8話【気付けば、40歳を超えてました】
そんな十年の間に、私がイスチェア国王に託した義娘のセレネが17歳になり、結婚式を迎えて、その結婚式を【転移魔法】でこっそりとテトと一緒に見に行ったりもした。
セレネを知らないベレッタには、冬の間、彼女と過ごした日々のことを話したりした。
そして、10年の間にガルド獣人国での依頼もあるが、【虚無の荒野】でも少しずつ変化が生まれていた。
荒野の中央には、【創造魔法】で作り出したこぢんまりとした屋敷を建てて、そこに土地の管理用魔導具のシステムを再構築した。
また、ベレッタの他にも20体もの奉仕人形たちを【創造魔法】で作り出し、一体ずつに【自己再生】のスキルオーブを付与した。
ベレッタのように2000年の時を現存する個体ではなく、生まれたばかりの奉仕人形なので、スキルを付与してもそれが魂の形成に関わるほどの経験を積んでいないために、メカノイドに変化しない。
今はまだ、ただの奉仕人形だが、いずれ彼女たちも経験を積み、ベレッタと同族になることを期待している。
そこから更に数年が過ぎ、気付けば私は、40歳になっていた。
世間では、立派なおばさんと言える年代だろうが、私とテト、ベレッタたちの容姿が変わらないためにあまり実感がなく、かなりのんびり過ごしている。
そんな中、【夢見の神託】では、珍しくラリエルだけが現れた。
…………
……
…
『なぁ、チセ。あたしの管理領域の問題解決を手伝ってほしいんだ!』
「あー、そう言えば前に言っていたね」
十数年ほど前から言われていたが、年に一度のガルド獣人国での緊急依頼や【虚無の荒野】の再生、ベレッタや奉仕人形たちとの生活が楽しくてすっかり忘れていた。
テトが食べる魔石も緊急依頼などで手に入れた魔石だけで当分は足りるので、魔石食べ放題もあまり魅力に感じていないために、私から動く動機が薄かった。
『チセ。微妙に長命種族的なのんびりとした性格になってないか?』
「あー、それはちょっと怖いわね。この前とか言って、100年前のことを言いそう……」
けど、不老になったのなら、いつか来る未来なんだろうか。
うん、少しはメリハリのある生活を頑張ろう。
「そうね。そろそろラリエルの依頼を受けないとね」
『チセ、ありがとう! それじゃあ、問題の場所の知識を送り込んでおくぞ!』
私の頭に触れたラリエルから詰め込まれた場所の知識は、このガルド獣人国ではなく更に東――ローバイル王国だった。
「ローバイル王国がラリエルの管理領域?」
『そう、その通りだ。あたしは、太陽神だからな! 太陽が昇る方角にあるのは当然だよな!』
そう言って胸を張るラリエルに、そういうものかと首を傾げつつとりあえず納得する。
そうして目を覚ました私は、女神・ラリエルとの約束を果たすために、旅を再開することをテトとベレッタに伝える。
『ご主人様、行ってしまわれるのですか』
「まぁ、今の世界の環境だとベレッタは、連れていけないからね」
「お土産買ってくるのですよ~」
そう言って、私とテトを見送るために本拠地の屋敷ではなく、以前まで住んでいた小さな小屋の前まで来ていた。
ベレッタの表情はあまり変わらないが、共に行きたいと雰囲気からそう訴えている。
だが、ベレッタは、【虚無の荒野】――いや、正確には世界樹の近辺でしか生活できないのだ。
ベレッタの体が元になっているのは、古代魔法文明期の奉仕人形だ。
当時の魔力環境下を前提に設計されたために、稼働には空気中の魔力の吸収か、数日に一度、他者からの魔力補給か魔力補給スタンドのような施設が必要だった。
だが、魔力補給の施設が存在しない現在、魔力濃度の低い外界では一日の稼働時間が4時間ほどしか動けないのだ。
それは魔族化しても引き継いでいるためにベレッタには、私たちが留守の間、彼女の部下である奉仕人形たちと【虚無の荒野】の屋敷の管理を任せることになった。
ちなみに、奉仕人形の核は、戦闘用のA型やベレッタの日常生活の補助のB型、性処理用のC型とそれぞれ存在するが、遺跡から発掘した壊れた他の核もテトと同じように同化・吸収することで他の核の性能を引き継ぐことができた。
その結果、戦闘用としての戦闘技能と女性器を模した器官が誕生し、生理機能も獲得した。
その時のベレッタは、本当に驚いた表情をしており、自身が人間と同じように子を作れる可能性に驚き、悩み、そして変化した世界での奇跡に静かに祈っていたのは、余談だ。
『ご主人様が女神の神託によって下された使命を無事に終えて、帰ってくることをお待ちしております』
「大げさね。私には転移魔法があるし、【転移門】も設置すれば、いつでも帰ってこられるわよ」
「いつもみたいに、ちょいちょいと帰ってくるのです!」
そうして私たちは、【空飛ぶ絨毯】にテトを乗せて、【虚無の荒野】から旅立つ。
向かう場所は、【虚無の荒野】の拠点から一番近い獣人国のヴィルの町だ。
【虚無の荒野】の再生のために引き籠もっていても、定期的に町に寄り、薬草やポーションなどを納品していた。
半ば、早期に余生を楽しむような半引退生活を送っている私たちは、それでも二十年以上もこの町で活躍し続ける上位冒険者であるために、町のギルドに向かう。
「いらっしゃいませ。本日は、どのようなご用件でしょうか?」
迎えてくれたのは、見覚えのない若い受付嬢に、ここ一ヶ月ほどの間に来た新人だろうか、と思ってしまう。
「私はこの町を中心に活動している冒険者のチセよ。諸事情によって、相棒のテトと一緒に東のローバイル王国の方に行くからその挨拶に来たわ」
「えっと、チセ様? テト様!? ギ、ギルドカードの提出をお願いします!」
慌てた受付嬢にギルドカードを渡すと、Aランクの文字と【空飛ぶ絨毯】のパーティー名にひぇっと短い悲鳴を上げる。
ガルド獣人国の各地の緊急依頼を受け、吟遊詩人に語られて広められているので、偉人扱いである。
「しょ、少々お待ちください!」
そう言って、ギルドの奥の上司に駆け寄っていってしまう。
「はぁ、行く先々でこんな反応をされるのかしら?」
「仕方がないのです。ユーメーゼイってやつなのです!」
誇らしげに答えるテトに、嬉しくないわ、と思ってしまう。
Aランク冒険者の戦力は、まさに国家級の戦力だ。
スキルと魔法があるこの世界では、時に個人の武威だけで戦況を覆すことがある。
国家に所属していないフリーのAランク冒険者となると一つの国に両手の指で足りるほどしか居ない。
イスチェア王国でAランクの認定を受けたが、ここ二十年以上は獣人国に活動拠点を戻していた。
だが、ぶっちゃけAランクになると仕事がないのだ。
Aランク規模の事件は、私たちが呼び出された緊急依頼のような物が年に1度か2度あるか無いかである。
そのために、大抵はBランクの依頼を受けるか、時折発生するAランクの依頼を受けるか、人々が手を出さない魔物の領域に自発的に挑むようになる。
それか体の衰えを感じたら、半引退して後進育成かギルドマスターになるか、国家に雇われて騎士になるか、それとも冒険者で稼いだ元手で商売を起こすか、土地を買って田舎に引っ込むかである。
そういう意味では私とテトは、半引退状態で他の冒険者の依頼を奪わず、更に20年以上も全盛期を維持し続けている。
【空飛ぶ絨毯】があるので、国内戦力の穴の抜けた地域に即時投入できる便利な冒険者だろう。
「チセ様、テト様! ギルドマスターが呼んでいます!?」
戻ってきた新人受付嬢は、私と馴染みのある受付嬢を連れて、ギルドマスターの部屋に案内する。
「チセさん、テトさん。この国から出ていくって聞いたけど、理由を聞いても? もしかしてガルド獣人国が嫌になったとか?」
待ち構えていたギルドマスターが私たちに尋ねてくる。
セレネと一緒にギルドに通っていた頃の先代ギルドマスターは、年齢と冒険者としての技量を理由に引退している。
今のギルドマスターである彼は、元ギルド職員の男性が引き受け、かれこれギルマス歴は10年以上になる。
十数年前にセレネの本当の親元と会うために、イスチェア王国まで行っていたために少し心配されていたが、向こうでAランクになって帰ってきたのは喜ばれた。
ただ、臨時職員扱いだった治癒師のセレネが親元で暮すことになり、本当に残念がってもいた。
そして、1年間ほどはセレネを親元に帰したことへの傷心を理由に、【虚無の荒野】の調査とベレッタの修理のために引き籠もって積極的に依頼を受けなかった。
それ以降の年は、辺境の町のBランク依頼や不人気な塩漬け依頼などを暇な時に受け、緊急依頼では【空飛ぶ絨毯】で駆け付けてくれる貴重なAランク冒険者として気に掛けてくれている。
私とテトにも実績から言ってギルドマスター就任の打診があったが、それは謹んで断ったために、彼がギルドマスターになったのは余談である。
「ガルド獣人国は、嫌いじゃないわよ。みんな気が良くて優しいから好きよ。でも理由ね……ローバイル王国は、海に面しているでしょ? 海産物が食べたくなったのよ」
「はぁ? 海産物ですか?」
イスチェア王国もガルド獣人国も内陸に面している国家だ。
そのために、海の海産物が欲しくなる……というのは表向きの理由だ。
「そんな理由でですか? あっちの国の未攻略ダンジョンの挑戦とか魔物の領域開拓とか、そうした理由じゃなくて?」
「いえ、ただ海産物が食べたいだけよ」
【創造魔法】で海産物を作り出して時折食べているが、やっぱり自分のイメージ上から作り出したものよりも地の物が食べたいと思ってしまう。
「そんな娯楽……って娯楽できる立場でしたね」
「ええ、お陰様でここ十数年貯めたお金があるからね」
イスチェア王国での大悪魔封印で使いづらいミスリル貨などの大金がある。
その他にも十数年間、コンスタントな冒険者活動に、ポーションや薬草類の納品、緊急依頼の報酬などで私とテトのギルドカードには、お金が貯まる一方だ。
むしろ、最近では下手な貴族よりもお金を持っているために、どこからか嗅ぎつけた商人や貴族が、私とテトを妻や愛人にしてその資産を得ようと画策しているらしい。
だが、【虚無の荒野】に引き籠もっているので、私たちに対しての実害はないし、実力行使など不可能なほど私たちは強い。
まぁ、たまに馬鹿な人たちが居るので、無力化した後は衛兵に突き出している。
「最近は、有名になりすぎて、変な人から求婚されたりしているからそれから逃げるって理由もあるけどね」
「魔女様は、絶対に誰にも渡さないのです!」
そう言って、私を横から抱き締めるテトだが、私もテトを誰かの嫁に出すつもりはないし、私も嫁になる気はない。
「あー、まぁ、わかった。わかりました。本音を言えば、二人には行ってほしくないけど、今まで結構働いてくれましたからねぇ」
元・ギルド職員からギルドマスターになった彼は、昔ここで働いていたセレネのことを目に掛けてくれていた優しい人だ。
その後、職員からギルドマスターの役目を継いだ彼は、何かと苦労する立場だ。
新ギルドマスターの悩みの種となる依頼を受けたり、空いた時間にテトが他の冒険者に訓練を付けて鍛えたりしたので、この町の冒険者の質は非常に高い。
そうした私たちの積み重ねに恩を感じているようだ。
「一ついいですか? チセさんたちは、余所の国に行ってもギルドの依頼は受けてくれますか?」
「ええ、気が向いたらね」
私がなんでもないように言うと、ギルドマスターは、ふっと苦笑を浮かべる。
「チセさんは、気が向いたらと言ってここ十数年間に選ぶ依頼は、だいたいが義侠心で選んでいますよね」
「魔女様、バレてるのです~」
「…………違うわよ」
テトに微笑まれ、ギルマスに指摘されて私は視線を逸らす。
ただ私とテトが町に薬草やポーションを納品した後で、ギルド掲示板に辿り着いた時、残っている依頼が他の冒険者にとって厄介だったり、報酬が少なく割に合わない討伐依頼や採取依頼を中心に行なっていた。
「二人がそうした不人気依頼を消化してくれるから、このギルドは依頼の消化率が高いんです。感謝しています。そして、どこのギルドに行ってもそれをやってくれるなら、俺たちだけじゃなくて冒険者ギルド全体としての利益になります」
「一応は、感謝は受け取っておくわ。それじゃあ、もう私たちは行くわ」
そう言って、ギルドマスターに見送られて二十年以上通っていたこの町を出る。
町の門から出た私たちは、空飛ぶ絨毯を広げて、その上に乗って、街道沿いにローバイル王国を目指す。
魔力チートな魔女になりました1巻は、GCノベルズ様より12月26日発売となります。
イラストレーターは、てつぶた様が担当し、とても可愛らしくも大人びたチセが表紙を飾っております。
どうぞ、よろしくお願いします。