13話【廃坑の町の知恵】
翌日、アリムちゃんに元気よく起こされた私たちは、宿屋で食事を取る。
ドワーフ料理は、味が濃い目なのか、朝から少し胃が重く感じ、半分ほど食べた後で残りはテトに渡す。
「美味しいのです!」
「私は、ちょっと朝から重たかった……」
「おう、すまんな。ドワーフたちは、みんな健啖家が多いから同じように出したが、明日からは半分だけにしておくか!」
明るくそう答えるドワーフの店主の気遣いに、感謝を覚える。
宿屋を出る頃には、ドワーフの店主が廃坑入口まで案内を買って出てくれる。
そして、宿を出る頃に、アリムちゃんも出かけるようだ。
「チセちゃんたちは、どこに行くの?」
「私たちは、廃坑の方を少し見に行くつもりよ。夜前には帰ってくるつもり」
「そうなんだ。私は、これからおじさんところに畑の手伝いに行って、帰ったらお父さんたちの手伝いをするんだ!」
楽しそうに今日の予定を教えてくれるアリムちゃんの笑顔に、微笑みを浮かべる。
「そう、偉いのね」
「アリムちゃんは、偉いのです」
「えへへっ、けど、たまに友達とも遊んだりしてるから偉くはないよ」
そう言って走り出そうとするアリムちゃんを手招きする。
「はい、また魔法の飴」
「わぁ! ありがとう!」
「今度は、友達と一緒に食べるといいわ」
【創造魔法】で作り出した飴をまた渡す。
ちょっとしたイタズラ心で、一個だけ子どもが苦手なハッカ味も混ぜたので、実際に口にする時、どんな反応をするか想像する悪い大人である。
「それじゃあ、行きましょうか」
「ええ、案内お願いね」
私とテトは、ドワーフの店主に連れられて廃坑の入口まで案内される。
廃坑の入口には、鎧とハンマーで武装した自警団のドワーフ男性が見張りしており、店主が軽く私たちのことを説明してくれる。
「すまんな。この子たちはワシのところに泊まりに来た冒険者なんだが、ちと廃坑を探索したいそうだ」
「廃坑を? それにこんな娘っこたちが、なんでこんなところに? なんにもありゃしないぞ」
そう言って不思議がる見張りをしていたドワーフたち。
「簡単な調べ物よ。特に入ることには制限されていないのよね」
「特に余所の人が入っちゃいけない場所じゃないが、入ることは勧めねぇぞ。魔物が出るんだから」
やっぱり、心配されるので、私は苦笑を浮かべる。
まぁ、冒険者なので何かあった際は自己責任なので、そこは認めて欲しい。
「それで廃坑に入る時に注意はあるかしら?」
「注意するのは、魔物と坑道の崩落、それと空気の有無だ」
「忘れちゃいけねぇのは、前に腕試しに鉱山に入って逃げ帰った貴族様がおったじゃろ。あやつの失敗は、明かりの手段が少なかったからだ」
私の質問に見張りの二人が、注意点を教えてくれる。
「明かりの手段? 松明やランタンとかのことよね」
「うんだ、うんだ。わしらドワーフは種族的に夜目が利くが、人間は夜目が利かん。だから、多めに明かりの手段を確保しておいた方がいい。それに空気がない危ない場所だと、松明の火が突然消えるから松明と魔導具のランタンの二つがあった方がいいだ」
ドワーフの店主が明かりがあるか確かめるようにこちらを振り向くので――
「とりあえず、大丈夫よ。――《トーチ》《ライト》」
灯火と光球をそれぞれ生み出して見せれば、ドワーフたちは、感心するようにこちらを見る。
「それだけできるなら、問題ないじゃろ。ああ、それと――」
なにか言い忘れたことがあるのかドワーフの自警団の人が最後に一つだけ私たちにお願いをしてくる。
「中に居るコウモリは、なるべく傷つけないでくれ」
「…………わかったわ。善処するわ」
「お嬢さん方、気をつけて行くんだぞ」
そうして、私とテトは、ドワーフの人たちに見送られて、廃坑の中に入っていく。
「魔女様? 最後のコウモリってどういうことなのですか?」
「うーん。ある程度、予想は付くけど、実際に見てから説明するわ。それより、テト。この廃坑ってどんな感じがする?」
「凄い下の方に嫌な魔力を感じるのです。あと、道がめちゃくちゃなのです」
私も土魔法の《アースソナー》などを併用しながらこの廃坑内部の構造を把握するが、大量の坑道と魔物が開けた無数の穴、そして這いずるように蠢く無数の魔物たちの気配を感じる。
その数は、千や二千どころではない。コロニーを形成し、万を超える数が存在するだろう。
だが、それだけの魔物が繁殖して、外界に出てこないのが不可解だ。
「さて、そろそろこの辺りに作りましょうか」
「やるのです。はぁぁぁっ!」
テトは、廃坑の入口から見えない位置の壁に手をつき、魔法を使う。
ボゴンという音と共に廃坑の土石が圧縮され、広めの部屋になり、私がその部屋の内側に手を当てる。
「さて――《クリエイション》鉄板」
廃坑に穴を開ける魔物の侵入を防ぐために、部屋の内壁を分厚い鉄板で覆って土魔法で溶接する。
そして鉄板の室内には、照明用の魔導具と【虚無の荒野】と繋がる【転移門】。この部屋の安全を確保する結界魔導具を設置する。
「さて、ここを起点に廃坑を探索しましょうか」
「おー、なのです!」
作り上げた安全地帯の小部屋を土魔法で隠す。
これで廃坑をどれだけ奥に進んでも【転移魔法】でこの部屋に戻れば、すぐに外に出られる。
「とりあえず、ドワーフの店主さんに心配を掛けずに済むわね」
「それは大事なのです!」
そうして、改めて廃坑の奥――最深部を目指して進んでいく。
《アースソナー》の魔法で地形を探れば、道に迷うことはないが、一つ問題があった。
「魔物の反応が多いわね。けど、少しは空気の流れを感じるのは、空気孔が鉱山に開けられているからかしら。それでも所々で空気が澱んでる」
ローブの裾で口元を覆えば、澱んだ空気を感じる。
「とりあえず、――《バリア》。《クリエイション》――空気!」
私とテトの周りに結界を張り、その内側に創造魔法で生み出した清浄な空気を満たす。
廃坑のどこに有毒ガスや二酸化炭素が溜まっているか分からないために、空気を纏いながら進んでいく。
「あっ、魔女様。光なのです」
「あれは、坑道が崩落して外と繋がった場所ね。それに、入口で言われたコウモリは、ここから入り込んで住み着いているのね」
入口付近からしばらく進んだ坑道内には、大量のコウモリが住み着いているのを見つけた。
今は日中のために天井にぶら下がって眠っている。
「沢山いると凄いのです。魔女様、さっきのこと教えてほしいのです?」
コウモリたちを驚かせないようにゆっくりと進んでいく中でテトに尋ねられたので私なりの考えを答える。
「あのコウモリは、この廃坑の町の大事な生命線なのよ」
「生命線なのですか? どういうことなのですか?」
「このコウモリは、坑道に住む魔物の餌になっているでしょうけど、それと同時に廃坑の町の肥料になっているのよ」
《アースソナー》で廃坑内部を調べたが、鉄や銅などの金属を採掘しているらしき場所は、ここよりももう少し奥だ。
また、このコウモリたちは、昨日、今日住み着いたわけではない。
きっと十年以上住み着いているはずだ。
それなのに足元に落ちているコウモリの糞の量は、それほど多くない。
コウモリたちは、夜には遠く離れた場所の木の実や果物などを食べて、朝にはこの寝床の廃坑に戻り、そして糞を落とし、寿命が尽きれば死骸となる。
「つまり、町の人たちは、コウモリの糞を肥料としてるのですか?」
「そうだと思うわ。特に廃坑や洞窟みたいな閉鎖的な空間だと糞が発酵しやすいはずよ。町の周囲に、有機質を含む土壌が少ないのに畑を作ることができたのは、土魔法と良質な肥料のお陰ね」
地脈から漏れ出る魔力が大地に満ちていたからと言って、植物が育つ下地が無ければ、育ち辛い。
それを補ってくれるのが、コウモリたちの糞が発酵した肥料なんだろう。
「なるほど、勉強になるのです」
テトは、面白そうに天井のコウモリの群れを見上げる中、私は、驚かせないように、またコウモリの糞の臭気を嗅がないように結界で空気を遮断して進む。
それから程なくして、コウモリ地帯を抜け、坑道に施された魔物避けの効果が途切れた場所に辿り着く。
「ここからは虫の魔物が出てくるわよ!」
「早速、来たのです!」
私は、杖を構え、廃坑の壁を伝って現れた魔物に風刃を無数に放つ。
テトも魔剣を引き抜き、コンパクトな動きで坑道内の魔物を次々と倒す。
「魔女様。倒した魔物はどうするのですか?」
「マジックバッグに入れて持って帰りましょう。魔石の取り出しは後でね」
閉鎖的な廃坑内部では、虫魔物の死体を残しておいても他の虫型魔物が食べてしまうだろう。
それなら持ち帰って燃やし尽くして畑にでも撒いた方がいいかもしれない。
そうして廃坑内部の魔物を倒して間引きしながら進んでいくと、どうやら時間が来たようだ。
「魔女様、そろそろ帰る時間じゃないのですか?」
「あ、もうそんな時間ね。とりあえず、次は、この辺りから再開できるように整えましょう」
ローブの内ポケットから懐中時計を取り出して時間を確かめれば、午後の四時だ。
廃坑内は、閉鎖的で時間の感覚が分からなくなるが、テトのお陰でお昼や帰り時を間違えることはない。
坑道の壁の一部を入口に作った隠し部屋と同じように鉄の部屋と結界魔導具で保護する。
「それじゃあ、今日は、これくらいにしましょう。――《テレポート》!」
そうして夕方前には、転移で入口付近に作った安全地帯に戻る。
そして、入口に向かって歩いていくと、朝とは違い、今度は違うドワーフと人間の自警団が見張りをしていた。
「おっ、噂の嬢ちゃんたちが無事に戻ってきた! 成果はどうだった?」
「虫の魔物が結構いたから倒してきたわ」
「そりゃ、ありがたい」
そう嬉しそうな表情を浮かべるドワーフの自警団だが、注意する。
「倒したと言っても廃坑の表層だけだから、もう少し数を減らしたら奥まで行って魔物を倒すわ」
「おう、分かった。嬢ちゃんたちの忠告を聞くよ」
私とテトは、ドワーフの自警団の人たちに約束を取り付けて、宿屋に戻る。
そして、宿屋には、ドワーフの夫婦と娘のアリムちゃんが待っており、私とテトが無事に帰ってきたことに夫婦がほっと安堵した表情を浮かべ、アリムちゃんが駆けてくる。
「チセちゃん! お帰りなさい!」
「ただいま、約束通り帰ってきたわ」
「またお世話になるのです!」
可愛い女の子に迎えられて、少し表情を綻ばせ、その日はドワーフ一家と共に食事をして、アリムちゃんに色んなお話を聞かせてから、テトと一緒に眠るのだった。
魔力チートな魔女になりました1巻は、GCノベルズ様より12月26日発売となります。
イラストレーターは、てつぶた様が担当し、とても可愛らしくも大人びたチセが表紙を飾っております。
書店購入特典には――
ゲーマーズ様より、SSペーパー
虎の穴様より、SSイラストカード
TSUTAYA様より、SSイラストカード
メロンブックス様より、SSイラストカード
――以上の書店で配布予定となっております。
また書籍のアンケートにお答え頂くと書き下ろしSSを読むことができます。
ぜひ、よろしくお願いします。









