放課後の特訓
「…161、162、163……」
剣士の授業。リゼルたちは運動場の端で素振りをしていた。
「あー、疲れた。つまんねぇ…」
隣のトムがこっそり話しかけてくる。
「そう言うな。」
「つっても…なぁ……」
なだめるリゼルだがトムは口を尖らせて運動場の中に目をやる。
「クイックスラッシュ!」
「ヘビィスラッシュ!」
「ソードストライク!」
そこではクラス持ちたちが案山子の的相手にスキルを振るっていた。
「ああいうの見せられたらやる気でねぇよ… あー俺もこう、ズバッとスキルを使いてぇなぁ…」
「…そう言うな。」
リゼルとしては諦めた道だ。だから繰り返しそう答えるしかない。
だがやる気がでないというトムの言葉はリゼルもわからないでもない。
こんなことして本当に強くなれるのか?
そう感じるのはかつて老師に言われた『数を求めることは無意味』という言葉が染み付いているからだ。
だからリゼルも毎日素振りはしているがあくまで完璧な太刀筋を見つけるためだ。だから疲れて振りが崩れるようならそれ以上はもうしないようにしている。
「こらっ! なにくっちゃべっとるんだ!!素振り100回追加!!」
教官のジャンが大声で怒鳴ると、素振りをしていた者たちからえーと不満の声が上がった。
「いいか! 強力なスキルの無いクラスレスでは敵を倒すのにとにかく手数が必要だ! くったくたに疲れてもう限界だってなってから一太刀振れるかどうかが勝敗と生死を分けるんだ!!いいな!!」
大声を上げるジャンの向こう、ゴッシュたちが笑っているのが見える。
「いやぁ~、才能の無い者たちは大変ですねぇロッソ君。」
「ははっまったくだな。」
くそっ、いい気なもんだな。
「なにを笑っているんだ? お前たちもスキル練習が終わったら素振りだぞ?」
しかしそんな2人にジャンは言った。
「…えっ? いや、僕たちスキル使えますよ??」
「下級クラスの回数じゃ実戦では全然足らん。だから終わったものから素振りを始めるように!!」
彼らも不満の声を上げたが、結局全員くたくたになるまで素振りをして授業を終えるのだった。
「あー、リゼル。ちょっといいか?」
「はい?」
授業の後、リゼルはジャンに呼び止められた。
「いや、なんだ… この後少し時間あるか?」
時間? 学院のある日の帰った後のゲオルグの手伝いは工房の後片付けだけ。基本ゲオルグの仕事が終わってからだし、遅くなったとしても少し睡眠時間が短くなるだけだ。
「大丈夫ですが…」
「そうか、よかった。なら少し待っていてくれ。」
そう言うがジャンはなにか準備をするわけでもない。リゼルと一緒になにかを待っているだけだ。
…なんだ?
特に何をするでもなくしばらく待つと、ぽつぽつと生徒たちが運動場に集まってくる。
今日はもう授業はないはずだが…?
「放課後少しの間、自主練のために運動場を開放しているんだ。」
「なるほど。」
確かに槍に剣、弓に杖、集まってくる生徒たちの武器はまちまちだ。
しかしなんでまた??
自主練とはわかったがなぜ誘われたかがわからない。
「おっきたきた。」
そんなリゼルを差し置いてジャンが手を上げ、1人の女性をこちらに招く。
たゆん
「お待たせ!」
「えっと……シャーリ先生??」
やってきたのは冒険者コースのシャーリだった。
「君、無拍子を使えるんだって? 私も冒険者やってた頃に話で聞いただけだから楽しみだよ!」
なるほど、そういうことか。
「シャーリ先生、それは後で。それより例のことを…」
「えっ? ああ、そうでしたね。すみませんジャン先生。」
だが無拍子を披露しろというのはどうやら違ったようでジャンとシャーリは互いに武器を手に構える。
ナックル… ということは格闘家か?
剣を手にするジャンの向こう、シャーリは武骨なナックルを拳に着けていた。
「これから俺がスキルを使って攻撃する。シャーリ先生がどうするのか、よく見ておくように。」
ジャンはそう言った。
そして…
「クイッ…」
ガキンッ
スキルを発動するより早く、シャーリの拳がジャンの剣を止めていた。
「…わかったか?」
「はい。」
前にリゼルが戦ったように真っ正面から受け止めるのではなく、発動前に潰す。
そして重要なのはシャーリは格闘家クラスの素早さの補正はあれど何かスキルを使ったわけではないということだ。
…八方眼で動き出しを見切れれば、あるいは……
どんなスキルでも溜めがある以上、クラスレスのリゼルでも再現可能かもしれない。
「しかし、なんで…?」
どうしてわざわざジャンはシャーリを呼んでまでこんな物を見せてくれたのだろう?
「いや、なんだ… 前の授業では少し言い過ぎた気がしてな…
それにほら。クラスレスは武器が傷みやすいから複数所持しておく必要があるだろ? それなら短剣が最適だし、短剣を使うのならこういった護身剣を身に付けておいても損じゃないだろ?」
ジャンは照れ臭そうに顎を掻きつつ言った。
「…ありがとうございます!」
「はい、じゃあリゼル君もやってみようか? ジャン先生、剣貸してください。」
ジャンから受け取った剣を構えるシャーリ。リゼルも自分で作った不恰好な短剣を構える。
「いきますよ? たあっ!!」
振られた剣。
「…っ!!」
思わずリゼルは後ろに飛び退いた。
…怖い……?
一度明確に死を意識してしまったせいか、練習なのにどうしようもなく剣が恐ろしく感じて思わず引いてしまった。
「すみま…」
「いいよ! 今のすっごくいい!!」
しかしシャーリは笑顔でしかもサムスアップまでしてみせる。
「剣が怖いって知っておくことはすっごく大事なことだよ。今のは完全に出遅れてたから避けなきゃいけない場面だし、練習だからって無理に受けようとしたら避けなきゃいけない場面で避けれなくなっちゃうからね。」
「…はい。」
「それじゃあもう一本いってみようか。」
こうして恐怖を乗り越えるべく、リゼルは何度も練習するのだった。
日が山の端に差し掛かり自主練がお開きになった後、フランツは職員室でジャンを待っていた。
「個別指導をしてほしい…?」
「はい。お願いします。」
フランツの頼みとはスキルをさらに使いこなすための個別指導のお願いだった。
「そうはいってもなぁ… 普通クラスといってもそこまでスキルの使用回数に余裕があるわけでもないだろ? あまりスキルにオールインする鍛練を積むのは…なぁ?」
「そこをなんとか。」
フランツは頭を下げる。
俺は… 俺はあいつが諦めた道であいつの前に立ち続けたいんだ!!
「ん~… わかった。じゃあ授業のない日の放課後な。」
「はい。ありがとうございます。」
こうしてフランツの自主練も始まるのだった。
珍しく明日の分の予約投稿が済んでます。