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模擬戦

「それじゃあ攻撃は寸止めで。

 リゼル対ゴッシュ・アーハルト。…はじめ!!」


 リゼルは剣を構え、対峙しているゴッシュを見据える。

 どくん、どくんと胸の高鳴りを感じた。

 ゴッシュはリゼルと体格差がほぼなく、剣の長さもほぼ同じでリーチの有利不利は無いと言える。

 しかしゴッシュは貴族だ。下院に通っていると言うことはクラスは下級か普通であろうが、少なくとも平民たちとは違い既にスキルの使い方を理解している。

 つまりこれはリゼルの手にいれた技術がスキルに対抗できるのか? そんな戦いだ。

 リゼルは高鳴る胸を抑えて間合いを競る。


「っ! クイックスラッシュ!!」


 ゴッシュが剣を振る。だがその高速の剣は空を斬った。

 端から見ればただの牽制の一撃だったであろう。しかしゴッシュの表情は驚きに満ちていた。

 無理もない。通常のどっしり地に脚付けた構えと違い、リゼルの構えはフラットな浮舟、さらには無拍子の脚捌きなのだ。端からではわかりづらいが、対面のゴッシュにはそれは波や風に遊ばれる水面に落ちた木の葉のように異常に滑らかで捉え所のないものだった。


 そう、先程のクイックスラッシュもただゴッシュが牽制に振ったのではない。

 まずリゼルが間合いを詰めた。しかしゴッシュがそれに気づいた時には既に一足一刀の間、慌てて高速のクイックスラッシュを振るうも、リゼルはその時に間合いから離れて剣は空を斬った。そんな攻防だったのだ。


 僕が距離を見誤った?いや、そんなはずは…

 ゴッシュからすれば剣を空振った時にリゼルが間合いから離れていることに気がついたレベルなのだ。そもそも一足一刀の間に詰められていたのが本当のことなのか?そんな錯覚すら覚える。


 …2歩の余裕は…やっぱないか……

 一方のリゼルは冷静に分析する。

 2歩の余裕。つまり攻撃の届く間合いまで詰めて攻撃をするその2歩分の余裕だ。

 だが悲観はない。そんな余裕がないのは同じ剣士のクラス持ち同士の戦いでも当然なのだ。つまりクラスレスでありながらクラス持ちのゴッシュとイーブン、いや、間合いを掴みかねて混乱するゴッシュと1歩の余裕のあるリゼルでは圧倒的にリゼルが優位なのだ。


 それからしばらく地味な間合いの競り合いが始まった。だが見る者が見ればすぐにわかる奇妙な競り合いであった。

 ゴッシュが詰めリゼルが引く、ゴッシュが引きリゼルが詰めるではない。まるで息の合ったワルツのように2人の動きがぴったり合ったものであった。

 もっとも、この状況を作り出しているのはリゼルであり、ゴッシュはその手のひらの上で1人踊らされているだけだ。

 距離を詰めクイックスラッシュを振ろうにも距離は詰まらず、距離を離しソードストライクを放とうにも距離が離れない。常に一定の距離をキープされ、まるで真綿で首を絞められているかのようにゆっくりじっくり焦らされた。


 …ん? 重心が前のめりになったな。

 ゴッシュを観察していたリゼルは気づく。

 溺れれば空気を求めるように膠着して焦らされれば打破を目指す。

 思い切り後ろに飛び退くのも1つの手ではあるが、貴族のプライドがゴッシュに平民から引くことを許さなかったのだろう。ゴッシュは勢いよく2歩詰めての決着を選択した。

 しかし2歩の余裕はなくとも1歩の余裕がリゼルにはある。ゴッシュから間合いを詰めれば後の先のリゼルが優位。


「クイッ…」

 ヒュンっ…


 結果間合いを詰めたゴッシュが剣を振るより速く、リゼルの剣がその喉元にたどり着いた。


「そこまで!勝者リゼル!!」


 ジャンの声で勝負は終わった。


「名にやってんだゴッシュ!!教官!次は俺がいくぜ!!」

「ん? ああ、リゼルは大丈夫か?」

「大丈夫です。」

「なら、リゼル対ロッソ・ベイファング、はじめ!!」





 フランツの前でリゼルが戦っている。

 ロッソの方がゴッシュより背が高いせいか、先程の戦いよりより間合いは離れており、リゼルが攻めあぐねているようにも見える。だがロッソもロッソでリゼルが既に避けた後の誰もいない場所にソードストライクを放つなど、見ていてもあまり参考にならない戦いをしていた。


「…どうだった?」

「…え? フっフランツ様!?」


 なのでフランツは戦いを余所にゴッシュへそっと近づき訊ねる。


「あいつの、リゼルの戦いだ。…どうだった?」

「えっと、その…よくわからない、です。」

「よくわからない?」


 実際に戦ったのによくわからないとはどういうことだ?


「なんと言いますかこう、軽いって言いますか、ぬるぬる動くんですよ! こう、それで、タイミングが測れないと言いますか、距離が測れないと言いますか……」

「…どういうことだ?」


「浮舟、だな。」


 ゴッシュとの会話にジャンが入ってきた。


「浮舟?」

「ああ、しっかり地に脚を付けるんじゃなく、地にただ乗っかるだけのようにしてるんだ。結果非常に軽やかな脚捌きが特徴だ。

 その昔東方から伝わった技術らしいが、この国古来の重装鎧の騎士道とは相性が悪くてな。今ではすっかり廃れた技術だ、珍しいからよく見とけよ。」


 ジャンは他の生徒にも説明するように語る。


「それだけじゃないんです! なんかこう、どこ見ているのかわからないと言いますか、私のことを見ていないようで、それでいて全身くまなく見られているようで…」

「それは八方眼だな。一ヶ所に注目するんじゃなく全体を見て、部分部分を見る感じだ。まぁ簡単に言えば視野が広いってやつだ。

 っと、そういえばリゼルの動き、全く見えていなかったんじゃないか?」

「っ!そう!そうなんです!! 気づいたら間合いを詰められていたり離れられていたり、でもこっちが間合いを測ろうとしても全く間合いが変わらなかったり… 最後なんて気がついたら剣が突きつけられていたんです!!」

「なに!?」


 ジャンに指摘され、ゴッシュは興奮気味にしゃべる。

 というか、動きが全く見えないとはどういうことだ??


「これもまた廃れた技術だが、無拍子だ。

 動き出しの動きを無くすことにより、対峙している相手には動いてから、浮舟の滑らかさも加えれば行動が終わってからしか認識できなくする技術だな。」

「いやいや、そんなまさか。」「先生盛り過ぎですよ。」「魔法じゃないんだし認識できない動きなんて…」


 現に今、自分たちには普通に動きが見えている。

 生徒たちが笑いながら口々に言った。


「お前らは離れて2人を視野に捉えて、いわば広い視野で見れているからな。実際敵に対峙したときはそんな余裕はないぞ。

 …ほら、見てみろ。今ロッソはソードストライクを放とうとしている。でリゼルはそれに気づいてる。

 ロッソが動こうとした、リゼルが動き出しに合わせて避けた、ロッソがソードストライクを放った、でも既にそこにリゼルはいなかった。

 …な? 完全にリゼルが1テンポ先に動いていて、ロッソがそれに全くついていけてないのがわかるだろ?」

「「……」」


 解説されれば嫌でもわかる異常な光景。ついさっきまで笑っていた生徒たちも言葉をなくした。


「まだロッソがスキルを使えるだけで使いこなせていないのもあるが…リゼルもあの年で無拍子や浮舟をそこそこ使えているのは筋が良さそうだな。」

「あの?…あれでそこそこ、なんですか?」


 ジャンの独り言に生徒の1人が反応した。


「ん? 俺は下院のしがない教官だぞ? それが簡単に解説できるような動きじゃそこそこだろ?

 なんでも極めた達人はクラスレスでも高級クラスに太刀打ちできるレベルとか言われていたらしいぞ?」


 クラスレスで高級クラスと!?

 生徒たちがざわめく。


「あの?…なんでそんな技術が廃れたちゃったんですか?」


 先程の生徒がまた訊ねた。


「ん? さっきも言ったが重装鎧の騎士道、あとはアクティブスキルとの相性の悪さだ。重い鎧を着ては軽い浮舟の動きは難しい、予備動作なしに動く無拍子も溜めの存在するアクティブスキルには意味がない。残るのは装甲もスキルも捨てた、剣の速さも威力も人間の域をでない剣士だけ。逆にしっかり鎧着込んでスキルでごり押せばなんとかなる相手だな。

 確かに極めれば高級クラスとも戦えるというけどあいにく俺はそんな剣士は知らん。仮に本当だとしても、そこまで極めるのに何十年かかると思う? そりゃ廃れるさ。

 っと、決着だな。勝者リゼル!」


 ジャンの説明の向こうでリゼルとロッソの勝負の決着がついていた。


「リゼル、他の生徒たちにも経験させてやりたいが…まだ大丈夫そうか?」

「はい。」

「じゃあ次は…」

「教官!次は俺が!!」


 そしてフランツは自ら名乗り出るのだった。

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