43匹目
まだまだいくよー
ユウキが「お前が押せ」とせっつくので、しょうがなくインターホンを鳴らす。
……まぁ、ボタンを押したのはきなこだけど。
ぴん、ぽーん
とありきたりな音がなって数拍。
ガラガラと音をたてて引き戸が開いた。
「呆れた、ほんとに来るとはねえ」
と、家の主が顔を覗かせた。
長い髪をしていた。ポニーテールに束ねているが、毛先が踝に届くほどだった。
グレーの髪は毛先に向かって藤色が滲む。
前髪で片目を隠した彼女は、気だるそうに金色の瞳を半ば伏せていた。
濃紺の着物を着崩して、銀のショールを腕にひっかけた彼女は中に入るように招いてくれた。
「へぇ。イワナガのやつとは知り合いなのかい」
ふぅ、と煙管を燻らせてから彼女……チルヒメ様は呟く。
遊……いや、花魁もかくやな艶やかさと色があった。
はっきり言おう。
美人だった。
流石、コノハナサクヤヒメと同一神という説もあるだけはある。
サクヤヒメ様とはあったことはないけれども、チルヒメ様はイワナガヒメ様と比べて面影はないように思える。
あっちはうぇーい系。こっちはダウナー系。
「知り合いなんですか? イワナガヒメ様と」
同一神なんて説もあるし、交流はあるのだろうっていうか、澪夢が言ってた感じでは知り合いなのだろうと知ってたが、敢えて質問する。
っていうか、何話せばいいかわかんないんだよね。
「ん? あぁ、同じ国由来の神様だしね、知り合いではあるよ」
気だるげに答えてチルヒメ様は俺とユウキに麦茶を出してくれる。あと、お茶請けにたい焼き。
割ってみるとこしあんだった。
「ほい、きなこ。あんこが熱いから気をつけな」
「きゅっきゅちゃん」
半分をきなこに渡す。
きなこは触手で器用にたいやきをつかむとあむあむと食べ出す。
あ、めっちゃうまそう。
それを興味深そうにチルヒメ様は見ていた。
「もう一匹だそうか?」
とチルヒメ様が勧めてくれるが、丁重に断っておいた。
そう何匹もタダでもらうのはちょっと気が引ける。
たいやきは薄皮で、あんこがたっぷり詰まっていた。齧れば皮はパリッとしていてあんこはほどよい甘さをしている。
何匹でも食べれるやつだ。
「これ、手作りですか?」
「ん、ウチの商品さね」
一番人気、と肯定してくれる。
「家族に持って帰りたいので4匹ほどいただけませんか。お代は払うので」
「ふむ、帰る時に焼いてあげよう」
「ありがとうございます」
……つか、ほんと、ヤバイくらいうまいぞこれ。
「きゅっきゅ」
ほっぺたにあんこをくっつけてきなこが喜んでいる。
何しててもかわいいなぁ、きなこは。
ティッシュで汚れを拭ってやる。
「たいやきの移動販売をなさっていると伺いましたが」
「……あんた、ガキのわりにませてるさね」
よく、言われるけど。
……なにさぁ!? 今回は胸を凝視してねーぞ!?
と思ったが、チルヒメ様が指してるのは態度や口調のことだったらしい。
いうほど、意識してないんだが……。
そんなマセてるかねぇ……。
「あ、こいつ転生者なんだ。俺のクラスメイト」
とユウキがたい焼きをもしゃりつつ割って入ってくる。
片手でたい焼きをもち、もう片手で俺の頭をぽしぽし叩くのはやめていただきたい。
「アンタ、学校通ってたさね?!」
俺が転生者という事実よりそっちのほうが驚きだったか。
「お前もひでぇな?!」
驚愕とのけ反るチルヒメ様に間髪いれずユウキが叫ぶ。
ふむ、まぁ。
今の様子を見るとなんか、学校まともに通ってなさそうに見えるのはわかる。
まぁ、実際あまり登校してこなかったが。
しないっていうより、できなかったってのが実情だがな。
「あんま来れなかったのは間違いじゃないのでは?」
意地悪半分つっこんどいてやる。
「あ、いや……まぁ。そうなんだけどさぁ……」
俺の言葉に、ユウキが困った風に後頭部を掻く。
青味の強い髪が蛍光灯の光に濡れて輝きながら揺れるのが、綺麗だ。
……ほんと、腹立つな容姿だ。女装の癖に。
「やっぱり不登校児さね?」
納得、とチルヒメ様が頷いた。
「病弱だったんです~。通いたくても通えなかったの」
イッーと歯を見せ威嚇する様はどうみてもお子さまだ。
そんなユウキを半目で一瞥してからきなこを見る。
きなこはたい焼きを完食して可愛らしくゲップをしていた。けぷっ。
ふむ。
「残り、たべる?」
数口齧っちゃったけど。ときなこに残りも勧めてみるが、きなこは「きゅきゅ」と鳴きつつ遠慮を示した。
思慮深いなぁ……。
初対面でのアフォさがほんと、夢のようだ。
……夢だったのかもしれない。
きゅっきゅちゃん!