自分で作る自分の剣
「ゲオルグさん。」
リゼルは研ぎ上げたナイフをゲオルグに見せる。
一から作り上げた物ではない。折れた剣の根元側を叩いて伸ばして切り揃えて研ぎ直したものだ。
「…どう、ですか?」
やったことは歪みや切れ味を直したりといった今後もメンテナンスで使える基礎的で重要なことだ。
ゲオルグの教え方も丁寧だったしリゼルには高級加治士の補正もある。初めて作ったにしてはそれなりに良い出来なんじゃないかと思う。
「え、えっと… あっあの、うん…… いっいいんじゃないかな!」
「?…ゲオルグさん……」
一見いつもと変わらないゲオルグだが、アゴを触り嘘をついている…いや、本心を押さえ込んでいる感じだ。
誉めてもらえるのは嬉しいがなにか問題があるのならはっきり教えてほしい。
リゼルは少し強めに視線を向けた。
「うっ… そ、その…わっ悪くはないんだよ?お、教えたことはちゃんと出来てるし……
でっでも、…うん、正直なにがしたいのかわからないかな? 元が剣だからナイフにしては幅広だし分厚過ぎるから重くて使い辛いだろうし、鉈と呼ぶには刀身が短すぎる。元の剣がよかったからあまり手を加える必要がないと感じたのか、それとも品質を落とさないために手を加えたくなかったのかはわからないけど、どう使う、だからどう加工した、がまるで見えないよ。」
「…はい……」
はっきり教えてほしいとは思ったが… 実質、全否定な評価じゃないか。
ダメ出しや改善点を期待していたのでかなり来るものがある。
「あっ、いや、だっ大丈夫だよ。しっしばらく使ってみて問題点を洗いだし、あっあと、武器屋に行ったりして色んな職人の仕事を見て改善すれば、きっきっと良い物になるよ!」
へこむリゼルを見て、ゲオルグはあわててフォローを入れる。
…とはいえ、ゲオルグさんが言ったことはもっともなんだよなぁ……
自分の作ったナイフを見て改めて思う。確かにきちんと真っ直ぐ伸ばしてあるし切れ味よく研いである、元の剣からほとんど崩していないのでナイフには十分過ぎる堅さもある。だがそれだけ。普通のナイフよりバランスが悪いし、普通のナイフよりこれを使う必要がまるでない。
「えと、あっ、と…… ちょっちょっと待ってて。」
ゲオルグは自室へと走って行く。
「おっお待たせ。」
ほどなく戻って来たゲオルグは一振の剣を持っていた。
「えっと… それは?」
「あっと… そ、その… リゼル君も自分の剣が出来るまで剣がないと困るでしょ? その…貸してあげるからよかったらしばらく使ってよ。」
「良いんですか!?」
正直、すごく助かる。でもいったいどうしてこのタイミングで?
「う、うん。
……じ、実はそれ、失敗作なんだ。」
そういって手渡されたが、見る限りかなり上質だし、持った感じのバランスも非常に良い。
「…きゅっ究極の剣を作ろうとしたんだよ。マスターパターンみたいな物かな? …でも失敗した。そのころ僕はちょうど上級から高級にクラスが上がったばかりだったし、天狗になっていたんだろうね、若気の至りだよ。」
「…えっと、すみません。これのどこが失敗なんでしょうか??」
「しばらく使えばすぐにわかるよ。
僕は誰もが満足出来るようにバランスをとった最高の剣を作ったつもりだったんだ。でも、この剣を使うたった一人の誰かにはどこか蛇足でどこか足らない次善の剣でしかなかった。
だからこれは僕にとっては戒めの剣なんだけど、きっとリゼル君には君の作る剣の道標になってくれると思うんだ。」
「ありがとうございます。」
自分の作る剣、か…
前と同じ伝統的な直剣のショートソードのつもりだったが、クラスレスである自分の戦い方にあったものをよく考えた方がよさそうだ。
「…あっ、リっリゼル君! じっ時間っ、時間大丈夫?」
しまった、今日は冒険者の授業があるんだった。
「すみません、ゲオルグさんっ。これ、職人ギルドに納品でしたよね? 配送したらそのまま下院に行ってきます。」
重たい木箱を持ち上げると、リゼルは走るのだった。
「間に合った…」
リゼルはぐでっと机に突っ伏す。
走ったおかげで教室には思いの外早く付き、まだ誰も来ておらず授業が始まるまで余裕があるが正直既にクタクタだ。今日の授業が座学であるのが本当に嬉しい。
少し、寝るか…
「なかなか良い剣を購えたようじゃないか。」
少しうつらうつらしていたところ、声をかけられた。視線を向ければそこにはフランツが立っている。
「これはフランツ様、この度は多大なる恩情…」
「だからその気味の悪い喋り方はやめろ。」
……
教室を見回す。どうやらまだ他には誰も来ていないようだ。
「…はぁ、俺は構わんが… こんなとこ知ってるやつに見られたら面倒なことになるんじゃないか?」
別にリゼルはヴァイシュタインの名を名乗るわけでもないし、あの2人と違ってフランツが口を滑らせることもないだろう。だからフランツが他者にも同じような態度をとらせれば特に問題もない。
だがフランツは知らない者からしたら平民と分け隔てなく接する放蕩貴族だが、知ってる者からしたら亜人汚れと仲良くしているのだ。どう考えたって家のなかでのフランツの立場が悪くなる。
「下院に通っていることで気がつかないのか? 今さらだ。」
「さいですか。」
とはいえフランツが気にしないのなら、それ以上はリゼルが気にする話でもない。
「で、剣だが… 足は出なかったか?」
「これか? 借り物だよ。」
「借り物?」
ちゃっかり隣に座っているフランツが聞く。
「ああ、もらった金で材料買って、ミスリル製のを自分で作るつもりだからな。それまでの繋ぎに貸してもらった。」
「自分で作る? ……剣士を諦め鍛冶士にでもなるつもりか?」
フランツの声は怒気を孕んでいた。
「まさか。ただ伝統的直剣でスキルを用いて戦うヴァイシュタインの戦いじゃ、どうあがいたってクラスレスの俺じゃ勝ち目がないって悟っただけだよ。
だから俺の戦い方を見つけて、俺の戦い方にあった武器を作ろうと思ってるだけだ。」
「そうか。」
「まっ、当分回り道にはなりそうだからな。しばらくは先に行ってろ。
ただ… 次は俺が勝つからな。」
「ふん…」
フランツは席を立つ。
「あまり待たせるなよ? のんびりし過ぎて俺の背中が見えなくなっても知らんぞ?」
「はっ、言ってろ。お前こそ別の誰かに負けて勝手にこけたりするんじゃねぇぞ?」
廊下の方がガヤガヤと騒がしくなり、ほどなく授業が始まるのだった。