12話【廃坑の町】
ラリエルの依頼で目指した場所は、ローバイル王国の北部の山岳部に近いところだった。
見るからに寂れた埃っぽい町並みと近くに聳える禿山に顔を顰める。
「この辺りの地脈の状況は、あれ? あまり酷い感じはしないわね……」
「魔女様~、でも人が暮してるみたいなのです」
魔力を目に集中させて、禿げた山とその周辺の大地を見渡す。
これまでは、地脈の流れの下流の方の大地が弱っていたのを感じたが、問題の大本である場所には、魔力的な大きな問題は見られなかった。
むしろ、禿山から漏れ出る魔力で畑や周囲の森の木々が生き生きとしているように感じる。
ただ、町自体は発展していないのか寂れた感じで、栄えていた名残の建物を使って存続しているようだ。
「とりあえず、行きましょうか」
「はいなのです」
私は、テトを連れてこの町を歩いてみたが、以前はギルドの建物だった場所も管理する人が居らずに寂れており、仕方がなく宿屋を兼業する食事処を見つけ、その中に入っていく。
そんな食事処の店主であるドワーフの男性が店の椅子に気怠げに座っていた。
「おう、嬢ちゃんたち、いらっしゃい。旅の人かい?」
「ええ、食事とこの町のことを教えてくれる?」
「美味しいご飯を食べたいのです!」
「悪いな。余所者に分けるほどの食べ物はないんだ。食事を作ってやりたいが、この近辺の村々がどこも不作でそっちが優先なんだ。まぁ、宿だけは提供できる」
申し訳なさそうにするドワーフの店主に私は、マジックバッグに仕舞った物を取り出す。
「小麦粉、オーク肉、各種野菜、川魚の干物、果物、塩、砂糖。これだけあれば料理は作れるかしら?」
「な!? こんな食材、どこから……」
驚き、目を見開くドワーフの店主に私は交渉を続ける。
「とりあえず、食材は私の方で提供するから当面の食事は作ってくれる? 料金も正規で支払うし、余った食材は自分で使ってもいいわよ」
「だから、美味しいご飯お願いするのです!」
私からの要望とテトの無邪気な言葉に、目を白黒させていたドワーフの店主は、大きく深呼吸して表情を明るくする。
「それなら旨い料理を作ってやる! 満足な食材は久しぶりで腕が鳴るぜ! それにこの町の話だったな! 料理しながらでも話してやるよ!」
そう言って、私のお願いを引き受けてくれたドワーフの店主は、料理を作りながらこの町の歴史を語ってくれる。
ローバイル王国の北部には鉱山が多く、鉱山を求めて移住するドワーフも多かったそうだ。
そうしたドワーフたちが様々な仕事に就いて、町を作り上げていたようだ。
「やっぱり規模は、町なのね。けど、どうしてギルドすらないの?」
「町の産業の鉱山が廃鉱になって、そのせいでドワーフの鍛冶師たちが移住して町の規模も小さくなり、ギルドも撤退だ」
「大変なのですね」
テトがニコニコと相槌を打ちながら、小麦を水で溶いて焼いた生地に肉や野菜などで作ったおかずを乗せて食べている。
「そういえば、嬢ちゃんたちは、何の目的でこの町まで来たんだ?」
「私たちは、鉱山を目指してきたんだけどね」
「そりゃ、残念だ。今は廃坑だが昔は、魔鋼、ミスリル、オリハルコンなんかの魔法金属や【魔晶石】なんかが採掘されたんだ。今じゃ大量の虫魔物がどこからか入り込んで繁殖しているから誰も手が出せない」
「そう……その話を詳しく教えてくれる?」
私は、味の濃いドワーフの料理を食べながら私たちは、この町の状況の話を聞く。
そうして語られるのは、この町の歴史。食事処兼、宿屋を営む廃坑の町のドワーフの店主が語る。
今から約200年ほど前にこの近くの山で鉱脈が発見された。
それは、稀少なミスリルや魔鋼、オリハルコン、魔力を蓄えられる鉱物の【魔晶石】などを含む魔法金属を含む鉱脈であったために、大勢のドワーフが移り住み、町を作り、発展していった。
特に最盛期には、多くの名工が誕生し、数々の武具が生まれて多くの冒険者や騎士を支え、王室に献上され、他国に輸出するほどだった。
「それが今から30年前だ。鉱山で働くドワーフの鉱夫たちは、土魔法が得意だからな。余すことなく鉱山の金属を掘り尽くしちまって廃坑になった。それからは、廃坑に見切りを付けたドワーフの鉱夫や鍛冶師、人間の商人たちは、この町を去った。まぁ、色々なことが原因で今はこんなに寂れちまった」
「この町に残った人たちは、付いていかなかったの?」
「俺たちは、この町で生まれ育ったドワーフだ。他に行くところなんてねぇのさ」
食事は既に終わり、ドワーフの店主が出してくれたお茶を飲みながら、彼らの町の歴史に相槌を打つ。
「幸い、俺たちは土魔法が得意だからな。こんな廃坑跡の荒れた町でも畑は作れるし、体も丈夫だ。それに廃坑からも魔法金属が採れないだけで、まだ鉄や銅も少量は採れる。ただ、なぁ……」
大地の魔力は、他の場所に比べて弱っていない。
生きる分には、十分に暮していけるような様子だが、何か問題があるのだろうか。
「やっぱり問題が?」
「廃坑には強くはないが、かなりの虫魔物が住み着いちまって、年々増えている。だから、最近では金属も掘りに行けないし、廃坑の中を掘り進む虫魔物も現れて廃坑は迷路状態だ」
討伐するのも難しいのだろう。
そして、魔物の爆発的な繁殖の原因は、地脈から噴出する魔力による魔物の活性化だろう。
その余波で大地に魔力が満ちて地脈の下流ほど酷い不作に悩まされていないが、廃坑に住み着く魔物の問題を解決するためのお金は、この町にはないのだろう。
「だからな。今は入口を見張って出てきた魔物を町の自警団たちで退治しているが、本音を言えば、内部がどうなっているのか、誰にもわからねぇ」
今日明日でどうにかなることではないが、あまり良い状況ではないだろう。
なにせ、五大神のラリエルが直々に私に依頼してきたほどだ。
「とりあえず、私たちが中まで見てくるわ」
「もしかしたら、奥の方に魔石が沢山集まってるかもしれないのです!」
私とテトがそう答えると、ドワーフのおじさんは、驚いた表情を浮かべる。
「嬢ちゃんたちがか? 悪いことは言わねぇ。止めといた方がいい」
「入るのはダメ? それとも許可が必要?」
「いや、そうじゃねぇ。あんたら、旅人にしては小綺麗な姿をしてる。だから、貴族とそのお付きの人かなんかだろう? 腕試しで廃坑の魔物に挑むのは止めなさい」
どこかの魔法を覚えたての貴族の娘とそのお付きと思われたようで、私とテトは思わず笑ってしまう。
だが、ドワーフのおじさんは、真剣な表情で私たちを諭そうとしてくる。
「笑っているが、わしは本当に心配しておる。あの廃坑は、かなり深いんだ。それに素人が入り込んだら抜け出すのも難しいし、何より廃坑は暗くて、所々にはガスも貯まっている。危険は、魔物以外もあるだ。命を捨てるようなものじゃない」
「ごめんなさい。ただ、おじさんが本気で心配してくれるのが嬉しくてね」
「ありがとうなのです。でも、私たち、こういう人なのです」
こういう時は、ギルドカードだ。
Aランクのギルドカードと【空飛ぶ絨毯】のパーティー名をドワーフのおじさんに見せると、それを手に取り困惑する。
「私たちは、【空飛ぶ絨毯】ってちょっと名の知れた冒険者なのよ」
「お嬢さんたち……Aランクの冒険者なのか……だが、わしは、田舎者だから【空飛ぶ絨毯】ってパーティーのことは知らんのじゃ。悪いがワシには、あんたらの実力を確かめる術がないんじゃが……」
そう言って、困惑するドワーフのおじさん。
Aランクの肩書きも【空飛ぶ絨毯】の知名度も通じない。
魔力で相手の力量を計るには、Cランク冒険者以上の魔力感知能力が必要なので、このドワーフの店主は、調べて判断することもできないのか。
「そもそも、こんな辺鄙な廃坑の町には、Dランクまでの冒険者しかおらん。なぜ、わざわざAランク冒険者なんて凄い人がくるのか。それも他国からここに来たのか不可解じゃ」
イスチェア王国で登録しAランクに昇格したので、このローバイル王国としては、遠い国という認識だろう。
「そう、ね。ある人の依頼でこの辺りに来たのよ」
「ある人?」
「ええ、誰かは言えないけど、その人に頼まれてここまで来たの。それで、廃坑のことが関わりがあるかと思ってね」
「そうか……わかった。ただ約束してくれ。お嬢さん二人は、最初の一週間は、毎日必ずここに帰ってくることだ。廃坑に行ってもちゃんと帰ってきてくれるなら、わしらもお嬢さん方を信じて送りだそう」
真剣な目で見返すドワーフのおじさん。
そんなことは無視して、廃坑の奥まで探索すれば良いのだろうが……
「わかったわ。それじゃあ、とりあえず一週間、この宿を借りるわ。食事付きでお願いね」
「もし本物のAランクなら心配は要らないんじゃろうが、年若いお嬢さん方が無理しそうになるのを見ると、どうしてもお節介をしたくなる」
「ふふっ、心配してくれるだけでも嬉しいわ。けど、私はこう見えても40歳よ」
「そして、テトは、44歳? なのです?」
私がギルドカードの年齢欄を見るように言えば、ドワーフのおじさんが驚き目を見開く。
「あんたら……人間にしてはえらく若く……いや、幼く見えるなぁ。エルフかドワーフの血でも混じってるンか?」
「ただ、魔力が多いだけよ」
そう自嘲気味に答えて、その日はこの町唯一の宿屋に泊まる。
そして、ドワーフの女性である女将さんと顔を合わせたのだが、ずんぐりむっくりとして髭を生やしたドワーフの男性と比べると、身長が140センチほどの幼い容姿に合法ロリっぽい。
やや小柄な二十歳くらいにも見えるが、これで45歳なのだから、ファンタジーの長命種族は侮れない。
そして、もう一人――
「わぁ、お客さんは久しぶりだぁ!」
「これ、アリム。お客さんの前で失礼だぞ」
この食事処兼、宿屋の夫婦の娘であるドワーフの少女が帰ってきた。
年頃としては、私と近い12歳くらいに見える。
母親のドワーフの女将と並ぶと姉妹に見えるほどだ。
合法ロリの存在するこの異世界では、永遠の12歳になった私の存在はそこまで奇異に映らないのかも知れない。
「初めまして! 私は、アリムって言います。お客さんの名前は?」
「チセよ。とりあえず、一週間ほどお世話になるわ」
「私は、テトなのです。よろしくです!」
「チセちゃんにテトちゃん、よろしくね!」
チセちゃん、テトちゃん……なんだろう、気持ちとしては少女ではなく成人女性のつもりなのだが、少女扱いされるとむず痒く感じる。
「これ、アリム! お二人は、アリムよりも倍以上年上の大人の方じゃぞ!」
「えー、そうなの!? チセちゃん、私と同い年くらいだと思ってた!」
元気がいいドワーフの少女に私は苦笑を浮かべる。
「ねぇ、アリムちゃん。ちょっとした魔法を見せてあげる」
私は、掌を開いて、閉じてを繰り返して何もないことを見せつける。
そして、何かを包み込むように両手を合わせ、無詠唱で【創造魔法】を発動させる。
「はい。魔法の完成、掌を出して」
「え、あっ、わぁぁっ、飴だぁ!」
アリムちゃんの掌の上で合わせた両手を開き、【創造魔法】で作り出した飴玉を載せていく。
油紙に包まれた飴の味は、イチゴとレモンとオレンジの三種類だ。
こんな貧しい村では、甘味はとても貴重なのだ。
「チセちゃん、凄い! 本当に魔法なの!? 貰ってもいいの!」
「ええ、それは、アリムちゃんのものよ」
こんな寂れた町では、飴玉などの甘味料ですら貴重品なのだろう。
元気溌剌としたドワーフ少女の喜ぶ姿は、とても眩しく感じる。
そして私が渡した飴玉を両親にも一個ずつ分ける姿を見て、微笑ましくも、どこか懐かしく思う。
セレネが小さい時は、歌を歌いながら、ポケットを軽く叩く際に、ビスケットをこっそりポケットの内側に生み出したり、手品っぽく掌に飴玉を現わしたりして遊んだのを思い出す。
そんな別れてしまった義理の娘のことを思い出し、少しだけしんみりともしてしまう。
そして、テトは――
「魔女様~」
「はいはい、テトの分もあげるわ」
また拳を握って、その手の中で【創造魔法】を使えば、新たな飴玉を生み出せる。
「ありがとうなのです!」
テトもアリムちゃんと一緒に喜ぶ中、ドワーフ夫婦は、娘が明るく喜ぶ姿と私に対しても申し訳なさそうな表情をしている。
「申し訳ない。食材を分けていただいたり、うちの娘が……」
「いいのよ。私も子どもが喜ぶ姿を見るのが好きだから」
そうして、少しばかりアリムちゃんや女将さんとこの町について話を聞いたりしながら、テトと二人部屋で過ごすのだった。
魔力チートな魔女になりました1巻は、GCノベルズ様より12月26日発売となります。
イラストレーターは、てつぶた様が担当し、とても可愛らしくも大人びたチセが表紙を飾っております。
書店購入特典には――
ゲーマーズ様より、SSペーパー
虎の穴様より、SSイラストカード
TSUTAYA様より、SSイラストカード
メロンブックス様より、SSイラストカード
――以上の書店で配布予定となっております。
また書籍のアンケートにお答え頂くと書き下ろしSSを読むことができます。
ぜひ、よろしくお願いします。









