勉強
お久しぶりです
「り、リゼル…… 俺は、もうダメだ……」
トムが弱々しい声を上げた。
「トム……
いいから早く読んでくれ。」
「うわああああー……」
現在リゼルたちは冒険者コースの課題でダンジョンやモンスターについて調べているだけである。
そのため学院の図書室で調べ事をしているだけなのだが、トムは机に突っ伏し、カナリアは頭を抱え、マリィは辞書とにらめっこをしている。
無理もないのかもしれない。
一応この国では子供の頃に教会で読み書きや計算を習うので、教会のない小さな村の生まれでもない限り、読み書きは出来る。
とはいえ実際に読み書きをする機会は多くはない。手紙なんかはまともに読める文字となると書くのは代筆屋、配達には冒険者を雇うことになり、費用が嵩み過ぎて冠婚葬祭などよほどのことがなければ使われない。本は高価過ぎてあるのはそれなりの貴族の家か大きな都市の図書館、あと教会くらいにしかしないのだ。
とはいえヴァイシュタインで育ったリゼルにとってはなんの問題もないわけで…
「…むしろなんでリゼルは平気なんだよ……」
トムが口を尖らせて聞いてくる。
「まぁ…勉強したからな。詳しくは秘密だ。」
「なんだよそれ…」
「出自が謎な方が伝説になれそうだろ?」
「…悔しいがそれ、めっちゃわかる。」
ロマンを理解する男、トムはそれだけで納得してくれたようだ。
「くーっ…羨ましいなぁ。俺なんかただの農家の三男だぜ? あーなんか別世界からの生まれ変わりとかなんかこう…格好いいあれねぇかなぁ??」
「はいはい、別世界からの生まれ変わりさん。おとなしく本を読む!
で、リゼル。ここなんだけど…」
カナリアがツッコミを入れつつ、本を見せてきた。
「ん?…ああ、ここか。これは慣用句だな。このひとかたまりで意味が……」
「……っ! なあなあリゼル。これ読めるか?」
カナリアに教えていると退屈そうに本を眺めたトムが1枚の羊皮紙を見せてくる。
「ん?…これは公国語か? …『春はうららに草花は咲き誇り、鳥はさえずり…』ってなんだこれ??」
公国はここ王国に隣接する小国だ。どうやらその公国の簡単な言葉で書かれた詩のようだが…
「あっ! それ課題のやつ!!」
「ちぇっばれたか。」
カナリアがとがめ、トムはいたずらっぽく笑った。
「しっかしリゼル、共通語も出来るのか。すげぇな!」
公国は人類圏の最端に位置する小さな都市国家に過ぎないがかなり特殊だ。
というのも公国はドワーフ、エルフといった亜人の国とも隣接しており、それらと唯一表だって交易の結ばれた国だからだ。
そのため公国語は種族を問わず世界を旅する商人や冒険者の間で通じる共通語と呼ばれたりする。
「…勉強したからな。」
「なぁリゼル。共通語教えてくんね?」
さすがに怪しまれるかと思ったがトムが言ったのはそんな言葉だった。
正直、教えるのは問題ない。さっきの羊皮紙を見た感じトムが習っているのは基礎的な簡単な共通語だ。貴族が書簡で使うような故事や詩の引用で作られた歴史や文化を理解していないとまともに読めないようなものとは違う。
とはいえ…なぁ……
「なぁ頼むよリゼル。今度屋台でなんかおごるから。」
教えない理由があるとすれば怪しまれるからだ。だがトムは気にしない、カナリアは言いたくないことならと配慮している、マリィは察して触れようとしない。
「なら… 休日ならいいぞ。」
「やりぃ! っと…ところでリゼル。ひょっとして精霊言語も出来たりとか……」
「さすがに出来んぞ。」
精霊言語は魔法で使う特殊な言語だ。一応精霊を信仰する亜人たちは正式な書簡なんかに用いるためリゼルも辛うじて読むことくらいならなんとか出来るが、当然人に教えられるほどではないし、何よりもうやらかすつもりもない。
「マリィに教わったらどうだ?」
「はっ!そうか!! マリィ!いや、マリィ様!!」
トムはマリィにすがる。
「かまわないけれど…」
「けれど…?」
マリィがチラリとリゼルを見た。
「貴方はいいの?」
「俺か? 魔法系のクラスも無いし、意味ないだろ?」
精霊言語が使えてもクラスがなくては魔法は使えない。幼い頃のリゼルが勉強させられたのも亜人とのやり取りを宮廷魔法使いに独占させないためでしかなかった。
だがマリィは驚くべきことを語る。
「そんなこと無いわよ。私たち人間は元々の魔力が少なく魔法系のクラスが無いと魔力が伸びないから使えないと言われているだけ。クラス毎に対応した魔法適正はスキルとして与えられるから使えはするわ。」
「マジか。」
「ええ。それでもやっぱり魔力が足りないから使えるのは下級魔法を1、2回程度でしかないのだけれど…」
「…そんな話、聞いたこと無いな。」
宮廷魔法使いたちが魔法を独占するために秘匿にしていたのか?
「…亜人は魔力が多いから魔法系のクラスがなくても魔法が使えるの。だから…」
「なるほど。」
人間種には出来ないが亜人には出来る。つまりは亜人に劣っていると思われかねないから秘匿となっていたのか。
確かにそんなに発言をすれば王族など人間世界の中心人物からはいい顔をされないし、クラスを優先する教会関係者は黙っていてもらえた方が嬉しい。
「ちなみに鍛冶士のクラスだとどんな魔法が使えるんだ?」
「鍛冶士なら金魔法の適正が与えられるわ。それで使えるのは『メタル・プロテクション』金属製の装備の効果を20~30分程度高められるものよ。」
時間制限があるし剣士クラスのパッシブスキル、武器性能向上(剣)の劣化だろうか? …いや、『装備』ということは武器に限らず金属であれば防具も強化できるわけで、となると汎用性があり単純に劣化とはいえ言えない。
20~30分という時間制限も一戦と考えればそこまで短いものでもないし、切り札とまでは呼べなくとも有効的な手札とは呼べる。
「教えてもらえるのか?」
「かまわないわ。ただ…」
「ただ…?」
「その… 代わりといってはなんだけれど、私にも共通語を教えてくれないかしら……?」
マリィは不安げに少し顔を伏せ、恥ずかしそうに言うのだった。