる。
成人の儀の前に鍛えている貴族と違い、成人の儀ではじめてクラスを知った平民たちにはこれがいわば剣士としての最初の一歩なのだ。
…俺は、どうだっただろうか……?
喜ぶ生徒たちを見て、フランツは自分がはじめてアクティブスキルを使えるようにはなった時のことを思い返す。
「次はヘビィスラッシュだ。」
ジャンが剣を振るい岩を斬りつけると、大岩は激しい衝撃で砕けて飛び散った。
「見ての通りへビィスラッシュは高い威力のいわば必殺技だ。だけど反面、溜めや硬直が長いから隙が大きい。使うときはよく注意するように。」
再び歓声がわく。
…ああ、
思い出した。俺は灰色だった。周囲が照らす白色が自分のなかのわだかまりの黒色と混ざる灰色。
周回遅れのスタートのはずがスタート前にゴールしたように扱われる。納得できない自分がいるのに受け入れるしかない状況が出来ている。
おかげで最初の一歩のはずなのにどこに進めばいいかがわからない。
「最後はソードストライクだ。」
ジャンが剣を振ると斬擊が飛び、少し離れた位置の案山子を真っ二つに斬った。
「距離によって威力は減衰するから実際の有効射程はあまり広くない。だから弓士や魔法使いと遠距離で打ち合うというより、距離を詰めるための牽制や距離をとろうとする相手への追撃といった中距離での使用が定石だな。
ただヘビィスラッシュほどではないが溜めや硬直はあるから注意しろ。」
それからの自分は宙ぶらりんだった。今でもそうだ。
名門ヴァイシュタインの名を名乗る以上、生まれだけでなくそれに見合ったクラスが必要だ。具体的には上級剣士以上か普通剣士+普通以上の分家ごとに必要となるクラスが条件だ。
フランツが生まれつき持っていたのは下級剣士、下級斥候、下級料理人だった。
「クラスが上がれば使用回数が増える他、魔力を消費しての威力の増加や、連擊、コンビネーションが出来るようになる。ああ、魔力を消費するとき、魔法使い系のクラスがあったり武器に魔法石を装飾で埋め込んであったりすれば、それぞれ火や水、その他対応した属性を攻撃に乗せることも出来るぞ。」
高い探知能力を持つ斥候は警備が役割のフィーアにとって必要とされるクラスの1つだ。だからフランツは順当に成長すれば十分なはずだった。
ヴァイシュタインの優れた訓練により順調に下級剣士は普通剣士となった。だが下級料理人が普通料理人になってしまった。
「…剣士のクラスのスキルはといった感じだ。
っと…残りの時間は……」
「教官!」
説明を終えたジャンにゴッシュが挙手した。
そしてリゼルとフランツをチラリと見る。
ヴァイシュタインはいわばブランドだ。規格に合わない物は表に出さない。
なので普通の貴族として普通の騎士団であれば十分にやっていけるフランツも、普通の騎士団ではヴァイシュタインの格を汚すとして職につくことが許されない。
当然、アインスとの婚姻は流れた。
フランツの今後は家臣の家の養子となりヴァイシュタインの名を剥奪されるか、放蕩貴族として冒険者になりヴァイシュタインの暗部に属するかだ。
「せっかくですのでクラスメイト同士、お互いに今の実力を知るために模擬戦を行いたいのですが?」
ゴッシュは言う。
おそらく先程落としたフランツの評価を取り戻したいのだろう。と、同時に時間がたって冷静になり、リゼルに対する復讐と格付けがしたいのだ。
…模擬戦か……
「模擬戦ねぇ…」
面白そう、やりたい、そんな言葉が生徒の口々からこぼれた。
リゼル・ドライ・ヴァイシュタインがなぜいるのかはわからない。
わかるのはリゼル・ドライ・ヴァイシュタインがここにいると言うことだけだ。
なぜかなど構わない。俺は俺がリゼル・ドライ・ヴァイシュタインより優れていることを証明する…!!
「わかった。それじゃあ残りの時間は模擬戦としよう。」
カチッ
歯車が足らずただその場でくるくる空回りをしていただけの自分。そんな足らない歯車がぴったりはまり、フランツの世界は再び動き出す。
そんな気がした。
Q:なんでこんな構成にしたんでしょうか?
A:わかりません。