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ルイス

 ギルドで入学と奨学金の手続きを済ませた後、リゼルは受付嬢のリサに連れられて下宿先となるゲオルグという鍛冶士の工房を目指していた。

 ちなみに入学についてはなんの問題もない。なぜなら学院はこの国の国民でありさえすれば犯罪者でもない限り誰にでも門戸が開かれているからだ。そのため学費さえ支払えば試験もなく入学出来る。

 まあ誰にでもとはいうが入学者の多くはその年の成人の儀で自分のクラス知った者たちであるため、学院のスタートは成人の儀からおよそ1ヶ月後となっている。


「鍛冶士って気難しい頑固者とか怒りっぽいとかそんなイメージで怖い感じかも知れませんが、ゲオルグは全然そんな感じではないので安心していいですよ。」

「はい。」


 その道すがら、リゼルは学院ではなくゲオルグという鍛冶士の説明を受けていた。


「まあ、どちらかと言えば少しなよなよしたやつですけど…… あっ腕の方は確かですよ? そりゃあベテランの名工と呼ばれる方々と比べたら劣りますが… それでも若手では注目株とか呼ばれてますし、それにそういった方々がやらない挑戦的な仕事もしてますからいい刺激になると思いますよ?」

「挑戦的な仕事?」

「ええ。ほら、この辺りって伝統的に剣ならロングソードもショートソードも両刃の直刀、槍ならランス、みたいなとこあるじゃないですか?」

「ああ。」


 ヴァイシュタインは王の近衛近侍である。そのため領内の騎士団や衛兵たちはそういった伝統と格式に則った装備に統一され、おのずと領内で生産される武具の多くはそういったものに偏る。


「ゲオルグは、…何て言うんでしょうかね?冒険者よりの鍛冶士?とでも言いましょうか? そういった画一的な武器よりも他の地域の出身者に頼まれて作る曲刀みたいな他の地域の武器だったり、個人の好みに合わせて作るオリジナルの武器だったりをメインでやってる鍛冶士なんですよ。」

「なるほど…」


 確かにそれは面白そうな人だ。

 だが…


「いや、俺。鍛冶士になる気はないですよ?」

「えぇ、いいじゃないですかぁ。」


 なんだか…というか確実にこのリサという受付嬢はリゼルを鍛冶士にしようとしている気がする。


「どうしてそんなに剣士にこだわるんですか?」

「…ただの憧れじゃ駄目ですか?」


 そう、剣士になりたいのはただの憧れだ。剣士に命を救われただの、病気の子供と約束しただのそんなドラマチックな理由などないただの憧れ。幼い頃剣士になれと親に聞かされ、剣士になるんだとせがんで聞いた、そんな英雄譚に出てくるような剣士へのただの憧れだ。

 もちろんバカなことだってわかっている。もし別の立場なら俺だって「なにバカなこと言っているんだ、現実を見ろよ」と諭しているだろう。

 でも、それでも… 何もしないで諦められるほど、俺は賢くないんだ。


「駄目、ではないですが… 冒険者は本当に危険なんですよ?クラスレスだと本当に命を落としてしまうなんて話は珍しくもないんですよ?」

「わかっています。」


 リゼルの言葉に、リサは小さくため息をついた。


「少し前にも一人いたんですよ。料理人とか裁縫士とか、女性的といいますか家庭的といいますか…そんなクラスを持った子だったんです。まあ、外見もかわいらしかったこともあるんでしょうけど、彼は男らしくありたいといって冒険者になったんですよ。」

「……」

「『男らしくありたい』『強くなりたい』そんな気持ちと『生活のためにもっと稼がないといけない』そんな問題から彼は無理をしてしまったんですよ。」

「…どうなったのですか?」

「安心してください。ちゃんと生きてますよ。」

「そうですか…」


 クラスレスで頑張っていたという話から少し同志のような気持ちが芽生え、リゼルはほっとする。


「ただ、依頼中に大怪我をおってしまいこれ以上は危険だと判断されて冒険者はクビになり、更にその怪我の治療に結構な額の借金を作ってしまいましたが…」

「えっ!?」

「ああ、でも安心してください。今は喫茶店で働いていて、彼の作るお菓子とか小物が女性や子供にとても人気で借金の方も問題なく返済できそうですし、彼も楽しそうに働いていますよ。」

「そうですか。」

「私は夢を諦めることをカッコ悪いなんて思いません。いいじゃないですか、諦めたって。それでも生きていれば新しい夢が描けるんです。そうして、自分のできることで新しい夢を描いて、周りの人に喜んでもらう。それってとっても素敵で幸せなことだと思いません?」

「それは……」


 無謀な夢に一人散ることと、現実的な夢で人々を幸せにすること…


「あっリサさん!」


 そんな考えが頭によぎった時、通りの向こうからかわいらしい少女がこちらに声をかけた。彼女は脚が悪いのか片足を少し引きずりながらではあるが嬉しそうにこちらに駆けてくる。


「ルイスさん、そんな無理をしなくても。体の調子はどうですか?」

「はぁ、はぁ、これくらいなんともないですよ。あんな無茶して大怪我をして、リサさんやギルドマスター、他にも色々な人にご迷惑をかけてしまったんです。ちゃんと体と相談してやってますよ。」


 ルイスと呼ばれた少女は軽く肩で息をしながらも爽やかな笑顔で微笑む。

 ってあれ?ルイスって男性名じゃ……?


「それよりリサさん、あの時は本当にありがとうございました。前から話を持ってきてくれたのに邪険に扱ってたのに、あの時だって私自暴自棄になってたのに、仕事も住むところも紹介してくれて…」

「いえいえそんな。」

「そんなことないですよ!リサさんは私の恩人なんですから。って、すみません。…えっと……そちらの方は…?」


 なんだか熱くなってたルイスだが、どうやらリゼルに気が付いたようだ。


「えっと、クラスレスの子なんですけど、冒険者を目指してまして…」

「クラスレス!?」


 ルイスはその単語にびっくりするくらいの反応を示し、リゼルの手をガシッと握る。


「元、ですけど私もクラスレスで冒険者やっていたんですよ。無謀な夢って皆には笑われていましたけど… だから私はあなたの夢を応援しますよ。でも、絶対にぜぇったいに!無茶だけはしないでください。無茶したら私みたいになっちゃいますよ?いいですね?」

「は、はい…」


 『私みたい』とは引きずっている足を指しているのだろう。

 ただ、次々填まるピースに対し、吐息が混ざるほどの距離にある澄んだ瞳の美少女(?)の真面目な顔。もう混乱してわけがわからない。


「えっと…ルイスさん? 仕事、大丈夫?」

「あっいけない、買い出しの途中だった。」


 コロコロと表情が変わり、かわいらしい少女にしか見えないが…


「そうだ! リサさん、新しく作ったぬいぐるみとかケーキが好評なんですよ。是非またお店に来てください!」


 そう言うとルイスはぱたぱた手を振って去っていった。


「…えっと……今のが…」

「…ええ、さっき話していた元冒険者です。」


 リゼルの言葉をリサが認めた。


「…『彼』なんですよね……?」

「ええ、なんでああなったかはわかんないんですけど…… というか最近では私も本当に『彼』なのか実は『彼女』なのか自信がないんですけど……」

「……」

「え、えっと… そ、そうだ!ゲオルグの工房!ゲオルグの工房はこっちですよ。」

「…はい。」


 なんだか微妙な空気になりながらも、ゲオルグという鍛冶士の工房へと向かい、住み込みの話をまとめるのだった。

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