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37/83

34匹目

つづきー

 ユウキにしては珍しく、その店はわかりやすい場所にあった。

 しかし、その店は外見が店っぽくなかった。

 かろうじて、『呑み処・椿』という立て看板が置いてあるだけ。

 見た目は他の民家と同化していた。

「いらっしゃいでありますよ~! 空いてる席にすわるであります」

 引き戸を開けた瞬間、出汁のいい香りが鼻孔をくすぐり、若い女の……店員さんの声がした。

 呑み処・椿と書かれたのれんを潜れば、外観と違和感のない……いわゆる食堂にふさわしい成り。

 テーブルごとに長椅子が2つ。それが2セット。

 窓際に二人用の小テーブルと椅子が2セット。

 そしてカウンターに椅子が5つ。

 テーブルの上にはそれぞれ箸やらつまようじやら紙ナフキンがおいてある。そして、やけに分厚いメニューが目に止まる。品数がやばい系か?

 メニューはおいといて、雰囲気はいわゆるところの食堂……!

 いや、名前も「呑み処・椿」だったしなぁ……って、居酒屋じゃん?

「ユウキ殿でありますかー。澪夢殿は元気であります?」

 と、店員が話しかけてくる。

「ん? 澪夢最近来てねーの?」

 それにユウキは首を傾げた。

「来てないでありますなぁ……新メニュー考え付いたので、いい加減挑戦させてほしいであります」

 腕を組んでニカッと笑う店員さん。

 うーん、快活そう。笑顔が良く似合っている。

「おっけ、言っとくわ」

 ユウキは店員さんと何やらしゃべっている。

 ふむ、やっぱ知り合いか。

 つか、『挑戦させてほしい?』

「なぁ、ユウキ」

「あ?」

 話の花を折るのは気が引けるが、気になるのでしょーがない。

 ユウキの裾をちょいちょいと引っ張りつつ呼びかける。

「ここ、爆盛り系?」

「澪夢御用達ってだけで、全部そうじゃねーぞ」

 きょとん、と目を瞬いてユウキは応えてくれる。

 うーん、澪夢御用達=大食い専用店みたいな偏見が形成されつつある。 

「あの人、なにやってんの?」

 正直な感想を口走っていた。

 それにユウキが苦笑を溢す。

「なにやってんだろうなぁ……ま、座ろうぜ?」

 きなこがフスッと息を吐く。

 そういえば、立ったままだったわ。

 店内はガラガラという訳ではないが、混雑しているほどでもない。

 会社員だろう男性がもくもくと豚カツ定食を食っていた。あー。うまそう。

 だが、些か量が多いような……大盛り、かな?

 ……大盛であることを願おう。並みであれだと俺……食い切れる自信がない。


 俺たちは4人かけ用のテーブルに腰かけることにする。

 きなこはユウキが隣に下ろしていた。

 仲、良いな? 羨ましいな?

「きゅきゅー」

 しかしきなこはテーブルの上によじ登る。

 そしてメニューを器用に引き抜いて広げた。

 ぺらりぺらりとページを捲っている。

 ……賢い。

「きゅっきゅちゃんって、文字読めたりするの?」

 きなこを眺めつつ、ふと気になったので、ユウキに尋ねてみる。

 ユウキもきなこを見ながら「どうなのかねー。こいつ賢いから認識はしてそうだけど。牧場暮らしだったしねぇ……流石に、メニューの把握はできないのでは?」

 なんて答えが返ってきた。

 ……あ、見てるけど、見てるだけなのね。

 じゃぁ、きなこは何を基準に判断しようとメニューをみているのか。

『取り合えず、店に来たらこうしなければならない』と考えているのか?

 ……あ、ちがうな? お隣の客がやってること真似てるな?!

「きゅきゅー」

 カラクリをつかめたところできなこが鳴いた。

 なにかてしてししている。

 食べるもの決めたのかな?

「あ? きなこ。それはいけない。古椿スペシャル以降は澪夢(大食い)専用メニューだ……ハルトに嫌われるぞ」

「きゅきゅっ……きゅーきゅちゃん」

 古椿スペシャル・改をてしてししていたきなこだが、ユウキの言葉に別のメニューをてしてしする。

 何々……唐揚げ定食か……きなこ、それがどんな料理なのか理解しているのか?

「そうだ。レディーはレディーらしくしないとな……」

 レディーらしくなら唐揚げも好まれないのでは? ……別に唐揚げをうまそうに食う女子が嫌いなわけじゃない……つか、俺は、何でもおいしく食べるレディーの方が好ましく感じるけど。

「ダイエット中なのー」とか抜かして天ぷら屋で衣剥がして食うやつとか、寿司屋にわざわざ行ってシャリ残すやつとか正気を疑うし。黙って刺身食ってろ。

「きゅーきゅ……フスッ」

「きゅっきゅちゃんに雄雌あんの? 今さらだけど」

「? ないぞ?」

 ユウキが瞬いて「何を今さら……」と首を傾げる。

 ……。


「お゛お゛ーん?」

「何つー声挙げてんだよ……」

「きゅっちゃー……」

 頭を抱えて呻いた俺に、ユウキが呆れた声をあげる。

「レディーとかなんとかいっといて……」

「? だってきなこ、女の子だもんな?」

「きゅっきゅちゃんに性別ないんだよなぁ?!」

 頭こんがらがってきたぞ……

「ないぞ? だから、男か女かなんて本人の意識次第だろ? きなこは女の子らしくありたい個体なんだろ?」

 きょとん、と、当たり前のようにユウキがいうもんだから。

 はっとさせられた。

「あー……」

 すまん。

「なるほど、お前、賢いもんなぁ……」

 きなこの頭を撫でてやる。

 きなこは存分心地よさそうにしていた。

「きなこ、ユウキはああいったけど、なんでも頼んでいいからな? ……流石に『特選・古椿スペシャル・究極』は無理だけど……金銭的に」

「それ、澪夢も食いきるのがやっとだったから……ヤバイぞ。俺の胃袋だったら10人は欲しい」

「それどんだけ規格外なの」

 まぁ、金額がとんでもないので、そりゃ……やばいのはわかる。

 きなこは俺の顔を見、それからユウキの顔を見た。

 ユウキがニヘッとだらしない笑顔を浮かべる。

「まぁ、きなこが古椿スペシャル・改を頼んだら俺は日本酒しか頼まないからな」

「なんで」

「きなこが絶対残すから」

「昼から飲むんでありますかぁ」

 と、店員さんが近づいてくる。

 濃い深紅の髪をポニーテールにした彼女は、深い紫の瞳をしていた。

 Tシャツにスパッツ、その上に白いエプロンをしている。

 快活そう。そういうイメージの、女性。

 胸がかなりでかい。……うーん……Gかな?

「そこの少年はマセてるでありますか。見てるところバレバレでありますよ」

「おっと、ごめんなさい」

 半目で呻く店員さん。ここは素直に謝るほかない。

 でもだって、いくでしょあんなないすばでー……。

 ……いや、女性に失礼か。

「きゅーちゃ?」

 きなこが唸っている。

 心なしか怒ってるような……。

 それにユウキが喉の奥で笑みを転がしていた。

 楽しそうでなによりだ?!


つづくー

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