35匹目
つづきー
結局、きなこはトンカツ定食を頼んでいた。
どうやらきなこもさっきの男性が食ってたのを見ていたらしい。
……いや、偶然か。
やっぱ理解してないのでは?
俺は焼き魚定食を頼む。ご飯は小盛りにしてもらった。どんな量が出てくるか未知数だしな。
「その……動物でありますか? 人間と同じもの食べて大丈夫であります?」
「ん。大丈夫大丈夫。俺が保証する」
「あぁ…班長殿みたいなもんでありますか」
納得したらしい、うんうんと頷きながら下がっていく。
「はんちょー?」
誰だそいつは。流れ的に不思議生物か。
と尋ねれば、ユウキがビンゴと笑んだ。
「俺が仲良かったきゅいきゅいさんの名前。たまに連れ出して遊んでたんだ」
「……きゅいきゅいさん……」
サメみたいな見た目の不思議生物……。
-八番街-、思った以上に不思議生物で溢れているな?
「大人になったら会わせてやろう」
「なんで大人……」
「絶対飼いたくなるから」
即答だった。
つか、アンタは俺の何を知ってるというんだ?
前世だってそんな話した記憶ないんだが……。
しかし、納得できるところもある。
「あぁ……そういう系……」
きっと、きゅっきゅちゃんと同じくらいかわいいやつなのだろう。
「従順だし、健気だし、かわいいぜ? 」
「まじかー……」
「きゅっちゃー! きゅっちゃー!」
何故かきなこが叫ぶ。
かなりご立腹なようだ。
「どうした?! そんな怒るなって」
「きなこ……きゅいきゅいさん嫌いなのな……」
「きゅっきゅちゃんっきゅきゅきゅ」
半目で頬杖をつくユウキ。
フスッと鼻息荒くきなこは机をたしたしする。
そんなに嫌いなのか、きゅいきゅいさん……。
なら、飼うのはお預けかなぁ……。
「きゅっきゅきゅきゅきゅきゅ、きゅっきゅちゃん。きゅきゅきゅー」
「あー……いや、それは……流石に、きなこの考えすぎだろ。ハルトのことだし、お前を優先するぞ、この顔」
と、ユウキがきなこの鼻先をカリカリしている。
きなこは嫌ではないらしい。鼻先をふすふすしているが動じない。
「きゅっきゅちゃ?」
「お前、ハルト疑いすぎー。こいつ、お前が思ってる以上にお前を溺愛してるぞ」
溺愛してるのは認めるけど、ユウキに指摘されるのはなんか癪。
「きゅっきゅちゃぁ……」
……?
というか。
「ユウキって、きなこの言ってることわかんの?」
「なんで?」
「普通に会話してるし」
「きゅきゅきゅきゅきゅっきゅちゃん」
「こいつ、めっちゃ賢いからなぁ……」
と、ユウキが指先できなこの頭をつつく。
つつかれるタイミングできなこが「きゅっ、きゅっ」と鳴いているのが可愛い。
「魔力通信できるわけでして」
「ん?」
まりょく、つうしん?
「俺もこいつも声は二の次。いわゆる念話だな」
「きゅっきゅちゃん」
語尾にハートが付き添うな声音でユウキが笑う。
……
魔力通信……
「そういうのもあるのか」
思わず真顔で呻いてしまった。
「どうやんの?」
「お前に魔術の神才スキルはないから諦めろ」
「なんでだよぉおおおお俺もきなことしゃべりたいぃいいいいい」
じたばた。
思わず地団駄を踏んでしまった。
「きゅ……きゅっきゅちゃん……」
「や、きなこ。それは……こいつが一人立ちしてからのほうが……?」
「きゅー……」
畜生。仲良くしやがって……。
つか、そうか?
「ユウキときなこが仲いいのはあれか。会話できるからか!」
「そーだなぁ……。こいつ、きゅっきゅちゃんの中では異質中の異質だしなぁ……。浮くんだよなぁ……群れの中で」
「きゅきゅん」
「あー……だから? 牧場で脱走企ててたの?」
「そんなことしてたのか」
「きゅきゅ!? きゅきゅきゅきゅきゅ……きゅー、きゅきゅきゅん」
「え? あ、そうなの?」
きなこが言い訳したのか、ユウキが吹き出した。
「なんて?」
気になったからユウキに翻訳を頼んでみる。
「教えてあげない」
ハート、と語尾についてるのが見えた。
ちょっとイラッとする。
「これは俺が墓まで持っていった方がいい」
「死なないじゃないですかヤダー」
「神様だしね!」
ふふん、と胸をはったユウキの前にゴトッとお膳が出される。
「おや」
「お待たせしましたでありますよー。これ、いつもの」
「レディース定食(ライス小盛り)って言えよぉ……」
「レディースの概念がゲシュタルト崩壊してる」
お椀のご飯は小盛りに相応しく、半分程度だったのだが……おかずがやばい。
メインのコロッケ2つがでかい。一つが俺の手のひらよりでかいって何事。
それにアジフライ2尾。しかもかなりでかい。
え、それ本当にアジ?
それに山盛りサラダ、小鉢は五目豆と和え物。それにデザートがおいてある。
男性でも全然いい感じじゃね?
「きゅ」
ちょっと焼き魚定食が不安なんだけど。
と思っているうちに引き返した店員さんが焼き魚定食を持ってきてくれる。
……普通だった。
ご飯は小盛り、ほうれん草の和え物、小魚とクルミの和え物、焼き魚は鯖の半身。味噌汁はワカメと豆腐。
うまそう?!
「トンカツ定食のお客様ーであります」
「きゅきゅちゃん」
きなこの前に置かれたトンカツ定食は、先ほど男性が食ってたのと相違なかった。
こんもり盛られたキャベツの千切り、分厚いトンカツ、ポテサラ。
小鉢に油揚げと小松菜の和え物、なすの煮浸し……
「って、小鉢が全員違うだとぉ!?」
「きゅ、きゅっきゅちゃん?!」
「えんじゅのこだわりポイントってなぁ……」
俺ときなこが驚いている中、ユウキは疲れぎみに吐き捨てる。
「えんじゅ?」
「店長の名前。さっきの赤毛の子」
「まじか。店長かよ」
「昼は一人で切り盛りしてるであります」
戻ってきた店員さん……てか店長か。えんじゅさんが言う。
「夜が主力だもんなぁ」
「呑み処でありますしねー」
有翼種、らしい。
髪の毛と同じ深い赤の翼が背中に畳まれている。
畳まれているのは、抜け羽対策だろうか?
飲食店だしなぁ……。
「大変なんだね?」
「やりがいあるでありますよー」
独特な話し方でにへへ、と笑う店長さん。
うーん。こういうのもいいな。
とりあえず、歓楽街に来たときはまた来よう。
焼き魚の絶妙な焼き加減に舌鼓を打ちつつ、俺は内心そう決めたのだった。
つづくー