51匹目
つづきだね
暫く固まっていたきなこだったが、恐る恐るときなこ棒を口に入れる。
もそもそ……もそもそ……
「きゅっきゅちゃん!」
おいしかったらしい。
目を輝かせて鳴く。
「あたし、初めて見るんだけど……不思議な生き物ね。きゅっきゅちゃん」
きなこ棒を頬張るきなこのほっぺを突きながら呟くイワナガヒメ様。
あれ、そうなんだ?
「あー……イワナガヒメは行ったことないんだ? チルヒメがバラしてたんなら見に行ってると覚悟してたんだが……」
とユウキが呟く。
まるで広められたくないというような口ぶり……
つか、そか。秘匿してたんだったな。
「うん。チルヒメは行ったらしいけど。スライムのくせにスライムじゃなくなってたって言ってたからどんなのかと思ったけど……確かに、スライムっていうか猫? ……猫っぽくもないか」
「きゅっきゅちゃぁ……」
つんつん、とイワナガヒメ様がほっぺを突いてくるのがちょっと鬱陶しく感じたのかきなこが機嫌悪そうに鳴く。
「もちもちで気持ちいいのね……やばい、やめれない」
つんつん、つんつん……
「あの、そろそろ……きなこも困ってるので……」
「ち゛ゃ゛ぁ゛……」
「やばい、まじ魅惑。ずっとやってたい」
名残惜しそうにしつつもイワナガヒメ様はきなこを離してくれた。
きなこは突かれたところを触手で撫でている。
突かれ過ぎたか。
「きゅっきゅちゃんって、こんなにかわいいのね。やばい」
ときなこを見つめてイワナガヒメ様が呟く。
そんなイワナガヒメ様を見つつ、ユウキがまんざらでもない笑みを浮かべていた。
「……あの、ユウキ?」
「ん? んー……いや、たまにはアイツも良いことするよな、と思っただけ」
アイツとは、無論優樹のことだろう。
たまにっすか。
ほんと、優樹の扱いみんなぞんざい過ぎない?
「でもさ、なんできゅっきゅちゃん広めないの?」
猫みたいだしブームになるよ?
とイワナガヒメ様が言う。
それにユウキは「んー……」とあいまいな反応をした。
視線が下がっている。
……ユウキ?
まぁ、確かにもともと魔物だし、つい最近まで魔物と戦争してたわけだしなぁ……
でも、ユウキのきなこに対する対応は、どこが違う。
何だろう……
魔物とか、そういう理由ではないのだろう。
なんというか、もっとあったかい理由だ……そんな気がする。
マツヤさんも、そんなユウキのことを重んじてああいう対応をしている感もあった……ように思うのは俺が都合のいいようにとってるだけだろうか。
だけど、秘匿している方が良いと思うから今までああいう場所でああいう風に管理していたわけで……
だけど、ユウキ自身はそれだけじゃダメだと思っている……?
何だろう、ピースが足りない……。
「こいつらは、簡単に殖えるからなぁ……」
ぼつり、とユウキが口を開いた。
簡単に、殖える?
「どういうこと?」
「……」
首を傾げるイワナガヒメ様に、ユウキが笑んだ。
力なく、諦めにも似た……疲れた顔。
「子供じゃなくて、さ。分裂体で殖えると、さ。分裂体は1年か2年くらいで消えるんだ」
「消える?」
「そ、まるで幻だったみたいに。ある日突然溶けて消える。痕跡なんかまったく残んなくてさ」
「きゅっきゅちゃん」
きなこがいつのまにかユウキの膝の上にいた。
「きゅっきゅちゃん……」
何かを思い出したのか、きなこが涙を流している。
それにユウキが苦笑を返してきなこを撫でる。
「ペットとして飼う、まぁ……いいんだけどさ。……実際放流するのもありかと思って、実験しようとしたんだけど、さ。……託したこともあるんだけど……やっぱ、利益を出そうとするじゃん? 簡単に増えるなら分裂でもいいわけで。しかも死体も残さない、1年、2年の命なら、都合いいじゃん。そりゃ、何度も分裂させるわけで……」
……。
「なぁ、それ、マツヤさんが?」
俺の一言に、ユウキが疲れ切った顔を浮かべた。
「人懐っこい個体を箱に詰め込んでさぁ……ひったすら魔力を与えるの。余剰魔力できゅっきゅちゃんは分裂するから、分裂した方を取り上げるの。分裂体っていっても子供でさ。有無を言わずに取り上げられたら……そら、なぁ」
「きゅっきゅぅ……」
ぼろぼろと大粒の涙を流してきなこは弱弱しく鳴く。
……あぁ、きなこ……被害きゅっきゅちゃんの一人かぁ……。
……思いっきり優しくしてやろう。
「なぁ、あのおっさん、他に何したの」
「……聞いちゃいますかぁ……」
げんなりと、疲れ切った声で吐き出すユウキ。
きなこの背中を撫でる手はやめない。
「いろいろあるよぉ? 金に目のない親父だしなぁ……」
ははは、と遠い目をしてユウキが嗤う。
嘲笑に近いそれは誰に対してのだ。……おっさんか。
「逆になんであのおっさんにまだ管理させてんの」
睨むように半目になってしまったが、ユウキは苦笑するだけだった。
ちょっとー、もっとまともな人間いるだろう?
「そもそも、きゅっきゅちゃんはスキル持ちが出やすいしなぁ……やっぱペットには無理があるんだよなぁ……」
たはぁとため息をついて買った駄菓子をむさぼる作業に戻るユウキ。
あんのぉ、誤魔化さないでほしいのですがぁ……
つか、そんなことしてもあれなのか。地獄堕ちないのか?
地獄の判断基準ますます謎になってきたな……。
犯罪と思われる行動をとると、サテライトは警告してくるはずなんだけど。
んで、それでも無理やりやった場合地獄に落ちる。
きゅっきゅちゃんは人権ないから、物扱いなのか?
で、一応あのおっさんが管理人で、所有物だから? 緩いとか?
……やだなぁ……
せめて今はきなこを大事にしよう。
ゆくゆくはきゅっきゅちゃん全員救うぞ。
……そのためには金か。
……いやだいやだ言ってたが。
こりゃ、腹くくって冒険者になる道も考えるべきか……。
なんやかんや言って、冒険者が一番稼げる職業だしねぇ……。
……痛いのやなんだけど。
はた、と思考を現実に戻した。
きなこがやたら静かだと思ったからだ。
見ればイワナガヒメ様の膝に乗っている。
……こいつ、ほんと人懐っこいな。
イワナガヒメ様は嬉しそうにきなこの背中を撫でたり尻をもんだりしている。
イワナガヒメ様、それ、セクハラです。
きなこは嫌がってないからいいのか……?
「ほんともちもち~やばい。まじやば」
「あの、尻揉むのは流石にセクハラでは」
「……そっか。ごめんねきなこちゃん」
「きゅっきゅ~……」
あ、嫌がってないどころかまんざらでもないぞこいつ。
尻を揉まれていた手が止まったことに不満を持ってか、きなこが触手を伸ばしてイワナガヒメ様の膝をたしたしする。
「……」
そんなきなこをを見下ろして、そしてイワナガヒメ様は俺を見て首を傾げた。
「この子、ドM?」
「さぁ? でもちょっと変態さんかも?」
「きゅっきゅちゃんっ!」
あ、変態扱いは気に召さなかったか。
バシバシと触手を鞭のようにしならせて俺の足を叩いてくるきなこ。
割と痛い?!
「痛いっ、痛……きなこ、謝るからやめっ……いたっ」
「きゅーきゅーちゃぁあああんっ」
「いってぇええええええ?!」
めっちゃ叩かれた。
「そりゃ、女の子に変態はないだろう……」
眉を顰めたユウキが、他人ごとに零すのが聞こえた。
クッソ、他人事と思いやがって……他人事か!
つづくんだね