27話【降臨の大悪魔】
『せっかく我が眷属を憑かせたのに、満足に生け贄も用意できないとはな』
現れたのは、赤い紋様を宿した黒い人型だ。
手足は鋭利な形をしており、捻れた角とコウモリのような翼、細長い返しの付いた尻尾を持っている。
「悪魔教団が言っていた大悪魔かしら」
『その通りだ! 我は、大悪魔――アークデーモンなるぞ!』
「アークデーモンだとっ!?」
国王が驚いているのは、魔力生命体の中でも実体を保てるほど大悪魔は、かつて一国すら滅ぼした。もしくは滅ぼしかねないほどに恐ろしい存在だ。
討伐ランクで言えば、A+もしくはSランクと言えるような化け物である。
「大悪魔って言うけど、名前なしなのは、イマイチ威厳がないわね」
『……小娘、貴様。我の恐ろしさを分かっておらんようだな!』
禍々しい魔力の波動を送り込んでくるが、私は、それを結界で防ぐ。
大悪魔の魔力は、悪魔憑きになった変態ジジィ、悪魔侯爵、冒険者の合算ってところだろう。
悪趣味な金色のネックレスに大悪魔の自我を保持しており、そこから悪魔憑きたちの思考を密かに誘導していたのかもしれない。
そんな顕現した大悪魔の魔力は、大凡10万と私に匹敵する。
「テト、適度にやって魔力を減らして。その間に準備するから」
「はいなのです!」
テトは、大悪魔に駆け出し、魔剣を振りかぶる。
テトの重い一撃を腕で受け止め、テトに反撃しようと腕を振るうが素早くテトが避けて別の角度から別の攻撃を放つ。
【身体剛化】の衝撃と魔剣に込めた魔力が悪魔の魔力と相殺していき、少しずつ魔力が減っているのを感じる。
「さてと、悪魔退治のコツは――《ホーリーショット》!」
後方に控える私は、腕を突き出し、光球を放つ。
不浄な存在に対して、浄化の波動を込めた魔法弾が数十発と放たれ、それに触れた大悪魔の体から煙が噴き出す。
『ぐおぉぉぉぉぉっ、おのれぇぇっ、おのれぇぇぇっ!』
「魔力生命体の実体化は、魔力の合計値が体力みたいなものなのよね」
テトのステータスには、HPとMPではなく、両方に共通する魔石の魔力量が現れていた。
それと同じように大悪魔も膨大な魔力は、体力でもあり魔力でもある。
更に本来は、生け贄を使って召喚されるはずが、不完全な顕現により想定より実力が出てないのだろう。
完全な実体化なら魔力量は今の5倍や10倍は跳ね上がって手に負えなかったかもしれない。
『ぐおぉぉぉっ、我が、我が押されているのかぁぁっ!』
「す、すごい……これがチセお母さんとテトお姉ちゃんの実力」
見るからに恐ろしい大悪魔が押されていることに、セレネも国王も衛兵たちも驚きの表情を浮かべている。
『我が魔力が消える! 体が保てぬ! だが、我は、悪魔だ! 我はいつか再びこの現世に舞い戻り、貴様らに復讐してやるぞぉぉぉっ! フハハハハハッ――!』
私とテトの攻撃で実体化を維持できなくなった悪魔は、そう高笑いをする。
魔力生命体は、例外を除けば不滅に近い存在だ。
下級の悪魔には自我はないが、上位の大悪魔は自我を持ち、言葉通りに復讐を狙ってくるだろう。
ただ、この悪魔が現実への干渉力を取り戻す頃には、国王やセレネはもう亡くなっており、セレネの子孫たち、無関係な国民に悪魔の脅威がやってくるかもしれない。
「そんなのさせるわけないでしょ。――《クリエイション》封印の宝玉!」
『な、なんだ、それは! ぐ、ぐおぉぉぉぉぉぉっっ! 引っ張られるぅぅぅっ!』
私は、【創造魔法】により胸元の宝飾品に埋め込んだ魔晶石の魔力を利用して、悪魔を封じる宝玉を作り出し、そして逃亡しようとする大悪魔を宝玉に封印する。
水晶のように透明な球は、悪魔が宿り赤い光を灯している。
そして、辺りに静寂が戻り、私は、その場に座り込む。
「ふぅ、終わった~。疲れた~」
「お母さん!」
「わっと……セレネ。よしよし、怖かったけど、良く頑張ったね」
私は、封印の宝玉を抱えながら、抱き付いてくるセレネを優しく撫でる。
「魔女様~。テトも褒めてほしいのです」
「はいはい、テトもよく大悪魔を抑えてくれたわね。ありがとう」
「ふへへっ、魔女様に褒められたのです~」
先程まで恐ろしい存在が居たというのに、このような緩い雰囲気に近衛兵たちが困惑し、続けて増援に駆け付けた近衛兵も戦うべき敵が居なくなり、困惑する。
「陛下。賊はどうなりました?」
「もうよい」
「はぁ?」
「もう賊は討伐された。厳重に警戒態勢を維持しつつ、レヴィン卿の邸宅に兵を送れ! こたびの襲撃の手引きしたレヴィン卿と悪魔教団の証拠を集め、今度こそ殲滅するのだ!」
賊の悪魔教団の残党も悪魔も居なくなり、全て終わり落ち着いた。
「チセ殿。先程の悪魔は、その宝玉の中か?」
「ええ、収納できる魔導具に魔力生命体を封印できる魔導具を入れておいたのよ」
「それも、【虚無の荒野】のか?」
国王にそう尋ねられれば、頷くしかない。
古代魔法文明は、精霊や悪魔などの魔力生命体を捕獲できたとしてもおかしくはないだろう。
「それで、その宝玉はどうするのだ?」
「私の方で、ちゃんと管理しますから気にしないでください」
「……わかった。頼むぞ」
まだ納得し切れていない国王は、ただそれだけ呟くとその場から去っていく。
そして、私とテトとセレネは、セレネの離宮に移動して、セレネが離宮の寝室で眠りに就いたのを確認して、私とテトだけで【封印の宝玉】を持って転移門で【虚無の荒野】に移動する。
そして――
『クククッ、貴様らの大事な物は、あの小娘だな! 必ずこの封印から抜け出し、あらゆる手段であの小娘を犯し、辱め、壊し、最後に抜け殻となった体を我が依代にしてくれるわ!』
一応悪魔などを捕縛する魔導具だが、流石に大悪魔となると完全封印とはいかないようだ。
時間経過の劣化や宝玉内部で自力で回復した魔力で封印を破る可能性もある。
『その後は、貴様らをこの世とも思えない地獄に落とし! 我に盾付いたことを後悔させてやる』
既に、封印の宝玉内部から念話を飛ばせる程度には、魔力が回復している。
その魔力生産能力は流石と言えるだろう。
「黙るのです。正直、不愉快なのです。その球を叩き割りたいのです」
「テト、叩き割ったら悪魔が出てきちゃうわよ」
「そうだったのです」
そんな軽口を済ませながら、私とテトは、社交界用のドレスから普段着に着替え、マジックバッグに貯め込んだ【魔晶石】があるのを確認し、【虚無の荒野】の中心地に移動する。
そこは最初にセレネと一緒に暮していた場所であり、今では、世界樹を中心として幾つもの木々が小さな林となっている場所だ。
「さて、この辺で良いかしらね。――《クリエイション》!」
約100万の魔力で私が生み出したのは、魔力変換装置だ。
魔石や魔晶石を分解して、魔力を大気中に放出する魔導具だ。
『なんだ、その装置は! まさか、我の封印強化装置か! 無駄だ、どれほど時間が経とうと我は復活し、貴様らが輪廻転生して、別の人生を歩もうともその魂をくらってくれるぞ!』
そう言って、未だに高笑いし続ける大悪魔に対して――
「はい。セッティング完了。――ポチッとな」
『ぐわぁぁぁぁぁぁっ! 我の魔力が、吸われていく! これでは復活も、ぐわぁぁぁぁっ!』
「あー、魔力変換されると苦痛を感じるんだ。まぁ、頑張ってね。さて、テト帰って寝よう」
「はいなのです!」
『待て、どういうことだ! 魔力変換とはなんだ! 助けろ、もう復讐などは考えない! 消えたくない、死にたくない! やめろぉぉぉぉっ!』
封印の宝玉の内部に封じられた大悪魔は、限界まで魔力を吸い上げられ、魔力生命体としての構造を魔力に変換、そして大気中に無害な魔力として放出される。
基本不滅の悪魔を滅ぼしつつも、魔力枯渇の【虚無の荒野】に魔力を満たす一石二鳥の方法だ。
その後、最初の三年で魔力変換の苦痛で悪魔の自我が崩壊しており、ただただ魔力を吐き出し続け、約100年後に装置が停止し、大悪魔が完全消滅した。
まさに、悪魔も泣いて逃げ出すような地獄であった。
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