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63匹目

「俺を頼ったのは正解」

 サテライトで呼び出したユウキは、きなこを抱きかかえてそう言った。

 酷く、ひどく冷静で、冷たい声だった。

 感情が一切こもっていない。


 自室にユウキを招いて、俺はきなこの容態を見せた。

 ユウキはきなこを抱きかかえ、背中を撫でている。

 

 俺は何も言えずにユウキときなこを見るしかできない。

 ユウキは

 呼び出されたときは女性の姿だった。

 だが、今は男性の姿をしていた。


 これでも抑えているらしい。

 しかし、なにか、オーラのようなものがあって、俺はその気に気おされている。


それは決して怒りではない。

だが、俺に底知れぬ恐怖を感じさせていた。


「なぁ、ハルト」

 静かに。

 ユウキは、口を開く。

 その声は、低く。

 その瞳は……どこまでも冷徹で、深い色をしていた。

「きなこに何させたんだ、お前」


「なに、って……」

 わからない。

 いつも通り生活してたはずなのだ。

 ご飯もいつも通り食べてたし、しっかり運動してた。

 学校へ行く俺を元気に見送ってくれていたのだ。

 なのに、帰ったらこんなに衰弱していて……

 ユウキはそれ以上なにも言わず、きなこの背中を撫でている。

 きなこは目覚めない。

 弱々しい呼気を繰り返すだけだ。


 俺は、何を言えばいいのか考えあぐねていた。

 ぐるぐると思考が回る。

 どうしていいのかわからない。

 しまいには視界もぐるぐるしてきた。

 体の平衡感覚も曖昧になって、ゆらゆら揺れている気がする。


 ただ、


「きなこ……治る……のか?」

 怖くて、でも、知らなきゃいけない。

 俺の声は、ひどく震えていた。

 その声に、ユウキは俺を一瞥し、それから苦笑を滲ませた。

だが、出された言葉は刃のように鋭い。

「魔力が枯渇してる。今は応急処置として俺の魔力を与えてるけど……。枯渇した原因がわかんないならいつか……それこそ数日ももたずに死ぬぞ」

 その声はあくまで厳しい。

 当然だ。

 きなこは、明らかに死にかけている。

 俺がしっかりしてなかったから……責められても文句は言えない。

「……わからない。普段通りしてたはずなんだ。飯もいつも通り食ってたし、基本的に外にはだしてねーけど、家の中は自由に動けるようにしてたし」

「日常生活でここまで消耗することねーよ。それこそ魔術をつか……ハルト」

 ユウキはなにかに気づいたようだった。

 きなこの背中を撫でたまま俺を見上げる。

「最近こいつ、歌ってたりしねーか?」

「歌?」

 歌……

 あぁ。


「父さんが帰ってきたら、膝の上に乗って……歌って」

「それだ!」

 俺の声を遮ってユウキは叫ぶ。

「こいつ、お前の親父に回復魔術掛けてんだ。毎日やってたらそりゃ枯渇もする! 俺もアイツも回復系は苦手だしな……」

 きなこも無茶する……

 とユウキはきなこを見下ろして呟いた。

 ……きなこ。

「父さんのこと、気遣ってくれてたのか……」

「どうする?」

 ユウキが俺の目を見つめて問う。

 ……そう、だな。

「言っても……繰り返すんだろうなぁ……やさしいから」


 あれか。

 ずっと気遣ってくれていたのか。

 それこそ、初めから見抜いていたのか?

 できることをしようと、頑張ってくれていたのか……?

 

 どうすれば、いいのだろう。

 

 ……


 ぐちゃぐちゃと、様々な考えが頭をよぎる。

 だけど、でも……だって。

 

 ……


 それでも。


 俺は、ユウキを見た。

 ユウキは何も言わない。

 ただ、深い色した瞳で俺を見ている。


 ほんとうは、離れたくない。

 でも、俺は


 それでも、きなこを死なせたく、ない。


「俺は、きなこを殺したくない」

 声が震えた。

 視界が滲む。

「頼む……」


 きゅっきゅちゃん牧場に、戻してくれ。

 そう、言えたらよかった。

 せめて、預かってくれ、と。

 

 でも、喉から出てこない。

 離れたくない。

 きなこの存在は俺の中でどうしようもなくかけがえのない存在になった。

 嫌だ。でも、このままじゃきなこは……それでも。


 頭ではわかってる。

 でも感情が嫌だとごねる。


 ……くそっ、こんな……泣いてる場合じゃないだろう?!


「くはっ」

 ふと、笑みを聞いた。


 ……?


 俺は顔を挙げる。

 目の前でユウキが噴出していた。


「んと……お前ってやつは」

 クスクスと笑んでいる。

 きなこを抱えたまま、肩を揺らしている。


 ……なんだ?


「殺したくない、でも離れたくない」

 ユウキが歌うように口ずさみ、立ち上がる。

 その雰囲気に怒りはない。

 ……?

「どっちかにしろなんて、俺が言うと思うか?」

 ん?

 とユウキは俺の顔を覗き込む。

 青い髪に、深海のような、深い青の瞳。

 色こそ違えど、その姿はかつて、クラスメイトだった高藤優樹そのものだ。

 だが


「方法、あるぜ?」

 そう笑うユウキは、誰よりもたくましく見えて

 その時初めて、俺は神の存在を知ったのだ。


「お別れなんて寂しいこと考えるなよ。きなこ、めっちゃ懐いてんだから」

「でも、俺……」

「弱音吐くなんて、まだ早いぜ。そして覚悟しろ―。平和主義者の甘ちゃんなんてそんなこともう許さない。強欲に行こうぜ?」

 そういってユウキは片手できなこを抱えたまま俺の頭をぽんぽんと叩く。


「手っ取り早く、魔力保有量上げるぞ」

 ……ん?

 俺はユウキを見上げた。

 ユウキは満面の笑みだった。

「魔力枯渇で死にかけてるなら、キャパシティーをあげてやればいい。幸いにきなこは魔術の神才持ちだからな! 魔術系統に極振りステータスだから、どうあがいても楽にキャパ上げできるぜ!」

 すんげぇ楽しそうにユウキが笑う。

 ん。

 この流れ、まさか。

「レベルが足りねえからすぐ枯渇すんだよ! レベルを上げたらなんとでもなるわい」

 ハートマークが飛んできた。

 ……えぇ~?

「スライム狩るぞ経験値狩りじゃー!」

 超ノリノリでユウキが叫んだ。

 

 ……


 謀ったなぁあああああああああ!?


 俺は内心絶叫した。

 いや、謀ってない。これは策略ではないのだろう。

 だが、なんかユウキの狙い通りに進行している気がする。

 何がってイベントが。バッドも含めて。


「ま、その前にきなこの保養だな。意識戻すまで2、3日あるし、とりあえず……1カ月ほど俺ん家でお泊りな」

 ハートマーク。

 ユウキからハートマークが見える見える。

「なんで」

 それに俺は意識なく口ついていた。 

 そんな俺の態度に不満を覚えたのかユウキが唇を尖らせる。

「……飼い主いなかったらきなこ寂しがるだろ。責任もって療養に付き合いなさい。あ、学校は俺が送るし、迎えにも行くから安心しろ?」

 わーい、音符が見えるぅ。

 ノリノリなユウキを見て、俺はげっそりとした。

 が、内心安心もしていた。

 そしてユウキに対して感謝も感じていた。

 

 沈んでいた気持ちが浮き上がっている。

 どうにかなる、と。

 そう、安堵できた。


 ほんと、ありがたい存在だな……


 しみじみとそう感じて、俺は泣きそうな顔で笑った。


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