26話【悪魔教団残党】
「避難を! 賊が来ました! 悪魔憑きらしき賊です!」
王城に勤める近衛兵が社交会場に現れ、声を上げる。
遠くから剣戟音や魔法が放たれた爆発音が響き、王宮の壁や廊下が揺れる破壊音が徐々に近づいてくる。
すぐに貴族たちは避難誘導され、国王やセレネたち王族の回りにも精鋭の近衛騎士や宮廷魔術師たちが現れる。
「全く、うちの娘の晴れ舞台を本当にぶち壊して……」
悪魔教団とかいう奴ら、絶対に許さん、と内心思っている。
「やつら、どこから現れたのだ!」
「どうやら、王宮に招待された貴族が手引きしたようです!」
「貴族の中に入り込んだ悪魔教団を潰したのに、まだ残っていたのか!」
悔しげに歯噛みする国王と怯えるセレネ。
そうして現れたのは、三人の男たちだった。
「これはこれは、国王陛下。ご機嫌麗しゅう」
「レヴィン卿! 貴様が手引きしたのか! なぜだ! それにその姿はなんなのだ!」
国王が問うのは、貴族らしい紳士服を身に纏っている男性である。
だが、その顔色は悪く、頭部から角のようなものが生えている。
「いえ、なに。私たちジニウス侯爵家は、長く権力闘争に明け暮れ、上を目指しておりました。いずれは公爵。いえ、摂政となり国を掌握したいと――」
ですがね、と前置きして、ニチャッと悪意のある笑みを浮かべる。
「気付いてしまったのですよ。公爵も摂政の地位も小さいと! 私は、王になると!」
「故に、此度の手引き。いや、反逆か!」
「ええっ! 悪魔の力さえあれば、王を殺害し、その後武力によって掌握できると感じたのです!」
「これこれ、王族はワシに譲ってくれる約束であろう」
レヴィン卿と呼ばれた男を止めるのは、枯れ枝のような細い手足と落ちくぼんだ目、折れ曲がった腰の老人だ。
黒い聖職者の衣服を身に纏い、悪趣味な金のドクロのネックレスを下げる老人は、見た目よりも禍々しい魔力を感じる。
「王族の尊い血! 聖女の清らかな肉を生け贄に、大悪魔の魔力を我が身に宿すのじゃ! 10年の苦渋の日々も崇拝する悪魔たちが与えた試練じゃ! 復讐を完遂し、その甘美な喜び! そして、悪魔の膨大な魔力を宿した暁には、我は不老不死を手に入れるのじゃ!」
既に身に宿した悪魔による精神侵食が末期まで進んでおり、不老不死の妄執と大悪魔の召喚という悪魔としての目的が混在しているようだ。
魔力量から言っても三人の中で一番大きいということは、幾つもの悪魔の魔力を取り込んでいるのかも知れない。
そして最後に――
「がはははっ! 力だ! 力が溢れてくる! さぁ、小娘共! 今度こそ、俺がぶち殺してやる!」
「あなたは……誰?」
「こんな人と知り合いじゃないのです」
「お母さん、この人。昇格試験の時に居た人だよ……」
セレネのか細い声に、よくよく見ると、粗暴で乱暴な言葉遣いが印象に残るAランク昇格試験に受けた冒険者だ。
「【肉切り】のニック?」
「【肉断ち】のロックだ! テメェらに屈辱的に負けたのは、力が足りねぇからだ! だから、ジジィたちから貰った悪魔の力ってやつで俺様は強くなった!」
強くなったと言う通り、以前よりも体が一回りほど大きくなり、肌の色も日焼けしたように黒くなっている。
ただ、その方法が悪魔憑きとは――
「安直な方法で強くなったって、リスクが大きいだけじゃない?」
「ふん! 悪魔に精神を乗っ取られるだぁ!? 俺様は、そんなに軟弱じゃねぇのさ! さぁ、殺し合おうぜ! なぁぁっ!」
既に、自分の意志での復讐なのか、破壊衝動で襲ってきているのは、判別が付いていないのかもしれない。
「テト。脳筋男は任せたわ。けど――」
「分かってるのです! セレネには、指一本触れさせないのです!」
テトは、マジックバッグ化した腕輪から魔剣を取り出し、悪魔憑きとなった上位冒険者のロックに斬り掛かる。
そして、国王の方は、騎士たちが悪魔侯爵を相手取っている。
元々強くはなかったのだろうが、魔力が多い素質を持つ高位貴族と悪魔の魔力が合わさって、近衛兵たちとも十分に戦える。
そして、一番厄介そうな教祖の老人は、セレネに舐めるような視線を向けて狙っているので――
「――《ピュリフィケーション》!」
一番厄介そうな悪魔教団の教祖に向かって、全力の【浄化】の魔法を使う。
呪いの装備が纏う魔力や悪魔憑きが取り込んだ魔力も結局は、負の要素を含んだ濃密な魔力だ。
それに対抗するには、対象の魔力を分解し、浄化する《ピュリフィケーション》という浄化魔法が有効である。
『ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁぁっ! ワシの不老不死の夢がぁぁぁぁぁっ!』
厄介そうな相手に極大の浄化の光を浴びせる。
長年、悪魔憑きをやっていて、魔力どころか体の大部分が禍々しい魔力に汚染されていたのか、浄化の光が体を燃やし尽くし、後には小さく積もった灰と悪趣味なドクロのネックレスが残る。
「お母さん……すごくあっさりしすぎじゃない?」
「いいのよ。セレネを狙う化け物変態ジジイの相手なんてマトモにしてられないわよ」
目測で推定魔力量4万は超えていた。
図書館で会った宮廷魔術師のお爺ちゃんでも2万から3万なので、かなりの魔力量を誇っているし、事実、大悪魔の魔力を引き出して更に魔力量を増やせば、余計に厄介になっていたかもしれない。
「なっ!? 馬鹿な! あの教祖様が!?」
「おいおい、ジジィはくたばっちまったのか、ハハッ!」
悪魔憑きの侯爵は、親玉の教祖が消えたことで動揺し、Bランク冒険者はテトとの攻防を続けている。
「それじゃあ、悪魔侯爵の方もさっさと終えましょう」
「ぐっ……くらえっ!」
闇魔法なのか、周囲に影を生み出す攻撃で襲ってくるが、私が《ピュリフィケーション》の浄化の波動を広げると払われていく。
「教祖様の意志は私が継ぎ、大悪魔は私が降ろそう! そして、私が王になる!」
闇魔法は私や護衛たちの目眩ましのためであり、燃え尽きた教祖の灰の中からネックレスを拾い上げた悪魔侯爵がセレネの背後に回り、鋭利な手刀でその体を貫こうとするが――
「なっ!? ぎゃぁぁぁぁっ!」
「うちの大事な娘に手を出されるって分かってるんだから、準備くらい整えているわよ」
国王にも事前に相談してセレネのドレスや装飾品には、国宝級も真っ青な【付与魔法】による防御効果でガッチリと防御を固めて、更に、襲撃直後から私の結界で守っていた。
そして、そんな防御を一つも破ることができずに伸ばした腕を私の風刃の魔法で斬り落とす。
「き、きさまぁぁぁっ! この国の王となる私に盾付くのか! 殺してやる! ころしてやるぞぉぉぉっ!」
「安心しなさい。ここで死ぬか、反逆罪で処刑されるかのどちらかよ。――《ピュリフィケーション》!」
『ぎゃぁぁぁぁっ!』
同化した悪魔の魔力を浄化していくと、体を掻き毟るように苦しみ始める。
そして、悪かった顔色が多少マシになり、変異していた角が崩れ落ちる。
「とりあえず、簡易に【鑑定】して、よし。まぁ平気かな。捕縛、お願いね」
「は、はい!」
【鑑定】のモノクルを取り出してステータスを確認すると、悪魔憑きのステータスや悪魔由来のスキルなどが消滅していた。
「さて、テトの方は――」
「がぁぁぁぁぁっ! 腕が! 俺の腕がぁぁぁっ!」
「前より弱くなってるのです。出直してくるのです!」
悪魔の魔力とユニークスキルで圧倒的な攻撃力を手に入れたようだが、その分動きが単調になっていたようだ。
テトはしばらく攻撃を捌いていたが、技術的に得られるものがないと判断して、早々に両腕を斬り落としていた。
「うへっ……なんか、腕からべちゃっとしたのが出ているのです」
「終われるかぁぁぁ! こんなところで終わる俺様じゃねぇ!」
血の代わりに悪魔の魔力だろうか。黒々とした粘性のある魔力が溢れており、それが失った手の代わりを形作ろうとするが――
「終わりよ。――《ピュリフィケーション》!」
『ぐわぁぁぁぁぁぁっ!』
魔力が実体化した腕が浄化によって消え、憑いていた悪魔の魔力も払われて、痛覚などが戻ってきたようだ。
悪魔侯爵や教祖に比べて、悪魔憑きになった期間が短いのか、人間としての感覚は幾分か正常なんだろう。
「兵よ。そやつらを確保するのだ」
国王が指示を出し、悪魔侯爵と両腕を無くした冒険者を捕縛しようと動く。
悪魔教団残党の襲撃は終わった、と一息ついた瞬間、悪魔侯爵が拾い上げたドクロのネックレスから膨大な魔力が溢れ出すのを感じる。
「待ちなさい! ――《バリア》!」
駆け寄る衛兵たちを守るように結界を張った直後、ドクロのネックレスから瘴気と呼べるほどに澱んだ禍々しい魔力が溢れ出す。
「な、なんだ! 止めろ! 私に近づくな!」
「ああっ、力が、俺の力がドンドンと、抜けていく!」
そして、その瘴気は、生き残った悪魔侯爵と冒険者の体に纏わり付き、魔力だけでなく生命力まで吸収し始め、二人が干からびていく。
テトがセレネに見せないように手で目隠しする中、私と国王たちは実体化を始める魔力に警戒を強める。
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