56匹目
学校へ行くための服……つか、制服に着替えて戻ってくれば、きなこがサンドイッチをもっきゅもっきゅと食べていた。
レタスとトマトのサンドとたまごサンドとツナサンド。うまそう。
俺も待っとくべきだったかぁ……。
昨日の夜は床の上に食器を置いていたが、今日は机の上にきなこが乗っている。
……母さんときなこしか食ってないからかな。
そしてミルクの入ったマグカップを左の触手で握っていた。
「……コップも使えたか……」
「ほら、昨日スプーン使えたじゃない? ミルクもコップがいいかなーって」
使わないコップ渡したら喜んでるくれたから。
と母さんが言う。
ほんと、動物らしくないけど、まぁ。こいつ賢いしなぁ……
……人と同じように接するなんて、俺のエゴかな?
……エゴだよなぁ。きなこの言葉わかんないし、何考えてるかわかんないし。
でも、きなこは楽しそうだ。
なら、いいか。
しばらく母さんときなこがサンドイッチを食べているところを眺めていたが、そろそろ学校へ行かなければならない時間になってきた。
母さんに一声かけてから立ち上がり……
きなこの頭をぽしぽし叩く。
「お留守番、頼むな」
「きゅきゅ?」
サンドイッチを頬張ることに夢中だったきなこだったが、俺が頭を軽くたたいたことで俺に意識が向いた。
それからサンドイッチを置いて、俺の肩に乗ろうとする。
『どっかでかけるなら、連れてけ』ということだろうなぁ。
そうしたいのはやまやまなんだが……。
「ごめん、きなこ。学校には流石に連れていけないよ」
「きゅきゅんっ?!」
ダメ、と机に降ろされてショックを受けるきなこ。
っていってもなぁ……。
流石に学校はペット持ち込み禁止である。
「きゅきゅぅ……」
しくしくと泣きだすきなこ。
いや、泣かないで。俺も泣きたくなる。
「きなこちゃん、寂しいのはわかるけど、困らせちゃだめよ。ほら、おかあさんが一緒にいるから、ね?」
「きゅ……」
涙をぬぐって、きなこが俺を見た。
といってもいつもの糸目だけど。
……あぁ、離れたくねぇ……
「最速で帰ってくるから。帰ってきたらあそぼ?」
「きゅっきゅっ」
触手を伸ばして俺に向ける。
指……は、ないけど、指切りか?
……知ってんのかな。
とりあえず触手に指を絡めて指切りげんまんしておく。
嘘ついたらハリセンボンかぁ……ハリセンボン飲まされるのか、それとも針を千本飲まされるのかはさておいて。
……どっちにしても拷問だな。
カバンを背負い、家を出る。
きなこはそんな俺をじっと見ていた。
……ほんと行きづれえ……。
が、学業こそ学生の仕事である。
ので、涙を飲んで登校することにする。
しっかし、こうも俺の人生を変えてくれるとは。
きなこ……否、きゅっきゅちゃん。不思議な存在だわ。
人生こんなに楽しくなるなんてなぁ……
ふふっ、と人知れず笑みが浮かぶ。
いやぁ、ここにこれてよかった。
これは優樹たちに感謝しないとな。
……前世に未練がないわけじゃないけど。
……言っても死んじゃったんだからしょうがない。