6話【魂を得るということ】
奉仕人形ベレッタの修理は、中々に困難を極めた。
古代魔法文明の精密魔導具は、非常に複雑な機構をしていた。
遺跡で見つけた経年劣化で破損した他の奉仕人形をサンプルとして解体し、一つ一つの魔導具部品を解析して記録に残す。
そして、構造を理解し、新たに【創造魔法】で一つずつ作り上げると共にベレッタの体に組み込もうとするが……
「ダメね。この部分は、私たちじゃ作れないし、接続できない」
「ダメなのですか?」
『はい。奉仕人形たちの部品の一部には、魔導具メーカーのブラックボックスが存在します。それは、そのメーカーの企業秘密であり、解析することができないような処理も施されています』
流石、2000年前の古代魔法文明だ。
複製品を作られないように対策を入れているために、こうして私は修理することができないでいる。
「はぁ、これは完全にお手上げね。技術力が伴っていないわ」
技術としては、手工業的な魔導具作りで再現できるものもある。
だが基幹部に近い部分ほど、高度な技術だったり、隠蔽されていたりする。
「本当に、オーパーツね。私じゃ直せないわね」
「それじゃあ、ベレッタは直らないのですか?」
不安そうにするテトに対して、ベレッタは淡々とした表情で答える。
『直らないのならば、仕方がありません。ご主人様に奉仕することも叶わないこの身。どうか最後は、スクラップにして有用な金属資源としてくださることを望みます』
「全く、馬鹿なこと言わないでよ。直せないけど、直すことを諦めたわけじゃないわよ」
とりあえず、ベレッタの修理は、別のアプローチを考えなければいけない。
私は、ベレッタをいつものようにベッドに寝かせ、私たちも今日は早めに眠りに就くのだった。
そして、夢の中では――
「ベレッタを直す方法を教えてください。お願いします」
『チセに頼られるのは、悪い気はしないけど、無理ね』
『女神だって万能じゃないからな。無理』
普段は、神々の方からコンタクトを取ってくる夢見の神託だが、今回は私の方から二人と交信して頼み込む。
「でも、リリエルとラリエルは、この大陸を見守っていた神々でしょ? なにかヒントとか、直す技術を持っている一族がいるとかないの?」
私がそう尋ねるが、困ったように首を横に振られる。
『無理ねぇ。そもそも、技術自体が完全に途絶えたし、世界発展の前提が色々と違うから同じ技術体系に成長しないんじゃないかな?』
「どういうこと?」
そこから始まるのは、神々による創世神話から現代までの流れのダイジェストだ。
最初に創造神が大陸と神々を生み出し、人や魔物を含む生き物を生み出した。
次に神々がそれぞれの大陸で人々を導き、様々な魔法を行使した原初・混沌の時代だった。
この頃、神々が起こしていた自然現象の奇跡が【原初魔法】の元となっているらしい。
それから神々が地上を見守る人の時代になり、人々は、神々が与えた神造武器や魔法、自然現象を解析し、その技術を応用して発展して5000年の歳月を掛けて古代魔法文明の頂点が誕生した。
『そして2000年前の魔法文明の暴走で大幅に文明が後退。その際に、魔力の大量消失と生き残った人を保護するために世界のルールの改変とステータスとスキルのシステム導入がされたわ』
それ以前の世界には、ステータスやスキルがない。
低魔力環境下の人たちは、ステータスによるレベル上昇やスキル補正により、肉体を改変して生存能力を上げていった。
『それから異世界から魔力とチセのような転生者たちを呼び込んで、世界の再生を目指してたんだけど、最初は良い感じで急激に文化が成長したけど、ある時にほぼ停滞しちゃって現在なのよねぇ』
最初の300年で中世ヨーロッパ前期頃の文化水準まで達することができた。
だがそれ以降は、魔法とステータスの影響か、突出した個人が文化を一時的に押し上げても、長続きしないらしい。
『魔物もいるし、人間同士の争いもあって安定した発展はしないし、何より当初の予定にはないイレギュラーも発生しているのよね』
「イレギュラー?」
『そうさ。ステータスは人種だけじゃなくて道具や魔物にも適用された。その結果、魔族って呼ばれるやつらも生まれた。まぁ、第二人類ってところだな』
創世神話で神々が作った人類とその後に派生するエルフ、ドワーフ、獣人など数種類の基本的な人種が第一人類だとするならば、ステータスの影響で誕生した魔族と世間一般で呼ばれる存在を第二人類と呼んでいるようだ。
『だからなぁ。遠洋航海技術も確立しないまま2000年だ。もしかしたら、余所の大陸では、人間じゃなくて魔族たちが主権になっている大陸もあるかもしれないよなぁ』
『この大陸は、暴走の余波で魔力が少ない分、魔族への変異は少ない方だけど……ねぇ』
「なるほど、世界のシステム自体が変わったから、違う人種も現れたのね」
途中から若干、神々の愚痴っぽいものに変わっているような気がした。
結局、先に生まれたか、後に生まれたかの違いはあるが、女神たちにはどちらも見守る相手なのかもしれない。
ただ、一つだけベレッタを直す可能性が見えた気がする。
「ありがとう。ちょっとベレッタの再生にヒントが見えた気がする」
『えっ、嘘。ちょっと何をするつもり……』
「それは――」
私がリリエルとラリエルに説明すると二人は、リリエルが驚き、ラリエルは爆笑する。
『あはははっ! マジか!? 確かに2000年前にはできない方法だよな!』
『でも、可能性としては、ないわけじゃないわ』
女神二人の確認をもらった私は、夢から覚めるのだった。
そして、リリエルたちの助言で奉仕人形のベレッタの体を直す準備を進め――
「ベレッタ。今日は、あなたの体を直すわ」
『ご主人様、先日は無理だとおっしゃいませんでしたか?』
そう聞き返してくるベレッタに対して、私はどのようなアプローチをするか説明する。
「まず私には2000年前の技術はないから当時の方法では直せない」
私が改めてその事実を口にすると、明らかにベレッタは落胆したような雰囲気を出す。
「だけど、考えたの。今の時代で無機物を直す他の方法はあるのかって、それで見つけたのが……この子よ」
「テト、なのですか?」
私が指差したのはテトだ。
元々は泥土のゴーレムだったテトだが、アースノイドという魔族――いや第二人類となった。
それは自我崩壊した精霊を取り込んでステータスによる自己改変が起きて、進化した故。
また無機物の再生として一番有名なのが、魔剣だろう。
魔剣に付与された自己修復能力があれば、魔力と時間で元に戻ろうとする。
「だからベレッタは、【自己再生】のスキルを与えて直す。その過程でベレッタが変質して魔族って呼ばれる存在になるかも知れない。これが私が提示する方法よ」
『そうですか。それで、どうやって私にスキルを与えるのですか?』
「それは、これよ」
私が取り出したのは、【創造魔法】で作り出した【自己再生】のスキルオーブだ。
「これをベレッタに使って【自己再生】のスキルを与えるわ。ただ、この方法を使うかどうかはベレッタに選んでほしいわ」
『私が、ですか? ご主人様が決めるのではなく?』
「ええ、私の予想ってだけでどうなるか分からない。だから、ベレッタが自分の意志で決めてほしいわ。この方法を選ぶか、それとも選ばず、技術が進んだ未来で自分を直してもらうか」
もちろん、その選択の結果、ベレッタを見捨てることはしないことを誓う。
『私は、魂のない奉仕人形です。そんな自分が人と同列な存在になるなどあり得ません。ですが――』
ベレッタは、私に真っ直ぐに目を向けてくる。
『魂なき体でも、ご主人様に拾われた恩を返すために、私はご主人様の提案した方法を取ろうと思います。このまま不自由な手足で目的も果たせぬまま時を過ごすくらいならば、ご主人様の可能性に賭けたいと思います』
「わかったわ。それと、私たちは、ベレッタに魂がないと思わないわ」
「そうなのです。テトも最初は泥のゴーレムだったのです。そんな寂しいことは言わないでほしいのです」
私とテトがそう言い、ベレッタの胸。核のちょうど真上辺りにスキルオーブを押し付けて、ベレッタの体に【自己再生】を付与することができた。
『ご主人様。成功、なのでしょうか?』
「わからないわ。とりあえず、様子を見ましょう」
ベレッタに与えたスキルのレベルが低いために、再生と言ってもあまり与えた直後から目に見えて実感できるものではなかった。
ただ――
『ご主人様、私の中で急激に魔力が減っております。このままではスリープモードに移行します』
「あー、それじゃあ、魔力を補充しましょう。――《チャージ》」
『う、うん……んっ!?』
いつもテトに魔力を送り込むのと同じようにベレッタにも魔力補充をするが、妙に艶かしい声が出る。
「ベレッタ?」
『……申し訳ありません。大丈夫です』
これもスキルオーブ使用の影響だろうか、と思いながら、その日はベレッタを休める。
それから急激な魔力の消費の理由は、ベレッタの肉体の再生に使われていたためだったようだ。
最初は、目に見えない破損した内部から再生が始まり、金属骨格の上に人工筋肉と皮膚が張っていき、禿げていた頭部に綺麗な青色の髪が生えてくる。
最後に、手足の再生が始まる。
最初は、両腕の再生から始まり、一日に数センチ単位でしか再生しない。
それでも数ヶ月で両腕の再生が完了した。
冬が始まった頃には、その二本の腕で【創造魔法】で創り出した車椅子で家の中を自由に行き来し、編み物の本と毛糸、棒針で編み物をするようになった。
『ご主人様が寒くなるといけませんからね。毛糸の下着をご用意しましょう』
「それは、ちょっと恥ずかしいけど……うん、もらうわ。ありがとう」
最初の贈り物はマフラーではなく、毛糸のパンツだったのは、ちょっと恥ずかしかったけど、温かかった。
そして、冬の間に両足の再生も終わり、ベレッタと出会ってから一年が経つ春先に――
「ベレッタ。2000年ぶりの地面の感覚はどうかしら?」
「おー、ベレッタ。テトよりちょっと大きいのです。背筋が綺麗なのです!」
この日のために用意した膝下まである長いメイド服に長く綺麗な青い色の髪を頭の後ろで纏め、綺麗な姿勢で立つベレッタ。
『……ご主人様、テト様、ありがとうございます。本日より奉仕人形ベレッタは、ご主人様方の生活を支えさせていただきます』
「おめでとう。そして、ありがとう、ベレッタ。ちゃんと魂があることが認められたわね」
私は、再生が始まるベレッタを毎日鑑定して少しずつその体調の異変などないか調べていた。
そして、たった今、全ての再生――いや自己改変が終わり、進化が完了した。
――ベレッタ【種族:メカノイド】
機械系人種といったところだろう。
テトと同じように魔族に変化していた。
その事実に気付いたベレッタは、静かに顔を伏せ涙を流す。
だから、私とテトが優しくベレッタを抱き締めて、あやすのだった。
魔力チートな魔女になりました1巻は、GCノベルズ様より12月26日発売となります。
イラストレーターは、てつぶた様が担当し、とても可愛らしくも大人びたチセが表紙を飾っております。
どうぞ、よろしくお願いします。









