剣士の
学院に入ってから三月ほどの時間が過ぎた。
冒険者コースでは薬草の見分け方やモンスターの解体方法など実技的なことをやっているが、剣士コースは相変わらず基礎的な素振り中心。
一応、藁の束を切る練習も入った。これがなかなかに難しく剣の手入れが悪くて切れ味が悪いのは論外だが、そうでなくともうまく切れない。
構えが悪くてもうまく切れない。つい両手で挟み込むように握ってしまうがそれではいけない。横から力が入っているため刃が真っ直ぐ藁に入らないし剣筋もぶれて引っ掛かってしまう。脇を締めて上から吊るすように構えなくてはいけない。
力任せに叩きつけてもいけない。もちろん藁は脆く、単なる力で切れないものではない。だが束になれば繊維が引っ掛かりある程度しか切れず、素早く引かなくてはうまく切れない。
くそっ
思い通り切れなくても、これもまだ基礎練習に過ぎない。
早く。もっとこう、手早く強くなる練習はないのか?
才能ある奴やスキル持ちはいとも容易くスパッと切断している。
その姿を眺め、俺は焦燥に駈られるのだった。
授業後の自主練習。リゼルは相変わらず左の短剣での受けの練習をしていた。不恰好な短剣も相変わらず、恐怖心も相変わらず。
だが仕方がない。いくら「死ぬのは怖くない」と言おうとも、いくら「なにも成せず生きるなら死ぬ気になった方がいい」と胸に刻もうとも、生きているのだから本能は生きようとする。死の恐怖を知ってしまった身体は思いとは裏腹に強張ってしまう。
だから恐怖心を受け入れて飼い慣らさなくてはならない。それが出来ればきっと生きて成すことが出来る。
まぁ、相変わらず、相変わらずと言ったが変わったこともあるわけで…
「ふっ、今日こそは一本取らせていただきますよ。」
対峙している相手はあの嫌みな貴族のゴッシュだ。ちなみに今は片割れのロッソはここにいない。聞いた話だとフランツと特訓しているらしい。
初めて出会った時は自主練に励むようなタイプには見えなかったのだが… まあ、真面目になったのは良いことだと思う。
それにゴッシュはこの練習の相手として割りと適している相手であった。
「すぅ…」
リゼルはひとつ息を吸い、腹の底に気を溜める。
「…どうぞ、お願いします。」
「はぁあああっ!!」
開始と同時にゴッシュは斬りかかってきた。
だがその動きを見極めていたリゼルも冷静に短剣を走らせる。
シャアン
金属の擦れる剣合の音。
ゴッシュの剣に沿うように振るった短剣はその軌道をそらし、僅かな動きでリゼルを回避させた。
「まだですよぉおおっ!!」
間髪いれずゴッシュは剣を振る。
シャアン、シャアン…
返す刀で振られるゴッシュの剣をリゼルは流す。
未だ決定力不足という最大の問題の解決には至っていないがこれが出来るようになってきたことはかなり意味のあることだ。
決して体格的に恵まれているわけではないリゼルにとって相手の間合いに居座り続けられるということは自身の攻撃に繋げるチャンスとなるからだ。
シャアン、シャアン、シャアン…
繰り返し続く剣合。リゼルの短剣は不可侵の領域を作っているかのようにゴッシュの剣を届かせはしない。だが、徐々に少しずつではあるがリゼルはゴッシュに押されていく。
「せやぁあああああっっ!!!!!」
ゴッシュは一際大きく声を上げて斬りかかってくる。
「っ!」
思わずリゼルは大きく後ろに飛び退き、その剣は空を切った。
…くそっ!
避けた、ではない。避けさせられた。
嫌みでねちっこい口調とは裏腹にゴッシュはいわゆる猪武者なタイプだ。牽制やフェイントを好まず、がんがん前へ出る。
攻撃は読みやすい反面、その攻撃には気迫がある。
気圧されれば身体は萎縮して動きが悪くなる。迫力に押されれば実際以上に大きく見え、間合いや威力を読み違える。
結果リゼルは引く必要のないところで後退させられたのだ。
呼吸を整え、再び腹の底に気を溜める。
「…もう一本。お願いします。」
「ええ、良いでしょう。むしろ私が一本取るまで、何度だって付き合ってもらいますよ。」
再び剣を合わせる。技量はリゼルの方が上、精神力はゴッシュが上。だがゴッシュの気迫に押し負けるか、それとも押し退けれるか、これは精神力の勝負だ。
…大丈夫。
リゼルは自分に言い聞かせる。
始めの頃は受けるしにろそらすにしろ、一合しか出来なかった。それが二合三合、三合四合とさばける本数が増えていき、今では十合以上さばけるようになった。
もっとも、誤算があったとすればそれはゴッシュだ。練習を重ねるにつれて躊躇いはなくなり気迫は増す一方。おかげでフェイントはないが躊躇いもないため完璧に見切らねば対処が間に合わず、増した気迫も相まって対峙しているだけで気力はごりごり削られる。
大丈夫。
ゴッシュがどう思っているかは知らないが、さっきはリゼルの敗けだ。でも今回は勝つ。次はどうなるかはわからない。勝つかもしれないし、また敗けるかもしれない。
大丈夫。
歩みは遅いかもしれない。今はまだ壁も乗り越えられるほど小さくはないのかも知れない。でも自分達はまだ途中なだけだ。勝利も敗北も、失敗も成功も全てを糧にすればいい。
日を重ねる毎に、少年たちは成長するのだった。
時系列的にこのために一話挟むのもな、と感じたのでカットされたゴッシュがリゼルと特訓している理由的なにか
「ゴッシュ、聞いたか?」
「なにをです? ロッソ君??」
あるの日放課後。帰宅の支度をしていたロッソはゴッシュにそう話し掛けた。
「リゼルが特訓をしているらしいぞ。」
「どこでですか!?」
驚いたゴッシュにロッソは詰め寄られる。
「どこでって…運動場らしいが……」
「なるほど…これは行かないと行けませんねぇ。」
「行くってどこへだよ?」
「決まっているでしょう。私たちも運動場へ行くのですよ!!」
得意気に答えるゴッシュにロッソは呆れた。
「…なにしにだよ?」
「なにって…特訓を手伝いにに決まっているじゃないですか?」
薄々思ってはいたが、こいつはバカではないだろうか?
なんの疑問もないゴッシュの顔にロッソは思った。ロッソとしては、俺たちもどこかでこっそり特訓しないか?そんな誘いのつもりだったからだ。
「どうしたのです?ロッソ君。早く行きますよ?」
「…いや、なんでリゼルとだよ?」
「決まっているじゃあないですか。リゼル君が立ち直ってくれないとリベンジできないでしょう!」
あっ、わかった。こいつはバカだ。
確かにフランツ様に負けたリゼルの凹み様は酷かった。それに初めての模擬戦では負けたが今はリゼルの弱手も分かっている。
「…立ち直るってことは弱手も克服するってことだぜ? どうするつもりなんだ?」
「それは…そんなことはその時考えますよ!うん。それにそんなことはまずはぶつかって見ないとわからないでしょう?」
「…はぁ……」
頭が痛くなってきた。
その時だ。
「おっ、ちょうどよかった。実はフランツの特訓をしてるんだが、相手が欲しくてな。時間あったりするか?」
ジャン教官がそう言ってやって来た。
フランツ様との特訓か……
ロッソとしてはそっちの方が強くなれる気がした。
「俺、行くぜ。」
「裏切るのですか、ロッソ君!?」
裏切るってなんだよ?
別に悪い意味でバカにしているつもりはないが、ゴッシュは些かというかかなり直情的というか思慮の足りない部分がある。
「ふ、ふん。いいですよ。私はリゼル君と特訓してきますから。私がびっくりするほど強くなって後で泣きべそかいても知りませんからね。」
「はんっ、お前こそ俺が強くなっても吠え面かくなよ?」
「ふんっ!」「はんっ!」
そんなことがありつつ、2人はそれぞれ特訓へと向かうのだった。
みたいなのをカットしました。