70匹目
相変わらず授業は退屈だった。
吐息を溢しつつ校門を出れば、近くでユウキがスタンバっていた。
塀に背中を預けて髪の毛をいじっている。
陽の光を浴びてキラキラ輝いているさまはいっそ幻想的ですらある。
……あれ、本当に本物の髪なんだろうか? 艶、あり過ぎでは?
「や、低学年はさすがにはえーな」
俺に気づいたらしいユウキが軽く手を振って話しかけてきた。
「いつからいたのさー?」
近づきながら声を投げる。
まぁ、こいつも言うほど暇人でもないらしいし? たぶん、アレから一旦帰るなり、どっか行くなりしてるだろと思って声かけたが……ずっとここにいたとかないよな……よな?
「んー? 30分前くらいかな」
と、ユウキが首を傾げつつ言う。
30分前って……早すぎでは? 思った以上に長くここで待ってたらしい。
「まぁまぁ、早く帰ろうぜ」
ユウキが笑いつつ手を差し出してくるので、握り返す。
……これ、中身あのタカトーだけど、見た目女の子なんだよなぁ。
母親以外の女性と手を握ったことなんて……あったかしら。
……まあ、いいか。考えたって悲しくなるだけだし。
† † †
ユウキの転送魔法で、ユウキの家に転送してもらい「おじゃましまーす」と声を挙げたら澪夢が「おかえりなさい」と返してきた。
あら。
「お? いたのか」
「……いえ、ワーカージャンキー、ワーカーホリック、散々言われてますし? 自業自得っちゃそーなんですけど? いい加減、キレますよ」
澪夢が半目でユウキを睨みつつ唸る。
眼光が怖い。眼光が。
「……や、常々言ってるが。お前の場合仕事中毒って言っても楽しんでやってるし? ワークエンゲイジメントだよな……まぁ、そこは置いといて。この時間ここいんの珍しいなって思っただけで」
「そりゃ、きなこさんいるんだから。誰が看病するんですか」
「あ」
ユウキが小さく声を挙げ、それから澪夢に向かって手を合わせて拝みだした。
「ありがとうございます」
「……ま、ぶっちゃけ端末なんですけどね、これ」
その一言で、拝む姿勢のまま顔だけ挙げて、ユウキは半目で澪夢を見た。
澪夢は小さく舌を出している。
「……器用な」
……俺にはなんのこっちゃ。って感じですけど。
「澪夢は大本がシステムの優樹んとこいるから。そもそも、こっちに出てるのは端末なのよ」
理解できてない俺に対してユウキが解説をしてくれる。
右手は腰に、左手は人差し指を立てる、お馴染みのポーズである。
……なんか、いい加減突っ込むのも面倒くさくなってきたけど。
何となく似合ってるから腹立つ。
「で、普段は端末1体出してるだけなんだけど、今は端末を2体だしてて、片方はArkでお仕事、もう片方をこっちに寄こしてるわけ」
「あれですよ、世界の外側から指2本だけ内側に出して別々に動いてる的な?」
澪夢が何でもないように小首を傾げつつ補足してくれるけど……
規模がアレすぎて、理解の範疇外です。はい。
でもまぁ、忍者の使う分身の術とは違うのね。
「まぁ、私のことなんてどうでもいいんですよ。それより」
それより?
澪夢がそういって振り返る。
腕の中には
「きゅぅ」
「きなこ」
きなこが、目覚めていた。
……。
なんて、声を掛けよう。
早く目覚めてほしかったけど、いざ目覚めると……
なんて言ったらいいのかわからない。
ごめん、ではない気がする。
でもおはようって感じでもないし……
「きゅう……」
心なしかきなこの耳がへたっている。
しょげているのか、凹んでいるのか。
……でもまぁ。
「……良かった」
自然と零れた声。
「きゅ?」
それに、きなこが俺をみた。
釣り気味の、閉じたお目々。うん、かわいい。
「ありがとな、父さんのこと、気にしてくれてたんだな」
「きゅ……」
なんか、イタズラがばれた子供みたいな、気まずい雰囲気をきなこが醸している。
「あんま、無茶しないでくれ、な?」
「きゅう……」
うりうりと顎のあたりを人差し指でこそばせば、きなこが小さく鳴く。
うーん、病み上がりだしアレなんだけど、調子狂うな―。
澪夢からきなこを受け取って、全身をくまなく揉んでやる。うりうり。
「きゅきゅきゅぅ」
こそばゆいのかばしばし触手が俺の腕を叩く。
うんむ、やっぱ病み上がりだし本調子じゃないのね。
今回はこの辺にしといてやろう。
「きゅ?」
きなこをベッドに置き、タオルケットをかけてやる。
「今日はゆっくりしときな」
「きゅー……」
「俺も傍にいるから」
「きゅ」
短く返事を零して、きなこがゆっくりと呼吸をする。
お、寝たか。
やっぱ、疲れてたのね。
普段目を閉じているらしいきなこ、寝ているのか起きているのかよくわからない。
が、これは確実寝てますねー。
まぁ、病み上がりだからね。
よく寝て、よく食べて、早く元気になってほしい。
……
目覚めてくれてよかった。
ユウキがいるし、このまま……なんて最悪の状態はまぁ、ないだろうけど……。
でも、よかった。
気が抜けそうになっている俺の頭を誰かがぽんぽんと叩く。
目線をあげればユウキがいた。
何とも言えない、苦笑にもにた感情で俺の頭を撫でている。
「なにさ」
「や、別に」
そういいつつも、さらに数回ぽんぽんと頭を撫でてから離れていく。
「今週末から忙しいぞー」
そう言い残してユウキは部屋から出ていく。
「どこ行くの?」
「色々と準備~」
尋ねれば、そう言い笑みを浮かべる。
そして別の部屋へと入っていき、ドアを閉める直前に俺へ向けて言い放った。
「覗くなよ?」
悪戯っぽい笑みを浮かべてそういってのけるユウキに、俺はひどく脱力する。
……鶴の恩返しかよ。
「覗かねーよ」
バッドエンドは好きじゃないの。