9話【盗賊退治】
【空飛ぶ絨毯】の上で気持ち良さそうに風を受けて目を細めるとテトが私に尋ねてくる。
「魔女様。そういえば、いつ女神様からお願いを聞いたのですか?」
「この前説明した日の寝ている間に、女神ラリエルから依頼されたのよ。彼女が今管理している領域の問題解決を手伝ってほしいらしいの」
「そうだったのですか! テトもいつか女神様たちに会いたいのです」
テトは、セレネの育児中に五大神の宗教物語などを一緒に読んでいたために、この大陸の神についての名称は知っている。
――太陽神のラリエル。
――地母神のリリエル。
――海母神のルリエル。
――天空神のレリエル。
――冥府神のロリエル。
この五人の女神がそれぞれの権能を司り管理するのが、この大陸だ。
ただ、私が夢で会うだけなのでテトは、女神と夢での邂逅を羨ましがっている。
「一応、女神降臨って教会の魔法があるけど……」
女神自身をその身に降臨して奇跡を行使する魔法であり、現在では教会の司祭たちが数十人で成す儀式魔法のために個人で発動するにはどのくらいの魔力が必要なのかは不明だ。
まぁ、私が魔力を増やしていけばいつかは辿り着くだろう、と思う。
この数十年で【不思議な木の実】を食べ続けて、30万魔力まで増えた。
【虚無の荒野】からイスチェア王都やガルド獣人国の全域など、大陸中央部の距離ならば、一度行ったことある場所の片道をいつでも行ける。
「それで、女神様のお願いってどういう内容なのですか? 領域の問題って何をするのですか?」
「それは、ラリエルから与えられた依頼の詳細なんだけど、魔物の巣の間引きをお願いしたいんだって」
「魔物の巣、なのですか?」
「ええ、そうよ」
ラリエルから脳内に与えられた知識による依頼の詳細では、そうなっている。
魔物の巣――具体的には、乱れた地脈の魔力の噴出地点に魔物の群が巣を作っていた場合、その魔物たちが高密度の魔力に晒されて活性化してしまうのだ。
放置していると、活性化した魔物が繁殖して溢れてスタンピードという形で魔力災害が引き起こされてしまう。
そうした、地脈の噴出地点の封鎖と魔物の駆除が今回の依頼である。
「女神ラリエルからは、魔力の噴出点で繁殖した魔物の間引きをお願いされたのよ」
問題としては、何十年も前から存在したらしいが、今の今まで放置していたのだから、火急の頼みでもないらしい。
「魔物が沢山生まれる場所は、魔石も手に入るのです!」
そう言って、じゅるりと垂れそうになる涎を啜るテト。
「そうね。まぁ、その魔力の噴出を収める仕事が終えたら、ローバイル王国の海の幸でも楽しみに行きましょう」
「はーい、なのです!」
そうして【空飛ぶ絨毯】で獣人国の辺境から国境を目指す。
転移魔法で国境近くまで飛んでもいいが、寄り道することで見つかるものもあるのだ。
「魔女様ー、あそこに盗賊の根城があるみたいなのです」
「……そうね。とりあえず、潰しましょう」
【空飛ぶ絨毯】に乗っているので人目が付かないように街道から少し離れた場所を飛んでいけば、崖の横穴にある洞窟を見つけた。
そこは、盗賊の根城になっており、魔法での【生命探知】を行なえば、約30人規模の盗賊であり、更に捕らえられている人間も数人いた。
「――《スリープ》」
膨大な魔力で対象の眠気を誘発する闇魔法に属する睡眠魔法を使い、盗賊の根城にいる人間を全員眠らせる。
一人ずつ鑑定して、盗賊かそうでないか判別していき、手錠のように固めた金属で拘束し、更に牢屋もテトが作り出してその中に放り込む。
「人間の割合が多いわね。それにこいつ親玉ね。元Cランク冒険者ってあるわ」
「魔女様、人間の割合が多いのは何か問題なのですか?」
「ここは、獣人国よ。人口比率的に考えて、盗賊になるのは獣人が多いはずよ」
いびきを掻く盗賊の親玉を《サイコキネシス》で持ち上げて、牢屋にぶち込む。
また、盗賊の根城にある物資を根こそぎ奪う中、捕まっていた人の部屋も見つける。
中には、人間や獣人の女性たちが集められており、死んだように眠っている。
「酷いわね。とりあえず、清潔化と治療しないと」
従属させるために首に着けられた金属製の奴隷の首輪は、イスチェア王国やガルド獣人国では、国家と国家が認めた奴隷商でしか扱えないものであり、国家認定の刻印がないために違法奴隷だろう。
事実、鑑定のモノクルや魔法で調べたところ、誘拐されて違法奴隷にされた女性たちのようだ。
「…………《エリアヒール》《クリーン》」
回復、清潔化を掛けて彼女たちを癒やしていく。
全員が襤褸切れを着せられて眠っている彼女たちの体には、所々に殴られた痣や擦り傷があったりする。
不幸中の幸いか、盗賊たちの大事な商品のためか、攫われてそれほど時間が経ってないのか幸いにも性的な乱暴はされていなかった。
30年近いの冒険者のキャリアの中で、これより酷い場面は何度も見てきた。
その度に、被害を受けた女性たちが受けた仕打ちを考えて、涙が零れそうになる。
怖かっただろうし、痛かっただろう、辛かっただろう。
「魔女様、大丈夫なのです」
「……テト、ありがとう」
そして、最後に傷を治し綺麗になった少女たちに【創造魔法】で作り出した衣服に着替えさせて外に運ぶ。
「おい、テメェ! 俺様たち【黄牙団】に手出してタダで済むと思ってるのか!」
私とテトが女性たちを運び出していると、根城の入口に作った檻の中で盗賊が騒いでいた。
どうやら盗賊の親玉は、魔法抵抗がそこそこあるのか、一番早くに起きて他の盗賊たちを起こして騒いでいるようだ。
「さて、テト。女の子たちの面倒見てくれる。町まで運ぶから」
「はいなのです!」
「おい、俺様たちを無視するな!」
人の大量運搬のために帆馬車を魔法で作り出し、寝かせていく。
その間に騒ぐ盗賊たちに苛立ちながら無視して、根城の洞窟の方を向く。
「自然破壊は、あんまり好きじゃないけど――《グラビティー》!」
杖を掲げ、被害が広がらないように結界で根城の洞窟に魔法を放つ。
生まれるのは、重力場だ。
崖全体を上から押し潰すような力が掛かり、洞窟の入口が罅割れて、パラパラと細かな石が落ちていく。
そして、加重に耐えられなくなり、洞窟自体が崩壊し、縦に潰れるのだ。
更に――
「あっ、上空は、結界を張るの忘れたわね」
魔法の範囲の上空に鳥が通過すると、落ちていき、加重の圧力で地面の染みになる。
それが、盗賊たちに末路の一つだと想像させられた。
「さて、盗賊みたいな外道に容赦する気はないわ。ちょうど、あなたたちを埋葬する土地ができたところだしね」
私が魔力を放出して威圧すれば、耐えられない盗賊から白目を剥いて口から泡を吹いて気絶し、盗賊の親玉も歯の根をガチガチに震わせて怯えている。
「それじゃあ、黙りなさい。もし私たちを不快にさせたら、分かっているわよね」
スッと放出する魔力の威圧を止めて、その一言だけ呟き、テトのところに行く。
「魔女様、それでどうするのですか?」
「とりあえず、近くの町まで運びましょう。運ぶ方法は――」
まぁ、魔力は十分にあるし、帆馬車と盗賊を捕まえた檻を闇魔法の《サイコキネシス》で牽引して運べばいいと考える。
それと、眠ったままの女性たちは、きっと色々と混乱するだろう。
「もうしばらく寝ててね。――《スリープ》」
彼女たちの頭を優しく一撫でして、眠りの魔法を重ね掛ける。
眠っている間に、盗賊に囚われた悪夢は終わる。
次に目覚めた時は、安全な居場所よ、と囁くように呟き、近くの町まで運んでいく。
その際、私とテト、捕まった女性たちを乗せた帆馬車と盗賊を捕らえた檻が連なって空を飛ぶ。
町に辿り着く時は、奇異の視線に晒され、町から新手の魔物かと思われて衛兵や冒険者たちが飛び出してくるのだった。
魔力チートな魔女になりました1巻は、GCノベルズ様より12月26日発売となります。
イラストレーターは、てつぶた様が担当し、とても可愛らしくも大人びたチセが表紙を飾っております。
どうぞ、よろしくお願いします。









