3話【奉仕人形】
『B型奉仕人形とは、金属と有機組織を融合した生活全般の補助を目的とされた人型魔導具です』
「ホムンクルスみたいなものかしら」
『ゴーレムに人の皮を被せた、という認識が近いと思われます』
「そう、それとB型っていうことは、型番があるのかしら?」
『はい。A型が戦闘用人形、B型が生活全般の奉仕人形、C型が性処理人形となります』
私は、自宅に連れ帰った奉仕人形を椅子に座らせて体の各所を確かめる。
機械部品と魔導具、そして人工皮膚などを利用して作られた奉仕人形は、まさに現代のオーパーツと言って差し支えない。
「魔女様、直りそうなのですか?」
「うーん。難しいわねぇ」
『――奉仕人形の保証期限は300年となり、メーカーの保証対応は受けられません。新しい奉仕人形の買い換えを推奨します』
「そのメーカーが魔法実験の暴走で滅んじゃったのよ。だから、自力であなたを直さないと……」
なんとも機械的な言葉遣いに苦笑を浮かべたが、こっちは【創造魔法】を持っている。
パーツ一つずつを【創造魔法】で作り出して、少しずつ修理していけばいい。
「奉仕人形B型の設計図が欲しいわね。――《クリエイション》設計図!」
私は、創造魔法で創ろうとするが、バチッと弾かれるようにして魔力が霧散する。
「流石に2000年前の知識を魔力で創造するのは、10万程度の魔力じゃダメかぁ。ごめんね、あなたをすぐに直してあげられなくて」
完全にオーバーテクノロジーを手に入れるためには、少し時間が要りそうだ。
『なぜ謝るのですか? 我々、奉仕人形には、感謝も謝罪も不要です』
「私の知っている概念には、愛着あるものは100年経つと魂が宿るのよ」
いわゆる、付喪神などと言われる概念だ。
だから、2000年前から存在する奉仕人形に対しては、人に準ずる扱いをするつもりだ。
『それは、ゴースト理論という形で既に魔法科学で成立しております。奉仕人形には、抗魔処理が施されており、ゴースト理論の発生確率は、0.01%まで抑えられております』
「でも、経年劣化でその処理が剥がれて発生する可能性があるわね」
なんだか古代魔法文明とは、相当な技術を持ち現代文明に近いと思いながら答える。
テトだけは、訳が分からず小首を傾げているのがまた少しおかしい。
「まぁ、それでも私が見つけたんだから、あなたを直して傍に置くわ」
『……かしこまりました。当奉仕人形は、所有者が不在のためにあなたに新たなマスター権限を移行させます。今後ともよろしくお願いします、ご主人様』
「ええ、よろしく。私はチセよ」
「私は、テトなのです!」
「それと名前がないと不便よね。あなたはそうね。ベレッタよ」
『……私は、ベレッタ。了解しました』
そうしてぎこちない、一人では動けない奉仕人形が僅かに首を動かす。
明日からは、この奉仕人形の修理の他に、【虚無の荒野】の各所に同様の施設がないか入念に探さなければならないかもしれない。
SIDE:壊れた奉仕人形・ベレッタ
『なぜ、私は目覚めてしまった。なぜ、壊れたままではないのだろうか』
深夜、私を拾い上げたご主人様たちが寝静まった後、病人のように寝かされたベッドの上でそう呟く。
人々の生活を支えるために奉仕することを目的に作られた私が、逆に人間のように介護される側に立つことに不可解な気持ちになる。
軋む首関節を回して左を向けば、夜間活動できる暗視を持つ視界が鏡に映る自分の姿を捉える。
(醜い姿だ……)
人工皮膚とその下の人工筋肉が剥がれ落ち、髪の毛を模して頭部に植え付けられた人工毛髪も抜け落ち、剥き出しの金属骨格の姿は不気味と言える。
他者とコミュニケーションを取る魔導声帯も劣化して音の調子が悪いのに、思考だけが冴え渡る。
(なぜ、私だけが残っているのだろう。いや、金属のこの身だから残ってしまった。遺されてしまったのか)
そして、目を瞑り記録を思い返すのは、ご主人様が教えてくださった2000年前の出来事だ。
ご主人様が教えてくださった魔法実験の暴走――あの時、異常が発生し、あの地下シェルターに1000人ほどの人間たちが避難した。
そして、起きたのは、地表を吹き飛ばす大爆発と瞬間的に魔力が消失した世界だった。
きっと爆発で生き残った人も無魔力な環境では、生きてはいけなかっただろう。
古代魔法文明人たちは、高密度の魔力環境で生きていたために、魔力に依存した体になっている、と学会で発表されており、その論文も私の記録に残されていた。
そう言えば、低魔力下で長期に世代交代した魔物は、その低魔力下に環境適応することができるという研究があったはずだ。
魔力に依存した体だが、魔力が濃密になれば、長寿・長命になる。
そのため、古代魔法文明人たちは、膨大な魔力を手に入れて長寿・長命に至った。
だが、そんな長寿長命を手に入れた古代魔法文明人たちでも手に入れられなかったものが、神々が生み出した原初の時代に根源がある【不老因子】である。
ご主人様の魔力量は、古代魔法文明人にも引けを取らないほど濃密だった。
だが、周囲の魔力環境に依存しない体と最盛期手前で加齢が停滞している点。
ご主人様の最盛期が12歳なのか、それとも古代魔法文明人が追い求めた【不老因子】を持つ原初の人間なのか。
特徴は一致するが……いえ、ご主人様は、ご主人様です。考えても仕方がない。
思考は逸れましたが、私たちの地下シェルターは、運良く爆発の衝撃に耐えたと思います。
ですが、地下は封鎖され、魔力消失により避難した人々も地中の土石を掘削するほどの魔法は使えなくなっていた。
そこから始まる生活は、人間の概念で言えば、地獄だった。
最初は救助を待つ人々が互いに励まし合い、私たち奉仕人形たちが彼らのお世話をした。
だが、次第にシェルター内の物資は減っていき、閉鎖空間が人々の精神を蝕む。
私たちは、人々の生活を補助する奉仕人形。
戦闘用のA型なら暴徒と化した避難者を鎮圧し、シェルターの環境を整えられたでしょう。
性処理のできるC型ならば、不安な人々に寄り添い、慰めることができたのでしょう。
ですが、生活全般の補助を目的としたB型では、ただ不都合がないようにシェルター内の環境を保つだけだった。
だが、そんな私たちの動きすら気に障る人間によって、手足を壊されてシェルターの隅に転がされた。
辛うじて動く頭部でシェルター内を見れば、同様に鬱憤晴らしで壊される奉仕人形や警備ゴーレムたち。
最後には、食べ物がなくなり、人間同士が時折争い殺し合っているような状況で魔力が途切れてスリープ状態に陥った。
私が記録しているのは避難生活67日までだが、それ以降人々が生存していたとしたら、ご主人様方が埋葬した死体の数は、怨霊の集合体となるには少ない。
1000人近くの人間の死体は、風化して殆どが消えたのか、それとも最後には、人間同士で骨まで食べて死体の数が減ったのかもしれない。
そんな地獄のような状況から救い出されたのが、何故当時の人間ではなく、私なのだろうか。
それだけが頭に残り、それでも不格好に壊れ、存在理由も果たせぬ状態でもこうして存在し続け、ご主人様から不気味な姿の私に名前まで与えられた。
そのことに、僅かばかりの喜びがあるのは何故だろう。
2000年の経年劣化で本格的に壊れてしまったのだろうか。
私の体は本当に直り、ご主人様たちに奉仕することができるのだろうか。
眠らない奉仕人形の思考回路が様々なことを考えていた。
魔力チートな魔女になりました1巻は、GCノベルズ様より12月26日発売となります。
イラストレーターは、てつぶた様が担当し、とても可愛らしくも大人びたチセが表紙を飾っております。
どうぞ、よろしくお願いします。